フライデー 以前にも同じような事があった。 もう何年前の事だろう。 カカシと付き合ってすぐの頃だったのは間違いない。 「なあ!『次代火影候補ナンバーワン!はたけカカシに浮かび上がる数々の女性問題!』だってさ!」 昼休みの教員室で騒いでいるのは、ゴシップを扱う週刊誌を見ている同僚たちだった。 1冊の週刊誌を取り囲んで、好き勝手な事を言っている。 数年前にイルカが見た記事はカカシの事を『火影有力候補』と書いていたが、今回は少し昇格しているらしい。 きっとまた、目元を黒い帯で隠した女性たちによる、カカシとの関係を示す証拠が一切ない、出所不明な情報に違いない。 あの時のカカシを思い出して、イルカは僅かに口元を緩めた。 前回は記事が出てすぐに、かなり焦った顔をしたカカシがイルカの家に飛び込んで来た。 まだ付き合ったばかりで不安な事が多かったイルカに、カカシは必死になって潔白を主張してくれた。 そこには詭弁や誤魔化しはなく、カカシはただひたすらに誠実だった。 「見ろよ!今回はとうとうカカシさんが女とラブホ入る写真が載ってるんだぜ!」 「あ、ホントだ。でも女の顔、全然見えねーじゃん。しかも写真の日付、3年前」 その言葉に、イルカの肩がぴくりと揺れた。 3年前ならイルカは既にカカシと交際していた。 「相手、背ぇ高いからモデルか?あ、でも木の葉の喪服着てるから同業者?未亡人?」 「あのカカシさんがこんだけデレデレした顔で写ってるんだから、相当入れ込んでる女だよな」 「イルカはカカシさんから何か聞いた事ないか?3年前にマジ惚れした女がいたとか」 同僚の一人が振り返り、いきなりイルカに話を投げ掛けてきた。 こうなる事もすっかり忘れていた。 数年前も、教員室の中で一番カカシと親しいイルカに、こんな質問が飛んできたというのに。 「悪い。…カカシさん隠すの上手いから女性関係は全然知らないんだ」 苦笑しながら言った。 机に広げいてた資料を見るふりをして顔を伏せ、唇を噛む。 確か前回も、同僚たちに対してイルカは似たような事を答えた気がする。 かつては拒否する間もなく同僚に記事を見せられてしまった。 それ以来、カカシの醜聞を耳にしても、根も葉もない中傷まがいの記事は絶対に見ないようにしている。 たとえ記事が嘘でも、イルカが傷付く事に変わりはないのだ。 今回の週刊誌にも、イルカは極力近付かないようにしていた。 意識しないようにしても気になってしまうので、物理的に距離を取っている。 実際に記事を読まなくたって、カカシに真偽のほどを尋ねる事は出来る。 それには、先日教員室で聞かされた内容だけで充分だ。 任務から帰って来れば、カカシもすぐに記事の件が耳に入るだろう。 そうすれば、真っ先にイルカの所に来てくれるはずだ。 前回のように、早くイルカの不安を払拭してほしい。 カカシの帰還予定は明日。 早ければ日中に会えるし、遅くても夜には会える。 そう自分を励まして、勢い良く湯船から立ち上がった。 ざっと体を拭いて寝間着に着替え、首に掛けたタオルでごしごしと髪の水分を吸い取っていく。 するとそこに、控えめなノックの音が聞こえてきた。 こんな時間にイルカの家を訪ねて来るのは一人しかいない。 急いで玄関へ行き、鍵を開けてドアノブを回した。 「ただーいま」 短期任務用の小ぶりの荷物を背負ったカカシが笑顔でそこに立っていた。 「おかえりなさい」 「ごめんね。撮られちゃってたみたい」 おどけたように言いながら、突然カカシがあの週刊誌をイルカの前に差し出した。 イルカが反射的に週刊誌に向けてしまった目を上げると、カカシはへらへらと笑っているだけだった。 あんな記事が出た後だというのに。 「寂しくなかった?オレはイルカ先生に会えなくて寂しかったですよー」 カカシが何事もなかったかのようにイルカの家に入って来た。 壁に手を着いて、脚絆を解こうとしている。 付き合う年月が長くなると、こういう事を軽んじるようになってしまうのだろうか。 それとも記事は事実で、3年前の浮気ならもう時効だからと簡単に許されると思っているのだろうか。 「言い訳は…しないんですね…」 唇が震えていたせいか、声が少し掠れた。 「え…?言い訳?」 「すみません。今日は帰って下さい」 任務の後、自宅にも寄らずにイルカの家に直行してくれたカカシの肩を押して、屋外へと追い遣った。 「ちょ…イルカ先生っ」 戸惑っているカカシの声を無視して、静かにドアを閉める。 鍵を掛けようとしたが、それよりも先に外側からカカシにドアを開けられてしまった。 「あのっ!すいませんっ、撮られたのに気付かなかったのはオレの不注意でしたっ」 イルカが聞きたいのはそんな事ではない。 カカシと気持ちが通じていない事が悲しくて深く俯いた。 「帰って下さい…」 「怒ってるんですか…?」 「もう…帰って…」 イルカはその時、完全に涙声になっていた。 カカシの手が、そっとイルカの肩に添えられる。 「家まで送るつもりが…途中で我慢出来なくなって近くのホテルに連れ込んだのはオレも悪かったと思ってます」 カカシが認めた。 浮気をした事を。 イルカの頭がそれを理解した途端、ぱたっ、と微かな音を立てて床に涙の雫が落ちた。 「でも、オレがイルカ先生の喪服姿見ただけでムラムラするのは知ってるでしょ?それなのにイルカ先生あの時、会食の席で酔って、髪解いて寝てたじゃない。任務が終わってから遅れて行った三代目の一周忌で、いきなりそんなイルカ先生のしどけない姿見せられたら、オレだって歯止め利かなくなりますよ」 カカシの言葉に目を瞬かせる。 その拍子に、ぱた、ぱた、と続けざまに床に涙の雫が落ちた。 濡れた目元を乱暴に擦って顔を上げる。 カカシから週刊誌を奪い取り、噂の写真が載っているページを慌てて開いた。 そこには、喪服を着た、肩に掛かるほどの長さの黒髪の人が、カカシに寄り添っている後ろ姿が写っていた。 カカシの手が、いやらしくその人の腰を抱いている。 しかも、顔のほとんどが隠れているというのに、カカシは明らかに鼻の下を伸ばしていると断言出来るような顔付きでその人を見つめていた。 「忘れたとは言わせませんからね。あの時のイルカ先生、壮絶に色っぽかったんだから。今でも夜一人の時は思い出して…」 続く言葉の露骨さを予想して、咄嗟にカカシの口を口布の上から手で押さえ付けた。 カカシに言われるまで忘れていたけど、今完璧に思い出した。 あの時は、三代目がいない寂しさと、人生で初めてああいう施設へ入った高揚感で、自分でも記憶を消したくなるほどに乱れてしまった。 もう3年も前の事で、しかも酔った時の事だ。 その上、ああいう所へはあの一度きりしか行っていないのに。 よりによってそこを写真に撮られて、今でも残っているという事が居た堪れない。 イルカが顔を真っ赤にして顰め面をしていると、口を押さえていた手をカカシに掴み直された。 ぐい、と引き寄せられて、ぽす、とカカシの腕の中に収まる。 「ごめんね。そもそもオレが悪いんだよね」 耳元でカカシに優しい声で謝られる。 「…写真撮られた事、許してくれますか?」 とにかくこれ以上あの事には触れられたくなくて、こくこくとしつこいぐらいに何度も頷いた。 「3年前はシカクさんが揉み消してくれたみたいなんですけど、ペイン襲来の混乱が収まったらまた出て来ちゃったみたいで…」 お願いだからもうあの事には触れないで、と言う代わりに荒々しく口布を下げ、カカシの唇を自分の唇で強引に塞ぎに行った。 |