今年の誕生日は、幸か不幸か平日だった。

日々の業務と同様に、絶対に外せない会議や挨拶回りが日中にあって、丸一日を休日にする事は出来なかった。

その代わり、夕方から翌日の朝までは自由な時間として、秘書達にスケジュールを調整してもらった。

どうしても行きたい所があったのだ。

会いたい人がいる場所へ。

会って、話して、出来れば食事にも。

それが今のカカシに出来る、自分自身への最高の誕生日プレゼントだから。







助手席には、きつい女秘書に目を通せと言われた大量の書類が乗っかっている。

読むのが面倒だなとは思うが、それよりも、助手席に乗ってほしい人がいるのに乗せられない自分の不甲斐なさを表しているようで哀しくなった。

乗せたい人というのは、カカシが理事を務める料理学校の教師で、生徒達からも尊敬される優秀な人格者。

とても真面目だし、人一倍責任感も強い。

カカシから見ても才能があって、実際に努力家でもあるから、例え教師を辞めて独立したとしても絶対にやっていける人だ。

もし本人に独立する意思があるのなら、カカシに出来る事は何でもしてあげたいと思う。

むしろ支援者という立場を利用して、彼との繋がりを確固たるものにしてしまいたい。

そんな重要な役割を、カカシ以外のどこの馬の骨ともわからない誰かに任せて堪るか。

ただ、今の段階で彼に独立の話をしたら、カカシの支援を断るかもしれないし、下手をしたら唯一の接点であるアカデミーを辞められてしまう恐れだってある。

だから、職人として彼に一目置いている事は、本人にはまだ秘密にしている。

告げるのは、もう少し親しくなってからというか、信頼関係を築いてからというか、とにかく今は時期尚早なのだ。

顔と名前だけは知っている、単なる勤め先の上役という存在では話にならない。

何とか時間を作っては彼の授業に割り込む、という事を続けていたおかげで、最近やっと彼の硬さも綻んできた。

この調子なら、彼を助手席に乗せられる日も近い。

出来る事なら、今日がその日になればいいのだけど。

アカデミーまで、あと交差点を二つという所まで来た。

いつも赤信号で足止めを食う交差点だったけど、今日は珍しく2つ共青信号で通過出来た。

少し良い気分で駐車場に車を停めてアカデミーへ向かうと、校舎に入った途端にチャイムが鳴った。

4時限目終了の合図だ。

今日は随分とタイミングが良い。

これなら、すぐに彼を捕まえられそうだ。

さっそく教員室で彼の居場所を確認して、1階の第2実習室へ向かう。

今日は生徒と擦れ違う事が少ないから、休講が多かったのかもしれない。

デートを申し込むには好都合だ。

間もなく第2実習室へ到着し、閉じたドアのガラス窓から室内を覗くと、中央前方の教卓に彼がいた。

生徒はもう全員帰ったようだ。

最低限の礼儀として、ノックしてからドアを開ける。

「失礼します」

ドアの開く音とカカシの声で、彼がこちらを向いた。

教材の準備か片付けで、彼の手元には市販のチョコペンが握られている。

「か、カカシ先生…。お疲れ様です。今日は…もう、終わりました、が…」

「こんにちは。イルカ先生」

呼び掛けると、イルカが焦ったように忙しなく動き出した。

卓上を整理したり、黒板をきれいにしたりしているが、手付きに若干の不自然が残っている。

「今日は授業が終わった所を狙って来たんですよ」

良い人そうな笑顔を全面に押し出して、教卓で作業をするイルカに近付いて行く。

傍にあった安っぽい椅子を引っ張っり、イルカの向かい側の席を確保した。

組んだ腕を教卓に乗せ、その上に行儀悪く顎を乗せる。

「実は今日、オレの誕生日なんです」

「…お、お誕生日、なんですか。…おめでとうございます…」

誕生日だと聞いたイルカが、目に見えて動揺した。

その反応の仕方に不審感を抱く。

例えば、隠し事をしている時はこんな風になるのではないだろうか。

あとは、後ろめたい事をしている時とか。

今だって目が泳いでいる。

「ま、毎月やってるんですが、誕生日の生徒用に作っているバースデークッキーがあるんです…。か、カカシ先生の分もお作りしましょうか…?」

「プレゼントですか?」

「そっ、そんなに立派なものではないんですっ…。あの、それと…、今日作ったプリンがあるんですが、いかがですか…?」

「プリン!食べたいです!ぜひ!」

イルカからの申し出に、カカシの目が輝いた。

誕生日という特別な日にイルカが作ったものを食べられるなんて夢のようだ。

「ちょっと飾りますね」

冷蔵庫から出て来たプリンは、てっきり一人分ずつカップに入っているのかと思ったけど、そうじゃかなった。

丸いグラタン皿に入った、ケーキのような焼きプリン。

飾ると言ったイルカは、しぼり器を持って、既にプリンの上で構えている。

少し絞っては少しずれてを繰り返し、外周がクリームのツノで囲まれた。

内側にもクリームが落ち、しばらくすると、焼きプリンの表面に外周と内周の2重の円が描かれた。

次にイルカが冷蔵庫から取り出したのは、シロップ漬けにされた真っ赤なチェリー。

茎を取りながら、それが内側の円のツノの上に一つずつ置かれていく。

そして最後に、中央の空きスペースに『Happy Birthday to カカシ先生』とチョコペンで書かれたクッキーが乗った。

「これ…」

焼きプリンの中央を凝視して、クッキーに書かれた文字を何度も目で往復する。

余りの感動で胸が痺れている。

「…オレの誕生日…ご存知だったんですか…」

「ぐ…偶然だったんです。調べ物をしている時に…」

「生クリームとチェリーは」

「…実習で使った物の…残り、です…」

「嘘だ」

何の迷いもなく言い切った。

「オレのために用意してくれたんでしょう?」

そう言うと、イルカが俯いて顔を隠してしまった。

しかし、耳が真っ赤に染まっている。

「最高の誕生日プレゼントです…。ずごい嬉し…」

言いながら教卓越しにイルカに手を伸ばすと、突然、後ろから頭を殴られたような衝撃を感じた。

後頭部を押さえて振り返ったが、後ろには誰もいない。

気を取り直してもう一度手を伸ばそうとしたら、今度は頬をつねられるような痛みを感じた。

つねる力が強まって、どんどん痛みが増していく。

原因不明の痛みが邪魔で、イルカに手を伸ばしていられない。

思い通りにならない鬱憤が爆発し、とうとう大声で叫んでいた。

「痛いって…!」

がばっと起き上がると、目の前にはパソコンのモニタ。

横を向くと、派手な顔をした女秘書が含み笑いをしてカカシを眺めている。

「ふふっ。どんな夢見てたのよ」

「随分と締りのねぇ顔して眠ってたぜ」

後ろからは、髭を蓄えた男秘書の声。

現実を知り、盛大なため息が漏れた。

「あー。あー。…あー。…イルカ先生…オレの誕生日プリン…」

執務室の机に力なく突っ伏し、ぎゅうっと目を瞑る。

今思えば確かに何事も上手く行き過ぎていた。

イルカがカカシの誕生日なんて知っているはずないじゃないか。

「ぎりぎりまで良い夢見せてやったんだ。しっかり働けよ」

「新製品お披露目パーティーが2件。あと、アンタの将来のお父様が提携の件で打ち合わせをしたいとおっしゃってるわ」

「まだ一口も食べてなかったのに…」

イルカに手を伸ばす前にプリンに手を伸ばしていれば、一口ぐらいは食べられたかもしれない。

でも、プリンよりもイルカの方が魅力的だったのだ。

無性に本物のイルカに会いたくなった。

だって、夢でしか会えないなんて寂し過ぎるじゃないか。










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2005.09.12