いつもの場所でイルカがアカデミーから出て来るのを待っていた。

今日は残業が少ないといい。

イルカを待っている時の頭の中は、どこを切ってもイルカの事で溢れている。

付き合って約3ヶ月。

周囲の人々からは、暑苦しいと言われるぐらい頻繁にイルカと引っ付いている。

でも、まだまだ全然足りない。

もっと一緒に居たいし、もっと近くに感じていたい。

今月はカカシの誕生日がある。

今より更に親密になれる可能性を秘めた重要な一日だ。

イルカが知らなかったら非常に困るので、9月に入ってすぐに打ち明けた。

これで最低限の幸せは確保出来た。

愛読書の主人公達のように、いつも以上にイチャイチャして過ごしたいものだ。

誕生日プレゼントが欲しいと言ったら、もちろん用意すると言ってくれた。

イルカがくれる物なら何だって嬉しいに決まっている。

ただ、何をくれるのかを考えると、気になって気になって仕方なかった。

一人で考えてもどうにもならなくて、思い切ってイルカに聞いたら、当日までのお楽しみだと言われた。

隠されると余計に気になって、しつこくイルカに言い寄って聞き続けた。

そうしたらイルカは観念して、とうとう中身を教えてくれた。

正直言って、ちょっとがっかりした。

カカシが一番欲しいのはイルカ。

そのイルカに『俺がプレゼントです』とか、『俺を貰って下さい』とか言ってもらえたら最高だったのに。

常識人の彼は、そんな事なんて一切考えていなかった。

夢のプレゼントはとりあえず、次の誕生日でもいいし、別に誕生日でなくてもいつだっていい。

それよりも悲しかったのが、プレゼントの中身を決めた理由だ。

イルカが可愛がっている元教え子のナルトから聞いた意見を、参考にするのではなく、重視したのだ。

『カカシ先生ってば、いつも遅刻ばっかりなんだぜ』

イルカはナルトに礼を言って、その場を立ち去ったそうだ。

「はあ…」

溜め息が暗い。

せっかくの誕生日プレゼントなのだから、せめてもう少し恋人らしい物にしてほしかった。

「目覚ましだなんてあんまりじゃないの…」

カカシの寝室には既に4つも置いてある。

イルカの事だから、きっと物凄いうるさい鐘の鳴る旧型の目覚ましを選ぶだろう。

色気どころか、甘い香りだってしそうにない。

衝撃の発表を聞いたその場では、瞬間的に、物より思い出が大切なのだと自分を諭して、引き攣った顔をイルカに見せずに済んだ。

物ではなく、用意してくれる気持ちや、カカシの事を考えてくれるという部分が重要なのだ。

ナルトの話によると、イルカは誕生日には手料理でもてなしてくれるというし。

イルカの美味しい手料理があれば。

食欲を満たした後の、夜の欲望を満たす行為に付き合って貰えれば。

充分だ、と自分に言い聞かせる事が出来る。

あと数時間で受け取る事になる時計を、せめて精一杯大切にしよう。

「カカシ先生!すみません、お待たせしましたっ」

不意に職員用の昇降口から現われたイルカが、小走りに駆け寄って来た。

誕生日の主役を待たせた事を気にしているのか、いつもに増して申し訳なさそうにしている。

「今日は早かったんですね」

気にしていない事を伝えるために、柔らかい口調で微笑んだ。

イルカは少し眉を下げて、困った顔で俯いた。

「だって今日は特別な日だから…。本当は俺がカカシ先生を待ちたかったんですけど」

「そうなんだ?なんか嬉しいね。そういうの」

顔を上げたイルカに、不思議そうに見つめられる。

変な事を言ったのだろうか。

「あの、何?」

「あっ、何でもないですっ。い、行きましょうか」

イルカの目元に薄っすらと朱が走ったので、照れているのだと気付いた。

可愛いイルカを見れて、ちょっと得した気分になった。

並んで歩いているだけで、愛しさが込み上げてくる。

もう男の本能を抑えきれない歳じゃないけど、イルカを前にすると自信がなくなる。

穏やかな時間を共有するのは好きだけど、激しい夜に溺れる事も好きなのだ。

「あんまり期待しないで下さいね」

勘繰れば意味深にも聞こえる内容に、内心どきりとした。

色事に向いていた思考を、イルカの爽やかさ溢れる笑顔を見て修正する。

「オレはイルカ先生の手料理とイルカ先生が居れば、それで充分ですから」

「あ。プレゼントなんてどうでもいいと思ってるでしょう。別に解ってましたけど」

僅かに尖らせた唇が、拗ねている事を如実に表している。

「そんな事ないですよ。楽しみにしてます」

「もう。わざとらしいです」

こういう、甘えているような甘えられているような雰囲気に日々の幸せを感じる。

それはイルカに触れたくなる瞬間でもある。

外では手を繋いだり、キスをしたりなんて出来ないから、その代わりに思い切り頬を緩めた笑顔を見せる。

ただのデレデレしただらしない顔、と言われればそれまでだけど。

カカシの笑顔につられて、笑顔になるイルカも大好き。

イルカの家までの道のりは短かった。

距離や時間がどれくらいかかるのか知らないが、とにかく短い。

家に上がり込めるほどの仲になる前は、ひどく落胆したものだ。

途中でカカシの家とは方向が分かれるために、離れるのがつらくて、家まで送るのが習慣になった。

イルカが鞄からキーホルダーの付いた鍵を取り出してドアを開ける。

ここに入れるようになってからまだ日は浅いが、もうしっかり身体に馴染んだ。

「カカシ先生」

ドアを開けたのに、中に入ろうとしないイルカが振り向いた。

鞄から、口を折って閉じただけの小さな封筒を出して、それをカカシの方へ押し付けてくる。

「包装してないですけど、これ、誕生日プレゼントです」

鮮やかな包装紙もリボンもない、小さくて薄っぺらくて軽そうな封筒。

こんな封筒に目覚まし時計なんて入るのだろうか。

それとも、まさか、目覚まし時計用の乾電池でも入っているのだろうか。

「開けてみてもらえますか…?あの…実は、喜んでもらえるか不安で…」

イルカがくれる物なら、外側が小さな封筒で、中身が乾電池でも、嬉しいはずだ。

冷静を保てるように、一度ゆっくりまばたきをした。

折り返してあった口の部分を開き、中身を手のひらに出す。

「…あ…」

首の関節がおかしくなったのかと思うほどぎこちない動きで、イルカの顔を見る。

イルカがキーホルダーを手に乗せて、カカシの手のひらと同じ高さに並べた。

金属の質感や色は違うけど、イルカのキーホルダーに付いている物と全く同じ形の物。

一度開錠したドアを、イルカが持っている鍵で、わざわざ施錠した。

そして、カカシの手のひらにある物を取って、鍵穴に差し込む。

半回転させると、がちゃっと、鍵の開く音がした。

イルカが不安そうにへらっと笑って、今度こそ、中に入るようにカカシを促す。

「…いいの?」

「どうぞ」

カカシが先に入り、イルカがドアを閉め終わるのを待てずに、後ろから抱き締めた。

囁きとも呻きともつかないような小さな声で、ありがとう、を言うと、イルカの微笑みが空気に乗ってやって来た。

目覚ましをくれると言われた時はがっかりしたけど。

もっと恋人らしい物が欲しいと思ったけど。

本当は、茶封筒を見て落ち込んだけど。

イルカ先生が起こしてくれるんでしょう。

オレの目覚ましになってくれるんでしょう。

こんなに素敵なプレゼントを貰ったら、喜ぶに決まってるじゃないか。

何を不安に思う事があるのだ。

ありったけの気持ちを、言葉なんかよりも、抱き締める腕に目一杯詰め込んだ。











ss top  □mail□
2004.09.20