この前、教員室の蛍光灯が切れた。

一対二本を交換するだけだったのに散々邪魔されたおかげで、多分、一時間はかかった。







あれは三学期のテスト前。

一人で残って仕事をしていた時だった。

普段、廊下や教室の蛍光灯は用務員さんが交換するのだが、教員室には誰か大人がいるので大概は第一発見者が交換することになっていた。

部屋の隅に常備してある新品の蛍光灯を手に取って、机の上に乗っかった。

まず、チカチカしている蛍光灯を外すために天井に手を伸ばした。

この時、警戒もせずに両手を上げた自分がいけなかったのかもしれない。

「っわ!」

「イ〜ルカ先生」

「ギャー!!」

突然、腰というか胴体にカカシの腕と足が絡まってきた。

更に驚いたのはイルカのベストを勝手に開き、インナーをたくし上げた挙げ句、掌や指先で素肌を弄ったのだ。

しかも無駄に上忍、全てを一瞬でやり遂げる。

「そんな無防備に誘わないで下さいよ〜」

「なっ…!さそっ、誘ってません!」

それでもカカシはべったりと貼り付いたままで、決して離れる素振も見せない。

体温の低いカカシの手が脇腹を滑る。

触れるか触れないかのキワドイ感触に体が震えた。

「やめっ!離れて下さい!」

足腰の力が抜けて、その場に崩れてしまいそうだった。

必死にカカシの手を剥がそうと力を込めるが微動だにしない。

うっ、と涙が込み上げた。

自分の無力さ、情けなさ、悔しさがごちゃ混ぜになっていた。

唇を噛んで声を耐える。

「手伝いますね」

耳のすぐ後ろから聞こえた声はカカシのもので、その声が聞こえた時にはもうカカシはイルカから離れていた。

着乱れた支給服を急いで整える。

カカシは天井に足の裏を付けて宙ぶらりんになり、膝を畳んで、黒くなった蛍光灯を外した。

手伝ってくれるつもりなら、最初から普通にして欲しい。

外した蛍光灯をイルカに渡そうとしたので、それを掴もうとイルカは手を伸ばした。

「…っ!ギャ!」

するとカカシはまた一瞬でイルカの立っている机に降り立ち、蛍光灯を受け取るために伸ばしたイルカの左腕の、今度は脇の下に顔を擦り付けた。

カカシが服の上から唇で肌をついばもうとしている。

直したばかりなのに、また服が乱れる。

「やっ、だっ!」

カカシはイルカを横から抱き込むように両腕を廻しているので、身動きが取れない。

そして、カカシの顔が見えないので次に何をされるのかわからず、不安と恐怖が込み上げてきた。

「も、イルカ先生、そんな何度も誘わないで下さいよ」

その言葉を聞いて、今度こそ机の上にへたり込んで尻餅をついた。

カカシはイルカから黒ずんだ蛍光灯を奪い、静かに床に置いた。

それから再び天井に張り付いて、もう一本の蛍光灯も外した。

カカシが何の目的でここにいるのか、よくわからない。

「そんな顔しないで」

カカシは自分を気遣ったつもりでそんな事を言ったのだろうが。

まるで、悪い事をしていないのに悪い事をした事になっていて、そのツケが降りかかっているような感覚。

不可抗力すぎて、色々な気力が萎えた。

「忙しいイルカ先生との逢瀬を、より濃厚なものにしようと」

「バカ言わないで下さい!」

早く帰りたかった。

切れた蛍光灯を2本外すまではやったのだし、新品を付けるのは明日でもいい。

明日、自分より早く出勤した誰かが交換してくれるかもしれない。

もう一度服を直し、机から降りて身支度を始めた。

「あれ?イルカ先生、もう帰るの?」

名指しで呼ばれたのに聞こえないフリをする。

「明かりの修理、まだ終わってませんよ」

机に出ていた筆記用具やプリントを引き出しに仕舞う。

床に転がっている2本の蛍光灯を拾ってゴミ置き場に持っていかないと、と思った。

軽く膝を曲げて、床に手を伸ばした。

「…っ…!」

「返事ぐらいしてくれてもいいじゃない」

前屈みになったままの格好で、後ろからカカシに抱きすくめられた。

もうこの人には何を言っても無駄だ。

悪寒が走る背中に無理を強いて、背中に引っ付いているカカシを無視した。

教員室の出口へ向かって歩き出そうとした。

「んんっ…!?やー!ギャー!誰かー!!」

あろうことか、カカシの手がズボンの中に侵入してきた。

「ま、そう焦らずに。ゆっくり蛍光灯交換していきましょうよ」

ふーっと、耳に息を吹きかけられる。

食われるか、殺されるか、どちらかだと思った。

「…すいませんっ、もう、許して下さい…。気に障ることしたんだったら、ちゃんと謝りますから…」

完全に涙声で哀願した。

「や、別に謝る事はありません。ただ、オレ以外の前で、あんな無防備な姿を晒さないで頂ければ」

「っぐ…、えぐっ…」

後から後から涙が溢れてきた。

だって、この世の終わりを垣間見た気がした。

カカシがイルカの正面に回り込み、前からイルカを抱き締めた。

大きな手で頭を撫でてくる。

「ごめん、怖がらせるつもりは無かったんだけど」

よしよし、と子供をあやすように尚も優しく撫でられる。

本当に、この人は一体何が目的でここにいるのか。

「か、カカシ先生は、どうしてここに来たんですか…?」

吐く息が届きそうなほど近くにカカシの顔がある。

「あなたに逢いに来たんですって。さっき言ったでしょう?」

なぜか口布を下げたカカシが、イルカの目を見つめてそんな事を言う。

間近で見たその美貌に声を失った。

「イルカ先生…好きです…」

「んっ、…んっ…」

きれいな顔が近付いて来る、と思ったら唇に柔らかい感触。

キスをされた。

頭がボーとする。

酸欠だと思うが、そのまま意識を失った。







* * * * *







目が覚めると自宅のベットで横になっており、しっかりパジャマにも着替えていた。

昨日の事を思い出す。

すると突然顔が熱くなり、誤魔化すように首を左右に振った。

「…大掃除の時、教室の蛍光灯を取り換えるのって担任の仕事なんだよなぁ…」

清々しい朝には全くそぐわない、海よりも深い溜め息がイルカの部屋を包み込んだ。

















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2003.01.26