カカシと付き合ってから、二度目の冬がやって来た。
正直言って、最初の頃はこんなに長く続くなんて思ってもいなかった。
カカシが好きで好きで堪らなくて、断られる覚悟で告白したのはイルカの方だったから。
でも、次の冬はもう、カカシと一緒には迎えられないかもしれない。
この前、些細な事で喧嘩をして、酷くカカシを怒らせてしまったのだ。
あれからは、まだ一度もカカシに会っていない。
「イルカ先生、さようならー」
生徒の声に、はっとして我に返った。
「はい、さようなら」
反射的に言葉を返し、小さな背中がドアから出て行くのを見送ると、夕日に染まった教室にはイルカだけが取り残された。
この夕日の色は、まだ記憶に新しいあの日の事をイルカに思い起こさせる。
あの日、イルカの家の台所にも、こんなふうに橙色の夕日が差し込んでいた。
「イルカ先生」
聞き馴れた声が聞こえて振り向くと、ドアに寄り掛かっている人がいた。
生徒ではない。
腕を組み、冷たい目をしてイルカを見据えている。
「忘れたなんて言わせませんよ」
「か、カカシさん…」
口調と目付きで、カカシが怒っている事が伝わってきた。
「もう待てません」
まずはあの時の事を謝って、話し合いはそれからだと思ったのに、カカシには全くその気がないようだった。
カカシに強行に出られたら、イルカなんて一溜りもない。
それがわかっていても体の反応は鈍く、気付いた時にはカカシの影分身に背中を取られていて、羽交い絞めにされていた。
「っ…!」
「大人しくした方が身のためですよ。こんな姿、生徒には見られたくないでしょう」
背中側のカカシが、抑揚のない声でイルカの耳元で囁いた。
どうしたら平和的に解決ができて、どうしたらカカシに思いとどまってもらう事ができるのだろう。
それをイルカが必死になって考えていると、そこに三人目のカカシが姿を現した。
物騒なものを手に持って、階段教室の最上段から、ゆっくりとこちらに向かって下りて来る。
「こんな所でっ…」
「縄で縛られなかっただけでも良かったと思って下さい」
階段を下りて来るカカシが、酷薄な笑みを浮かべながら言った。
カカシはやる気だ。
もう逃げられない。
そう悟った瞬間、急に膝ががくがくと震え始めた。
涙まで滲んできて、視界が潤む。
「や、だっ…」
「あなたがいけないんですよ」
諭すような温かい声が真後ろから聞こえて、救いを求めるように首を捻ると、そのまま唇を塞がれた。
「ん…、んんっ…!」
もう一人のカカシに、利き腕でない方の腕を掴まれ、素早く袖を捲り上げられる。
布一枚ではあるが、それまで隠れていた素肌にひんやりとした空気が触れた。
この儀式のあとに続く痛みが易々と連想され、あまりの恐怖と息苦しさから、イルカはそこで意識を失った。



目を覚まして真っ先に見えたのは、イルカにも馴染みのある天井だった。
自分が世話になる事は少ないが、生徒が頻繁に世話になっている。
「皮下注射、練習した甲斐がありましたね」
声のした方を向くと、薄緑色のカーテンが閉まっていて、人の姿までは確認する事ができなかった。
でも、顔が見えなくたって、元生徒の声は忘れない。
五代目の元で医療忍術の修行を積んでいるサクラのものだ。
「…あ、起きたみたい」
今度はカカシの声だった。
間もなくして、シャ、と軽い音を立ててカーテンが開いた。
「…カカシ先生ってイルカ先生の事なら何でもわかるのね」
カカシの後ろから顔を覗かせたサクラにそう言われて、頬が熱くなっていくのを感じた。
サクラだけでなく、ナルトや他の元生徒たちにも、自分たちの関係がばれている事は知っている。
こうしてカカシとイルカがいる場所で、その事に触れられるのは初めてで、少し気まずいけれど。
「ま、そういう事だから、あとはオレに任せて。ワクチン、ありがとね」
「どういたしまして。イルカ先生、お風呂は入っても大丈夫だけど、飲酒と激しい運動は避けて下さいね」
最後にそれを付け加えて、サクラは保健室を出て行った。
サクラの言葉を深読みしそうになって、慌てて頭を振ってそれを掻き消す。
「怖い思いさせてごめんね」
カカシが床に膝を着き、ベッドに横たわるイルカと視線の高さを合わせて言ってきた。
「でも、オレが任務から帰って来るまでにって約束した予防接種をしてなかったイルカ先生が悪いんだからね」
「はい…」
「去年あんなに高熱出して苦しんだの、忘れた訳じゃないでしょう」
そうなのだ。
注射が嫌で予防接種を受けずにいたら、去年とうとう罹患してしまい、職場にもカカシにも散々迷惑を掛けた。
にも関わらず、今年もまだ予防接種を受けていない事がカカシに発覚して喧嘩になったのだ。
カカシが出立前だったので、その場は何とか凌いだけれど、あとから、この年で注射を怖がるような奴とは恥ずかしくて付き合っていられないと言われたら引き止める事はできないと思って、今年がカカシとの最後の冬になるかもしれないという考えにまで至った。
「だから、次の冬からはオレが病院まで付き添います」
それを聞いて、イルカは目を見開いた。
だって、『次の冬から』という事は、次の冬も、その次の冬もイルカと一緒にいてくれるという事だ。
カカシは、口先だけの約束をするような人ではない。
てっきり愛想を尽かされると思っていたイルカにとって、これほど嬉しい言葉はなかった。
じわじわと染み出した涙が、やがて雫となって目の端から溢れていく。
それをカカシに見られないように、目元を腕で覆い隠した。
「怒ってる訳じゃないんですよ…。イルカ先生の体が心配なだけで…」
カカシの優しい言葉に、首を縦に振って返事をする。
「ねぇ、泣かないで…。もう無理矢理注射したりしませんから…」
涙が止まらないのは、カカシを怒らせてしまったと思ったからじゃないし、注射が怖かったからでもない。
カカシが、イルカの弱点を聞いても味方でいてくれる事に安心したからだ。
ずる、と鼻をすすり、小さな声で呟いた。
「…カカシさんが…好きです…」
それは、初めてカカシに思いを伝えた時と同じ言葉だった。
あの時から、イルカの気持ちは何も変わっていない。
「何よ急に…。あんまり煽られると、オレ任務明けでヤバいんだけど…。激しい運動は駄目だって言われてるのに…」
そう言いながらも、この日は本当に控えてくれたカカシに、改めてイルカへの愛情の深さを実感する事ができた。
ただその代わり、翌日のカカシの休息日には、また違った形での愛情の深さを実感する事になってしまった。






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2011.02.01

 

 

 

377777Hit 智さんさんからのリクエスト
『鬼畜カカシ×けなげイルカで、最後は反省カカシのハピエンで』 でした。
鬼畜なカカシさんというのは書くのが初めてだったので、これで大丈夫だろうかと心配になります…。
力不足感がいなめないですが(弱)、少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。

リクエストありがとうございました!