「オレ、イルカ先生と居ると、すごい落ち着くんですよ」 「え!?本当ですか!?…あの、実は俺も、カカシ先生と一緒だと自然体でいられるんです」 まだ鮮明に覚えている会話は、先月カカシと二人で飲みに行った時に交わされたものだ。 「へぇー、そうなんだー。…あ、それにオレ、イルカ先生の事可愛いと思う時ありますよ」 「えっ!?俺もそれっ!俺もカカシ先生の事、可愛いって思う時あります!」 「もっとずっと一緒に居たい、って思う事もあるんです」 「…俺も…です…」 どうしてこんなにはっきり覚えているのかというと、あの日以来カカシと一言も会話をしていないからだ。 「なんか、そういうのって良いですよね」 「はい!」 あの時は、恥ずかしいぐらい熱く語り合って、2人の絆を確認していた。 それなのに、手のひらを返すように翌日からカカシはイルカの事を避けるようになったのだ。 廊下ですれ違っても挨拶をする暇もなく、カカシは逃げるように立ち去ってしまう。 原因が解らなくて何日も悩み、唯一イルカが思い当たったのが、最後に飲みに行った日に交わした例の会話だった。 酒の抜けた頭で冷静に振り返った時、顔から火が出そうになったのを今でも覚えている。 だからカカシも似たような気持ちになって、イルカと顔を合わせるのが気まずくなっているのではないかと思ったのだ。 でも、酒の席で気安く話題にする内容なんて、よっぽどの事がない限りは笑い話で済ませる事だ。 もしカカシが気にしているのだとしたら、それは余計な気苦労なのだと伝えたい。 イルカが今までのカカシとのやり取りから予想出来たのはそのくらいだったけど、イルカにはもう一つ、可能性の高そうな心当たりがあった。 それは、イルカが最も恐れている理由。 単純に一晩でカカシの気が変わって、突然イルカの事をわずらわしい存在に感じるようになった、という理由。 気まぐれな人と噂されるカカシの事だから、そのくらいの心の移ろいはあるかもしれないと思ったのだ。 こんな嫌な想像ばかりがイルカの頭の中で次々と展開される。 イルカなんて偶然に交流を持った中忍の中の一人にしか過ぎず、きっとカカシは何の感傷も抱かずに切り捨てて行くのだ。 切り捨てられた方が勝手に未練を感じて、悲しみに明け暮れていようがお構いなしに。 それだけは絶対に現実になってほしくないから、イルカはしつこいぐらいあの日の会話にこだわっていた。 油断すると、仕事を忘れて涙が出そうになる。 以前は混雑時でもイルカの窓口に並んでくれたカカシが、最近では空いている時でも他の担当者がいる窓口を選んで提出するようになったから。 気が付けば、今日もカカシはイルカの窓口には現れずに、他の窓口でイルカに気付かれる事なく報告を終えたようだった。 どっと疲労感が押し寄せる。 早く帰って、ゆっくり風呂にでも入りたい。 先月までなら今日みたいな週末は毎週カカシと飲みに行く約束をしていたから、慌てて仕事を切り上げていた。 それが今は急ぐ必要がなくなって楽になったはずなのに、前よりも残業がきつく感じるのはなぜだろう。 イルカは自分の情けなさを噛み締め、この日も遅くまで仕事を続けていた。 * * * * * 帰路の途中で酔っ払いを見掛けるたびに寂しさを感じ、下唇を噛んでは重い足を進めていた。 大好きな一楽に寄って行く気力もない。 酔っていないのに足がふらついて、電柱にぶつかりそうになる。 それを、あと一歩という所でなんとか回避して歩いていたら、今度は道の側溝に足を踏み外しそうになった。 「イルカ先生っ」 よろけている所で名前を呼ばれ、振り返る前に後ろから身体をがっちりと固められた。 疲れているせいで危機感が薄れているのか、背中を取られても少しも嫌な感じがしない。 相手の負担を考えて、すぐに体勢を立て直す。 「すみません、ありがとうございました」 その言葉を合図に手を放してくれると思ったが、逆になぜか拘束する力が強まった。 「一体どうしたんですか…。危なっかしくて見てられませんでしたよ…」 「あっ、カカシ先生っ」 落ち着き払った声音を聞いて、後ろの人物がカカシであったのだと判明した。 イルカの名前を呼ぶぐらいだから知り合いだろうとは思ったけど、まさかこんな所でカカシに会うとは思わなかった。 何日も避けられて、顔を合わせる事も出来なかったから。 咄嗟に、カカシに会ったら一番に尋ねたかった事が頭に浮かんだが、以前のような気安い関係ではない事を悟り、イルカは口を噤んだ。 「このまま家まで送ります」 何の前触れもなく、カカシがイルカの身体を軽々と肩に担ぎ上げた。 「えっ、ちょっ…まっ」 カカシがしなやかな足取りで跳躍し、音もなく民家の屋根に着地する。 すると、跳躍した時と同じ軽さで何件もの家を飛び越え、あっという間にイルカの家に到着してしまった。 ドアの前で降ろされて、はじめてイルカは自分が怯えていた事に気が付いた。 膝ががくがくと震えて、立っているのがやっとだった。 鞄から鍵を出してドアを開け、見慣れた我が家に安堵の溜め息が漏れる。 「…なんで…急にこんな…」 玄関の段差に尻餅を着いてカカシを見上げる。 「答えが出たんです」 カカシの言葉と行動に脈絡がなくて、イルカの質問も強引にはぐらかされた。 落胆を感じて俯き、カカシに隠れて目を伏せる。 そこへ、ふわっと空気の動く気配がして、次の瞬間にはイルカの背中が床に押し付けられていた。 逃がさないとでも言うように両手を顔の両端に衝かれ、覆い被さって来たカカシに囲い込まれる。 心臓がばくばくとうるさい。 影になったカカシの顔が見た事もないほど真剣な目をしている。 「イルカ先生が好きです。これは正真正銘の恋愛感情なんです」 カカシの顔が躊躇いがちに下がってきて、どんどんイルカの顔に接近する。 顎を引いて少しでも距離を取ろうとするが、その効果はほとんどないに等しい。 もう駄目だ、と思って唇を引き結び、顔を背けてぎゅうっと目を瞑った。 「イルカ先生も同じですよね?オレの事好きでしょう?」 頼りない口調のカカシに違和感を覚え、イルカは恐る恐る目を開けていった。 その途中で瞼に柔らかい感触を感じて、くすぐったさに再び目を閉じる。 そうすると今度はこめかみや頬にも、同じような柔らかい感触が転々と続いた。 優しい感触にイルカも警戒心を解いていく。 やがて柔らかいものがイルカの唇に辿り着き、上唇と下唇を交互に甘噛みされた。 ここまで来たら、いくら色恋沙汰に疎いイルカでもカカシの意図を読み取った。 熱い舌が狭い口内に侵入し、歯ぐきを這い回りながらイルカの舌を追い詰める。 「ん!んっ、…っく、んんっ…」 カカシの執拗な動きに、抵抗の仕方を知らないイルカの舌は呆気なく絡め取られた。 身体の奥からぞくぞくするような妖しい疼きが生まれ、それが皮膚の表面を伝ってあっという間に全身へ広がってしまう。 少しでもどこかを触れられたら、イルカの意思とは関係なく妙な反応を示してしまいそう。 こんな身体の変化を、カカシには絶対に知られたくない。 しかし、イルカの願いも虚しく、アンダーの裾からカカシの指先が入り込み、じわじわと肌を辿って行く。 敏感になった肌はカカシの手との温度差すら刺激へと変換し、反射的にイルカの身体をびくつかせた。 まるで全身が性感帯になってしまったかのようだ。 先行していた手がアンダーを押し上げ、瞬く間にイルカの上半身が露わになる。 そこへ降りて来た熱い舌が、じれったい速度で這い上がる。 「…っ…ぅ…ぁ…あっ…」 息を詰めても歯を食いしばっても、何をしても抑えきれない吐息がイルカの端々から零れていく。 カカシを引き剥がそうとして服の背を引っ張るが、ほとんど力が入らなくて結局は背中に手を回しただけの格好になってしまった。 イルカの腕の位置が変わった所で、カカシの愛撫には何の妨げにもならない。 むしろ遮るものがなくなって、無防備な箇所をより執拗に舐められているような気がする。 尖った舌が乳首の上を横切り、迷う事なくもう片方の乳首へ向かって行った。 目的地に着いた途端、すぼめた唇で狙い澄ました一点に吸い付かれ、イルカの下半身が大きく波打った。 それだけで終わるはずもなく、唇に咥えられたまま、しこった乳首を何度も何度も舌先で転がされる。 「ふっ…っあ…ん、んっ…ぁ…」 こんなに酷い無体を働かれているのに、無理矢理悪さをされているという感覚が湧いて来ないのはなぜだろう。 無意識のうちに、イルカの心はカカシを受け入れているという事だろうか。 もしかすると身体の方だって、これからカカシを受け入れようと準備をしている段階なのかもしれない。 「やっ…ぁ…かかしっ…せんっせ…っ、まっ…」 名前を口にすれば一時的にでもカカシの手管が休まるのではないかと思って、喘ぎ喘ぎそれを実行に移す。 「イルカ先生…」 しかし反対に、それまでは大人しく乳首を弄っていた手が、無遠慮にイルカの下腹部へと伸びた。 荒々しい手付きで下着ごと衣類を剥ぎ取られ、既に勃ち上がっている自身を揉みしだかれる。 「あっ…!あ、あっ、やぁ、ああっ」 今までが控えめだったと言わんばかりに、一つ一つの愛撫が濃厚で過激なものに変わる。 こんな状態で、まともな思考を保つ事なんて出来ない。 イルカは真面目にカカシの事を考えたいと思うのに。 頭を使う事が億劫になってきて、与えられる感覚に素直に身をゆだねたくなって来る。 元々免疫のないイルカは甘い誘惑に弱く、大した時間も要さずにカカシの身体に溺れていった。 深く考えるまでもなく、本当はこの時点で既にイルカの答えは決まっていたのだ。 |