いつも涼しげな顔をしている彼の手が、こんなに熱いものだとは思わなかった。
「意外と馴染むのね」
後ろを歩く紅が感心したように呟いた。
彼女の隣にいるはずのアスマは、面倒事を避けるように肯定も否定もしない。
自分と手が繋がっているカカシも、何も言わない。
かなり不快なのだろう。
イルカと手を繋ぐ事が、というよりも、男と手を繋いでお祭りを散策する事が。
でも、罰ゲームだから仕方なく付き合ってくれているのだ。
この状況に浮かれているのはイルカだけ。
カカシと同じく、罰を受けている立場だというのに。
浴衣で集合、という約束をカカシが守ってくれただけでも感謝するべきかもしれない。
口布は着けたままだけど、カカシの無防備な浴衣姿なんて、なかなか見られるものじゃないから。
一緒にお祭りに出かける事だってもう二度とないだろうから、今日は一瞬一瞬を胸に刻んでいくつもりだった。
「あー! イルカ先生だー!」
一人の生徒に見つかると、あっという間に大勢に取り囲まれた。
あんまり遅くなるなよ、と声をかけながらカカシと繋がっていないほうの手でみんなの頭を撫でていく。
「…オレたちデート中だから邪魔しないでよ」
不機嫌さを隠しもせずに言ったカカシが、犬猫でも追い払うように子どもたちに手の甲をひらめかせた。
見世物になったみたいで嫌だったのだろう。
でも、それがわかっていても、かぁー、と顔に熱が走るのは止められなかった。
たとえ不本意であっても、カカシがデートだと思ってくれているのなら、これはデートなのだ。
嬉しくないわけがない。
寂しそうに離れていく子どもたちには申し訳ないけれど。
「ったく…。なんでこんな事しなきゃいけないんだ」
祭囃子に混ざって、少し苛立ったカカシの呟きが聞こえて、目を伏せた。
今が楽しいのも、嬉しいのも、自分だけ。
それを忘れてはいけない。
「…すみません。お騒がせしました」
「いえ。とっととミッションをクリアしちゃいましょう」
今日のミッションは2つ。
手を繋ぐ事と、食べ物をあーんして食べさせる事。
アスマ、紅、カカシ、イルカの4人で飲みに行った時に、酔った勢いで酒量対決に加わってしまったのが事の発端だった。
酒豪の3人に適うわけがないのに。
イルカが早々につぶれたあと、カカシが帰った事で勝敗がついたらしい。
そして、勝者の二人が敗者の二人に、罰ゲームと称してミッションを課したのだ。
「これでいい?」
カカシがカキ氷の露店の前で足を止めた。
なんでもいいから早く終わらせたい、という心の声が聞こえてくるようだった。
本当はもっとゆっくり過ごしたかったけれど、ここで引き延ばそうとするのは不自然だ。
はい、と答えると、カカシは一番無難なイチゴ味の氷を買った。
選ぶ時間さえ短縮したかったのだろう。
すぐに手を繋ぎ直され、カカシは立ち止まれる場所を探してそそくさと歩き始めた。
ここまで徹底されると、罰ゲーム云々ではなくて、イルカの存在そのものがカカシにとってわずらわしいもののように思えてくる。
カカシの隣にいるのが紅だったら、少しは違ったのだろうか。
こんな地味な男ではなく。
急にいたたまれなくなってきた。
「すみません…」
「ん? なに? どうかしました?」
「せっかくのお祭りなんだから、きれいな女の人を連れて歩きたいですよね」
「まぁ、普通はそうでしょうね」
そうやって一般論に置き換えて答えてくれる所に、カカシの優しさを感じる。
「あいつらも、よくこんな迷惑な事を考えてくれるよね。鬱陶しいったらない」
迷惑で鬱陶しいのは、相手がイルカだから。
魅力的な女性じゃないから。
「すみません…」
「イルカ先生が謝る事ないでしょ。意気地のないあいつらが悪いんだから」
「意気地…?」
「きゃー! カカシさぁん! 浴衣姿も素敵ですぅ!」
年頃の女性たちが、急にカカシの周りに集まってきた。
カキ氷を持っていたほうの腕に、さっそく抱きつかれている。
忍服を着ていないからわからないけれど、カカシを知っているという事はくの一なのかもしれない。
「よかったらご案内しましょうかぁ? 私たち明るいうちから来てるから詳しいんですよぉ」
デート中だから邪魔しないで、とさっきのカカシのように言えたらいいのに。
でも、そんな度胸はない。
「このあとの花火、一緒に見ませんかぁ?」
イルカと手を繋いでいたほうの腕にも女性が抱きついてきた。
カカシとのあいだに割り込もうとしてくる。
女の人と触れ合えば、少しはカカシの機嫌もよくなるかもしれない。
そう思って、咄嗟に離れようとした。
「今デート中だから邪魔しないで」
だが、逆にしっかりと手を握り直され、突然早足で歩き出したカカシに引っ張られた。
つんのめりながらも慌てて付いていく。
あんな時まで堂々と言い放つなんて、たかが罰ゲームなのに、すごい責任感だ。
後ろからアスマと紅の笑い声が聞こえてきた。
人通りのまばらな路地に入ると、繋いでいた手はあっさりと離された。
「じゃ、イルカ先生。はい」
さっそくカカシがイルカの口元に、赤みがかった氷を運んできた。
とても事務的に。
勝手に甘い雰囲気を期待していた自分を、馬鹿だな、と思いながら、震える唇を開いた。
ひりつく咽喉を通りすぎていく塊の冷たさに、涙が滲んだ。
「これで気が済んだか」
アスマと紅に向けられたカカシの声に抑揚はなかったけれど、どこか解放感が漂っていた。
役目を終えて清々しているのだろう。
奇跡の一日が終わってしまう名残惜しさに、胸を軋ませているのはイルカだけなのだ。
きっと、お祭りのたびに今日の事を思い出す。
毎年飽きずに泣いたり笑ったりしている自分の姿が目に浮かぶようだった。
「うん。ありがと」
「手間かけて悪かったな。カカシもイルカも。じゃあ俺たちはここで」
そう言うと、2人は雑踏に紛れていった。
「…お手をわずらわせてすみませんでした」
頭を下げて、唇を噛む。
用がなくなったのだから、もう早く帰ったほうがいい。
これ以上、カカシの嫌な気持ちを増やしたくない。
短い時間だったけれど、イルカにとってはすべてがいい思い出だから。
「いえ、全然。さて、ここからはオレたちだけで楽しみましょうか」
えっ、と思って顔を上げる。
「二人で祭りに行くのが恥ずかしいからって、オレたちを巻き込まないでほしいですよね」
そこでカカシからアスマと紅の微妙な関係を聞いて驚いてしまった。
何度も4人で飲みに行っていたのに、まったく気がつかなかった。
「せっかく今日はイルカ先生としっぽり…、いや、落ち着いて祭りを堪能するつもりだったのに」
不意に手を取られた。
今日一番にがっちりと繋ぎ直される。
そうしなければいけない理由なんて、もうないのに。
「オレね、静かに花火が見られる穴場を知ってるんですよ。そこなら人けがなくて口布も下ろせるから、オレにもあーんで食べさせてくださいよ」
カカシの手の中で、イルカのほうがカキ氷よりも先にとろけてしまいそうだった。






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2014.07.23

 

 

 

 

 

470000Hit 花連ママさんからのリクエスト
「罰ゲームネタ」「切甘」でした。
甘いのはわりと得意なんですが、切ないというのは難しいです…
ご要望に沿えているといいのですが…
少しでも楽しんで頂ける事を願ってやみません…。

リクエストありがとうございました!