家にいる時、アカデミーにいる時、受付にいる時、道を歩いている時、会話している時、空を見ている時。

不規則な間隔で繰り返される、規則的な仕草。

一体何なのかと問うてみれば、『癖なんです』と柔らかくかわされる。

手を見つめて閉じたり開いたりを繰り返す。

その動作を行なっている時のイルカは、世界中にたった一人で存在している、というような顔をするのだ。

手を見つめているのに遠くを見ているような、心ここに在らずといった感じ。

横にいる自分を無いものとして扱われているようで、遣り切れない虚しさや寂しさが込み上げた。

仕返しとばかりにちょっかいを出せば、いつもと変わらない顔で怒ったり笑ったりしかめたりを向けてくれる。

まだ友人程度の付き合いしか交わしていない自分には言えないような深い意味があるのかもしれない。

追求すれば疎まれそう。

それが怖くて、でも、聞きたくてうずうずしている自分がいる。

もう少し気をゆるしてもらえる仲になったら、その答えは自然に出てくるのだろうか。







胸につかえた小さな棘は、ある日突然抜けかけた。

それは雑踏を行く母と子の姿を見た時。

子供は3、4歳で若い母親に手を引かれながら歩いていた。

ふと、人込みの中で母親が店の展示品に目を奪われて、子供が人に流されそうになった。

人の流れと、立ち止まる母親とに困惑した子供は、覚束ない足取りでフラフラしいる。

母親と繋いだ手は力強く握られており、空いたもう片方の手は宙を遊ぶ。

子供のその、何とも言えない表情。

どこかで見た事があると思った。

手をグー、パーしている時のイルカがダブった。

子供の指先は、無意識に何かに掴まろうとふわふわ漂い続ける。

雑踏の中で、誰にも気付かれる事なく近付いた。

ほんの思いつきで、その子供の手をとる。

子供の体温は高く、温かい手はカカシの手に触れるなり、ぎゅっと音がしそうなほど強く握り返された。

その瞬間に見せた、子供の安堵した顔。

だが次の瞬間には、見知らぬ他人と手を繋いでいる事にうろたえて、体がびくりと揺れた。

その衝撃で母親は子供に意識を戻し、何事も無かったように子供の手を引き、雑踏を歩いていった。

カカシは子供の体が震えた瞬間に元いた場所に戻り、しばらく二人を見送ったが、そのうちに見えなくなった。

宙を遊ぶ手。

その時の表情。

関係ないかもしれないが、関係あるかもしれない。

今なら何か話してくれるだろうかと、あの時からほとんど進展していない関係に、胸の内側が痛んだ。







やや緊張気味に質問を投げれば、以前と変わらない答え。

「癖なんです」

少し恥ずかしそうに言ったイルカはの目元は僅かに赤い。

誤魔化すためか、吐けば白くなる息を手に吹きつけた。

「気付いたのは10年ぐらい前なんですけど」

10年前といえば、あのの事件があってから2年後の事。

前回と異なった反応を見せるイルカに、顔には出さずも驚いた。

しかし、折角のいい雰囲気を台無しにしないように丁寧な相槌で返す。

「時々なんですけど、何も無い所で手が何かを掴もうとするんです。もちろん何も無いので手が空を舞うばかりで」

イルカは遠い目をしながら、どこか懐かしむような顔になった。

「なんかそういうのって恥ずかしいじゃないですか。だから、それを隠すために手を閉じたり開いたりしてたんです」

イルカの話を聞いているうちに、以前出会った子供の記憶が薄っすらと蘇えった。

必死に何かを掴もうと、さまよっていた手。

あれは子供心から来る心細さを紛らわすための動作ではなかったのだろうか。

「もういい年のくせに、ふと寂しさを感じるとすぐ発動しちゃうみたいで。本当に、いい大人が恥ずかしいです」

寂しさを感じた時…?

そう言ったイルカの顔は、確かにほんのり赤く染まり、恥ずかしがっている風ではあった。

しかし、そんなイルカを見てカカシが感じたものは、言い知れぬ不安だった。

イルカが言葉には出さない部分が、勝手にカカシの中に流れ込んできて、どうしたらいいのかわからない。

目頭が熱い。

「イルカ先生…」

自分で自分の心を持て余す。

まさか自分のような人間が、他人の寂しさにあてられて泣きそうになっているとは。

「はい」

「イルカ先生…」

カカシが立ち止まると、イルカも同様に立ち止まる。

それだけの事なのに、堪らない気分だった。

咄嗟に、イルカを抱き締めたいという衝動に駆られた。

「…すか…?…」

「え?」

「オレじゃ駄目ですか?あなたの寂しさを埋めるの、オレじゃ駄目ですか?」

衝動は行動となって現れた。

カカシはイルカを抱き締めると、その肩に顔をうずめた。

おかげで、イルカの表情が伺えない。

「カカシ先生…?」

「…あなたの寂しさを埋めたいよ…」

こんな事を言って、自分の方こそ寂しがっているみたいだ。

「カカシ先生…」

イルカの手がカカシの肩を優しく押した。

イルカとの距離が少しだけ広がる。

「カカシ先生のような方にそんな事言って頂けると、すごく嬉しいです」

肩にかかったイルカの手を無視し、強く引き寄せた。

もう一度抱き締める。

風が吹き、イルカの髪が揺れ、カカシの顔にかかった。

「ずっと傍にいる。二度と、寂しい思いなんてさせませんから…」

「ありがとうございます」

肩を押していたイルカの手が、そっとカカシの背に廻った。

壊れ物を扱う繊細さで、優しく抱き返される。

「…イルカ先生…イルカ先生…イルカ先生…」

寂しさを埋めて欲しいのは自分の方。

傍にいて欲しいのも自分の方。

「…カカシ先生…」

初めて触れたイルカはとても心地よくて、しばらくその場から動けなかった。


















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2003.03.22