イチゴのひみつ





焼きそば、わたあめ、射的、金魚すくい…。
参道できらめく屋台の1軒1軒に、いちいち目を奪われてしまう。
昔から、お祭りと聞くだけで浮かれていた。
父と母に挟まれて、二人と手を繋いだ記憶は、今でも色褪せていない。
でも、その幸せな記憶も今日で塗り替わるかもしれない。
だって今日は、カカシと、浴衣で、手を繋いでお祭りを歩いているのだ。
「イルカ先生が迷子にならないように、オレがしっかり握っててあげますね」
年甲斐もなくそわそわしているイルカの様子が目に余ったのか、繋がっていたカカシの手に力がこもった。
「迷子なんて…」
なりませんよ…、と言いかけて口を噤む。
カカシと手を繋いでいられるなら、理由なんてなんでもいい。
それぐらいの事を思っているのに、せっかくの時間を邪魔するように、下駄の裏に違和感を覚えた。
どうやら小石が挟まっているようだ。
カカシに断って、再び人通りの少ない路地へと入る。
ちょうど空いている縁台があったので、腰掛けさせてもらった。
名残惜しさを振り払ってカカシの手を離し、少し前屈みになって下駄の片方を拾い上げる。
その時、突然、後ろ襟から何かが入ってきた。
「ひっ、やぁあっ……!」
「っ…!」
「ぶはーっ! イルカ先生、変な声出たってばよー!」
体を起こすと、浴衣の中で何かが背中を伝い落ちた。
ひんやりしたものが帯の辺りで蠢いている。
「こっ、こらー! ナルトっ…! 何っ入れたんだっ」
「知らねーってばよ! じゃーなー!」
楽しげに飛び跳ねながら、ナルトは雑踏に紛れていってしまった。
そのあいだにも背中のものはぬめぬめと腰を這っている。
「っ…、んっ、ぁ…」
「い、イルカ先生…、そんな悩ましい声で喘いでいたら変な男が寄ってきます…」
「ひっ、ぁ…!」
悩ましいかどうかは別として、弱々しい呻き声が漏れてしまうのは止められなかった。
背筋がしなり、首は仰け反りそうになって、肩まで小刻みに震えてくる。
「やぁ、んっ…! すっ、すみませ…んっ」
「ど、どうします…? 浴衣の中ですよね? ここで帯を解きますか…?」
「そっ、それはっ…」
こんな所で、カカシの目の前で、裸になるわけにはいかない。
分身を出せれば一人で対処できるのに、体がひくついて印も結べない。
「それとも、オレが背中のものを取りましょうか…?」
カカシが出してくれた案に飛びついた。
「すみませんっ、お願いしてもいいですかっ…、っあ…!」
「了解です。…オレの膝の上に倒れ込んでてもらえますか」
「はいっ、っん…ぁ、はっ…」
言う通りにすると、後ろ襟からカカシの手が入ってきた。
探るようにじっくりと背中をさすられ、指先が腰に近づいていく。
「っ…、んっ…、あっ…! ああっ…! そ、こぉ…!」
「…こっち、ですか?」
「はぁ…っ、ちがっ、ぁ…んっ!」
ぬめって動くものと、カカシの指先の両方に、敏感な部分を撫で回されて、息が上がってくる。
「…あ。掴みました」
そう言ってからも、カカシの手の動きは緩慢だった。
イルカの脇腹、尾てい骨、背骨をゆったりとさ迷っている。
「んっ…、っあ…ぁ…、カカシ、せんせっ」
「あ。すいません」
何がすいませんなのかわからないが、そこでようやくカカシの手が背中から出ていった。
「あぁんっ…!」
最後に、指の背でうなじから耳の裏を撫で上げられて、感極まったような声を上げてしまった。
味わった事のない感覚の余韻で、ひくん、ひくん、と体全体が跳ねてしまう。
「すい…ません…。ありがとう…ございました…」
息も絶え絶えに告げると、カカシに肩を掴まれて、そっと抱き起こされた。
乱れた襟元を直すより先に、潤んだ目から涙を払う。
「ううっ…。ナルトの奴、イルカ先生の背中に金魚を入れるなんて…」
なぜか小さく唸ったカカシが、証拠を示すように手を開き、ぐったりした金魚を見せてくれた。
イルカが目で捉えた事を確認すると、カカシはその小さな命を、近くの軒先にあった水がめに、さっと放した。
「あとでオレから感謝…、いや、あとでオレがきつく叱っておきますから」
「カカシ先生が…?」
叱るのはイルカの仕事ではないだろうか。
そんな事を思っていると、不意にカカシが、ふらぁ、とこちらに頭を凭れてきた。
どき、としていたら、露わになっていた鎖骨に、ちゅう、と吸いつかれた。
「っあ…! なっ、なんっ…、ど、どうしっ…」
「…花火は、また来年見る事にしませんか」
「えっ」
「今すぐ帰って…、その…」
口ごもって言いにくそうにしている所を見ると、よっぽど早く帰りたいのだろう。
もうイルカと散策するのに飽きてしまったのかもしれない。
そうでなければ、元生徒にいたずらされるような鈍くさい奴と一緒にいる事に、嫌気が差したか。
どちらにしても仕方がない。
もっと一緒にいたかったけれど、贅沢を言ったらバチが当たる。
花火はまた来年、と言ってくれただけで充分じゃないか。
「…じゃあ俺、今年の花火は1人で見る事にしますね」
カカシが気に病まないように、努めて明るい声を出して、笑顔で立ち上がる。
「…やっ、やっぱり! 一緒に見ましょ、花火っ!」
「無理しないでください」
再び笑顔で言って、急いでその場を離れようとしたら、カカシに腕を掴まれた。
「ちょっと待って」
そう言うと、カカシがさっき買ったイチゴのカキ氷を、一気に掻き込んだ。
すぐに空にしたのはいいが、カカシが前屈みで頭を抱えてうずくまってしまった。
写輪眼のカカシでも、冷たいものを一気に摂取すると頭が痛くなるらしい。
「だ、大丈夫ですか…?」
「…はい。応急処置だけど、これでしばらくは大丈夫だと思います」
「応急処置…?」
尋ねたが答えはなく、カカシは一度、ぶる、と大きく震えて立ち上がった。
カカシに手を取られて参道に戻る。
すると、すぐにカキ氷の屋台があった。
「早く花火の穴場に行ってイルカ先生と2人きりになりたいから、また氷でもいい?」
「あ…、はい」
あーんで食べさせて、というのが本気だった事に、今更ながらに頬が熱くなる。
その横で、カカシは再びイチゴ味を注文していた。
できたての氷を受け取ったカカシが、いそいそと歩き出す。
「やっぱり、イルカ先生といえばイチゴですよね」
「…? そうですか?」
そんなこと、初めて言われた。
カキ氷の中でなら、海の色から連想して、ブルーハワイっぽいと思われそうだけど。
「イチゴって、ちょっとやらしいでしょ。性的な響きがあって」
「え…」
「あ…。いえ、なんでもないです…。早く行きましょ」
カカシが一瞬、しまった、という顔をしたように見えた。
戸惑って首を捻っているうちに、誰もいない裏山へと連れて行かれる。
そこで初めて、それまでのカカシの発言や行動に一貫性があった事を、嫌というほどに思い知らされてしまった。






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2014.8.24