知り合って3年。
付き合って1週間。
食事や酒席を共にした回数は、カカシと特別な関係になる前の方が遥かに多い。
まだカカシに関して知らない事も多くて、イルカは戸惑ってばかりいる。
「少しは空気読みなさいよ」
「先輩から空気読めなんて言われる日が来るとは思いませんでした」
カカシと上忍待機所で待ち合わせて、馴染みの酒場へ行こうとしていたら、偶然ヤマトと顔を合わせた。
「僕も二人に混ぜてほしいな、って言ったら怒りますか?」
「当たり前でしょ」
ヤマトとはあまり面識がない。
イルカが知っているのは、ナルトに隊長と呼ばれている事と、カカシを先輩と呼ぶ事ぐらい。
「イルカ先生の意見を伺ってみましょうよ」
「オレが嫌なの。お前もう帰れよ」
お前。
カカシがヤマトの事をそう呼ぶのが、二人の関係の長さと深さを表している。
「ナルトからイルカ先生の事を聞いて、一回ゆっくり話をしてみたいと思っていたんです」
「ヤマトなんてほっといて行きましょう」
ヤマト。
呼び捨てだ。
イルカはまだ一度もカカシから呼び捨てにされた事がない。
「今日ぐらい譲ってくれたって良いじゃないですか。僕がイルカ先生と会う機会なんて滅多にないんですから」
「はあ?」
「イルカ先生だって、たまには他の人と飲みに行きたいですよね?」
猫のように大きな目を真っ直ぐに向けられると、ヤマトへの劣等感を見透かされそうで、少し怯む。
そんなイルカの手を、いきなりヤマトが両手でしっかりと握り込んできた。
ちょっと強引ではあったが、親愛のしるしである握手に曖昧な笑みを浮かべて軽く握り返す。
「イルカ先生の手って、あったかいんですね」
「っ…!馴れ馴れしいっ!離せよっ!触り過ぎっ!」
ヤマトに手を取られた時よりも強引に、カカシがイルカとヤマトの手を引き剥がした。
なんだかんだ言いつつも、二人は仲が良さそうだ。
イルカがここまでカカシと砕けた感じで話せるようになるまでには、どのくらいの時間が掛かるのだろう。
それを考えたら、少し悲しくなってきた。
胸に込み上げたのは、永遠にそんな関係にはなれないのではないかという漠然とした不安だ。
「…カカシさんが3人が嫌だったら、今日は俺が外れますよ」
二人のやり取りを見ているのがつらくて、思わずそう言ってしまった。
こんなにカカシと親しくて、しかも決して切れる事のない関係を築いているヤマトが羨ましい。
「そんな…。イルカ先生がいないなら意味ないから僕は帰ります」
「ヤマトは帰るみたいなんで、オレたちは行きましょっか」
「イルカ先生がいるなら僕も行きますって」
そういう些細な会話までもが、気心の知れた者同士の言葉遊びに見えてしまう。
結局イルカはその日、飲みに行く約束を守れない事をカカシに謝って、先に帰らせてもらう事になった。

* * * * *

数日後、イルカとは滅多に会う機会がないと言っていたヤマトが受付所に現れた。
たまたま任務で通った農村部の住民から、要望書を託されたのだという。
確かに、受付所で顔を合わせるのはそれが初めてだった。
ヤマトの任務は受付所を介さないものが多いのだろう。
紙の束をイルカの窓口に提出すると、ヤマトはすぐに、部屋の隅のソファーに座っているカカシの元へと移動した。
受付所の隅にあるソファーは、カカシがイルカの終業を待つ間の指定席になっている。
二人の事が気になって、細かい仕事をしながらもイルカはちらちらと様子を窺っていた。
すると、立ったままカカシと話し込んでいたヤマトが急に腰を屈め、いきなりカカシの耳元に顔を寄せた。
キスでもするのではないかとハラハラしたが、楽しそうに笑いながらカカシに何事かを囁いている。
それに対してカカシも、満更ではないという顔をしているように見えた。
額当てや口布で顔のほとんどが覆われているのにそう感じてしまうのは被害妄想だろうか。
カカシからは、ヤマトとは暗部の先輩と後輩でしかないと聞いているが、それにしたって距離が近すぎる。
受付所で声をひそめなければならない内緒話とは一体どんなものなのだ。
少なくても人には聞かれたくない事だろう。
例えば、好きな人への告白だとか。
もしヤマトにその気があったらどうしよう。
ヤマトならきっと、イルカと違ってカカシの横に並んでいても不釣合いとは思われない。
堪らなくなって、ぎゅうっと目を瞑った。
瞼の裏に残るカカシの残像は、ヤマトに顔を近付けられて嬉しそうにしている。
せめてもう少しでいいから、カカシとの幸せな思い出を作らせてほしいのに。
一生伝えるつもりのなかった言葉をカカシの告白に答える形で口にしてから、まだ10日も経っていないのだ。
ぐっ、と唇を噛んだ時に、イルカの終業を知らせる鐘が受付所に鳴り響いた。
咄嗟に顔を上げると、目の前にカカシがいた。
「帰りましょ」
「あ…、はい…」
普段通りを装って、床に置いていた鞄に手を伸ばした。
椅子から立ち上がり、さり気なく隅のソファーに視線が投げるが、既にそこにヤマトの姿はなかった。
「なんかヤマトがね」
唐突にカカシから出たヤマトの名前に、ずきっ、と胸の奥が痛んだ。
今度は残像ではなく、本当にカカシは嬉しそうな顔をしている。
溢れそうになるものを、懸命に咽喉の奥に押し込んだ。
「さっきからずっとイルカ先生がこっちを気にしてますけど先輩って愛されてるんですね、だって」
「え…」
「そりゃあオレたち黙ってても愛し合っちゃってるからね、って言い返しておきました」
驚きに目を見開いていた。
そんな話をしていたのか。
もしかしてヤマトは、受付所に同僚がたくさんいるイルカを気遣って、声をひそめていただけなのだろうか。
というか、そもそも、そういう話を受付所でする事はないじゃないか。
かぁーっと物凄い勢いで血液が首から上に集まって来る。
その顔の熱さが、よりによって、イルカにあの夜の出来事を思い起こさせた。
始まりは、急に静まり返ったイルカの部屋。
きっかけは、イルカが水を取りに立ち上がろうとした時だった。
酒を飲んでいたために足元がふらつき、体勢を崩した所にカカシが覆い被さってきた。
そこで突然言われたのだ。
『本当はずっと前からイルカ先生の事が好きだったんです』
思いを伝え合った途端、二人とも欲望の堤防が決壊した。
隣の部屋にベッドがあるのに、そのまま畳の上で激しく抱き合った。
まだ記憶に新しいそれを、慌てて首を振って掻き消す。
職場で思い出して良いような事ではなかった。
赤い顔を隠すように俯かせて、窓口を出るために踵を返す。
同僚たちと目を合わせる事が出来なくて、下を向いたまま挨拶をして、再びカカシと合流した。
「お互いに出会ってからずっと好き合ってたくせに、言わないまま愛を育めるなんて奇跡ですよね」
カカシの言葉に顔を上げる。
「でも、勿体ない事をしたなとは思ってるんです。実際は3年だけど300年ぐらい損した気分」
それを聞いて、また一つカカシに関してわかった事があった。
どうやらカカシは、意外とロマンチストだったようだ。
ヤマトはその事を知っているのだろうか。
そう思って、ふと気が付いた。
自分たちには自分たちなりの、呼び方も口調も関係ないような絆の深め方があるのではないだろうか、と。
なんだか急に元気が湧いてきた。
今度ヤマトにあの目で見つめられても、きっとイルカはもう怯まない。






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2011.05.30

 

 

 

393939Hit 393939さんからのリクエスト
『カカイルにちょっかい出すヤマト、最後はハッピーエンドで』 でした。
カカイルに、という事だったのでヤマトさんにはカカシさんにもイルカ先生にもちょっかいを出してもらいました。ご要望とズレていたらすみません…。
ハッピーエンドになっているかも微妙で…。
こんな話ですが、少しでも楽しんで頂ける事を祈っております…。

リクエストありがとうございました!