最近あんまり会ってないイルカ先生と遊ぶ約束をするために、カカシ先生に付いて受付所に行った。

いつ報告書を書いたのかは知らないけど、カカシ先生の指に挟まれた用紙はぎっしり埋まってた。

きっとオレたちが任務してる間に仕上げたんだ。

任務の方はちっとも手伝ってくれないから長引いたのに、報告書の提出はさっさと終らせようとしてる。

大人ってずるい。

受付所に入って窓口を確認したら、いつもの席にイルカ先生が座ってて一安心した。

カカシ先生がちゃんとイルカ先生の列に並ぶように、ベストの裾を引っ張って誘導する。

引っ張ってるのか、引っ張られてるのかわからないけど、すんなりと最後尾に着いた。

イルカ先生が机から顔を上げた一瞬を見逃さないで、目立つように飛び跳ねながら手を振る。

目が合うと、途端に嬉しそうに笑ってくれた。

「へへ」

鼻の下を人差し指で擦ってたら、カカシ先生の手が頭に降りて来て、髪をぐちゃぐちゃにされた。

何すんだって言ってやろうと思って、唇を尖らせて右隣を見上げる。

頭を押さえる手の力が結構強くて、自分の髪とカカシ先生の指の間からしか、カカシ先生の顔が見えなかった。

けど、微かに見えたカカシ先生の表情は硬くて、強張ってる感じがした。

顔のほとんどが隠れてて、本当の所はよくわからないけど。

大人が何を考えてるのかなんて、まだ子どものオレには予想すら付かない。

「お疲れ様です」

笑いながら言ってる感じのいつもの優しい声。

「イルカ先生ー!明日さっ!遊ぼうってば!」

「こら、ナルト。ここ受付所でしょ。そういう話は他でしなさい。お疲れ様です、イルカ先生。すいませんね。躾がなってなくて」

「ぷっ。いえ。躾はカカシ先生にお任せしますよ。俺には出来なかったんで」

自分の話を自分抜きでされてる感じに、ぷーっと頬っぺたが膨らんだ。

イルカ先生を誘うためにこんな所まで来たのに、用件を最初に言って何が悪いってんだ。

「報告書、お預かりしますね」

イルカ先生が仕事の時の顔でカカシ先生に笑い掛けた。

言われた通りに大人しく報告書を手渡したカカシ先生が、人差し指で頬を掻く。

なぜか困ったような顔をしていた。

さっきからカカシ先生は何か変だ。

「問題ありません。お疲れ様でした。ナルト、明日遊んでやるから家に来いな」

「おう!やったってば!じゃ、明日の朝迎えに行くってばよ!イルカ先生、また明日な!」

弾む足取りのまま、腕をぶんぶん振って、イルカ先生に別れを告げた。

約束を取り付けられて、やっと今日の任務が終了した気がした。

「気を付けて帰れよ!」

イルカ先生の言葉は一々くすぐったくて、そんな顔を色んな人に見られたくない。

だから、急いで受付所を脱走した。

明日は朝からイルカ先生の家に行くんだから、今日は早く寝ないと。







* * * * *







早く寝たおかげで、朝の目覚めはすっきりして気持ちよかった。

顔を洗って、牛乳を飲んで、歯を磨いて、それだけで家を出た。

イルカ先生の手作り朝ごはんが楽しみで、牛乳しか飲んでこなかったのだ。

旨いみそ汁に、あったかいご飯と、おかずは野菜が少ないといいな。

久しぶりだし、早起きのイルカ先生を驚かせてやろう。

イルカ先生の部屋が近付くに連れて、忍者らしく忍び足で進むようにした。

突然の出来事の方がインパクトが強いから、ドアの前で大声で呼び掛けよう。

たっぷり息を吸い込んで、ドアを叩く手を構える。

「イルカ先生ー!」

声を出してから思い出したけど、前に同じ事をやって叱られた事があった。

やべっ、と思って今度は控えめに呼び掛けながら、ドアを叩いた。

いつもならすぐ出て来るのに、今日は中々出て来ない。

何か変だと感じて、なんとなくドアのノブを廻してみた。

そしたら、あっさり回って、少し引いたら、あっさり開いた。

「…イルカ先生…?」

恐る恐る顔だけ侵入して、ゆっくり室内を見渡してから身体も全部入室を果たす。

まだ寝てるのかな。

だったら寝室に居るはずだ。

泊まった事があるから、場所は知ってる。

襖に手を掛けて、そっとずらした。

そこにイルカ先生は居た。

ベットから上半身だけ起こして俯いている。

少し開いたカーテンの隙間から入る太陽の光がイルカ先生の身体を照らした。

なぜか裸で、顔色は悪くて、眼は真っ赤で潤んでて、泣いた後みたいだった。

それに、体中に小銭ぐらいの大きさの赤黒い痣がたくさんある。

「イルカ先生?大丈夫?身体、痛いの?」

「あ…ナルト…」

虚ろだった目がオレを捕らえて、イルカ先生が腕で目元を擦る。

痛そうなぐらいごしごししてから、見た事の無い顔をしたイルカ先生が言った。

「…ごめん…ごめんな…ナルト…。今日は俺、具合悪くて、さ…。急だけど…遊べなくなっちまったよ…」

悲しくて堪らないのに、無理矢理笑ってる時の顔。

声はがらがらに乾いてて、時々擦れてて聞き取りにくい。

「…ごめんな…今日は…」

「ナルト、悪いけど今日の所は帰ってくれないか。イルカ先生に大事な話があるんだ。頼む」

背中の方から、聞き慣れた大人の声がした。

だけど、初めて聞いた、怖いくらい真剣な声。

「カカシ先生?」

打ちひしがれてるイルカ先生の姿が余りにも衝撃的で、カカシ先生が入って来た事なんて全く気付かなかった。

カカシ先生が近付いて来て、昨日の受付所でもやったように、オレの頭に手を載せて髪を掻き混ぜて来る。

あの時よりも手の力が強くて見上げる事が出来ない。

どうにか上目遣いで見えたイルカ先生は、さっきの何倍も悲しそうな顔をしてた。

二人の間で何かが起きたんだと直感した。

「カカシ先生!イルカ先生に何かしたのか?!」

そう言うと、更にカカシ先生の手の力が強くなって、オレは俯くしかなくて、イルカ先生の顔も見えなくなった。

まるで、オレにイルカ先生を見せないようにしているみたいだ。

「カカシ先生だからってイルカ先生に酷い事したら許さないってばよ!」

「ナルト、ごめん。約束は知ってたけど、今日の所は帰ってくれ」

「カカシ先生!」

「絶対イルカ先生に酷い事なんてしないから。これから大事な話があるんだよ」

いつもより低いカカシ先生の声を聞いた所で意識が途切れた。

それに気付いたのは、自分のベットで目が覚めた時だった。

「あ…れ…?」

目を擦って外を見ると、もう空が橙色に染まってた。

今日はイルカ先生と遊ぶ約束してたのに、こんな時間まで寝ちったよ。

朝起きて、家を出たような気がしたんだけど。

夢だったのかな。

とりあえず、これからイルカ先生の家に行って、遅くなった事を謝ろう。

最低限の身支度を整えて、急いで家を出た。

途中の道で腹がぐうぐう鳴ったけど、イルカ先生と一緒に飯を食いたいから寄り道は我慢した。

それが災いして、イルカ先生の家に着いた途端、ドアをばんばん叩く事になった。

「イルカ先生!オレだってば!」

近所迷惑だからと言って怒られるって思ったけど、気付いた時はもう叩いた後だった。

ガチャっと鍵が外れる音がして、ドアが開いた。

「近所迷惑になるから静かにしろってイルカ先生が言ってるぞ」

出てきたのは苦笑したカカシ先生だった。

ベストを脱いだ楽そうな格好をしている。

「どうした?朝来るって言ってなかったか?もう夕飯の時間だ」

中から食べ物の良い匂いがした。

丁度食事の用意をしている所だったのかもしれない。

「ちっと寝坊しちゃってさ。イルカ先生は?」

「中に居るけど、具合悪いから横になってる」

「えっ!」

玄関に立ちはだかってオレを遮断するようなカカシ先生をかいくぐって部屋に入った。

夢に出て来た事と似てる。

それを確かめたくて、一目散に寝室へ向かった。

「イルカ先生!」

ベットで上半身を起こしているのも夢と同じだった。

だけど、服を着ていて、本を読んでいた。

オレを見て、呆れたように笑う。

「近所迷惑だから、ドアの前で大騒ぎするなって言ってるだろう」

「イルカ先生!具合悪いの?大丈夫?」

「大丈夫だよ。すぐ元気になる」

「そうだよ。オレが看病してるんだからな」

後ろから来たカカシ先生の手がオレの頭の上に載せられる。

押さえるような力は入っていなくて、ただ髪を掻き混ぜられた。

カカシ先生って、イルカ先生の看病するぐらい仲良かったんだ。

だったら、夢で見た険悪な二人は、やっぱり夢の中の出来事だったんだ。

カカシ先生がイルカ先生に近付いて、ベットに腰掛けた。

イルカ先生は穏やかな笑顔でカカシ先生を迎えて、とても幸せそうだった。

でもオレの方を一度見てから、照れてはにかんだみたいに顔を赤くした。

そんな顔、初めて見た。

「今日はイルカ先生の代わりにオレが食事の支度したけど、ナルトも食べてくか?」

「おう!…けど、カカシ先生料理なんて出来んのか?」

「ま、イルカ先生ほど上手くはないけどね」

「そんな事…」

二人は顔を見合わせて、目を見つめ合ってる。

カカシ先生がにこっと笑って、イルカ先生がそれを見て、また顔を赤くした。

「立てますか?それとも、こっちに持ってくる?」

「大丈夫です。向こうで食べます」

カカシ先生が具合の悪そうなイルカ先生を支えて、ベットから起き上がらせる。

その拍子にイルカ先生の襟元が少し開いた。

そこには紫色の痣みたいなものが見えたような気がしたけど、きっと服の影とかカカシ先生の影とかだろう。

夢が余りにもリアルだったから、現実と混ぜこぜにしちゃってるだけだ。

二人より一足先に料理の並んだテーブルに到着して、いつもの席を陣取る。

「うまそー!早く食べようってばよ!オレ、おなかペコペコ!」

三人での食事は、家族が増えたみたいですごく楽しかった。

夢の事なんて、もうすっかり忘れていた。










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2004.12.11