彼がナルトの担当になってから、俺の心は荒れまくっている。 いい年した大人のくせにセーブが利かない。 「わっ、お、お疲れ様です、カカシ先生」 突然カカシが目の前に現われた。 「……」 カカシは自分の慌てっぷりに言葉を失っているようだった。 「あー、オ疲レサマ…?」 言いながら報告書を提出される。 イルカはカカシの顔を見られずに俯いたまま、無言でそれを受け取った。 イルカにとって赤くなった顔を隠すための常套手段。 「…あの、日付が抜けてるんで書き足しておきますね。あとは大丈夫です。確かにお受けしました」 そこでようやく顔を上げたイルカは、カカシがじっとこちらを見下ろしていたことに気が付いた。 「もう行っていい?用があるんだけど」 苦笑された。 「あ、はいっ。どうぞ」 それを聞いたカカシは一瞬で姿を消した。 (用事ってなんだろ…) カカシのプライベートにあれこれ言える間柄ではないが、気になるものは気になる。 出来れば、女性関係で無い事を祈るだけ。 少女のような恋だとは思うが、縦社会の忍界、そう易々と告白など出来ないのだ。 ある、特別な日を除いては。 * * * * * 「集中して俺に気付かないイルカ先生も可愛かったなぁ…」 急に声掛けられて顔なんか真っ赤だった。 本当ならもっとイルカと絡んでいたかったが、アスマと紅の二人同時に呑みに行こうと脅されれば否とは言えない。 もう一人知り合いを連れてくるとも言っていた。 あの二人共通の知人とは、一体誰が来るのか。 その辺りが気になったので、イルカとの逢瀬を犠牲にした。 (楽しいな) ふと思った。 最近生きていることが面白い。楽しい。嬉しい。 そして、そこには微笑む自分がいる。 昔の自分なら、少し先の未来、例えば明日を考えるのも億劫だったはずだ。 彼のおかげかもしれない。 生き甲斐を見つけられたような、彼自身が俺の生き甲斐なような。 これをシアワセと呼ぶのだろうか…。 「ったく、お前はいっつも遅っせぇなぁ」 「そうよ。こんな美人二人も待たせて」 『美人』と形容したのは紅自身のことと、見た事の無いくの一だった。 「ガキ待たすのはいつもと同じだけどな」 「ガキ?」 よく見ると女の後ろに四、五歳の子どもがいた。 「あ…息子なんです」 そこで初めて女の声を聞いた。 よく響くいい声だと思った。 「この子の名前はつくし。私はカスミといいます」 子どもは小さなオモチャに御執心のようだった。 「カスミの旦那と私達、仲良かったのよ」 「あそ。なら三人で呑めば?」 期待外れの他人への興味も薄れ、どうでもよくなった。 プラス、もやもやとした嫌な予感がしたので帰ろうとした。 「まぁ座れよ」 二人に促され、渋々席に着く。 「あのねカカシ、カスミさん未亡人なの」 旦那が死んだって事か。 「夫が亡くなって、この子と二人でやっていこうと思っていました」 彼女は少し目を伏せ、何故か頬を赤らめた。 「……」 イヤな予感がする。 「カカシさん、今度の休みにつくしと三人で水族館に行きませんか…?」 アスマと紅はカカシの返事を聞こうと耳を傾けている。 (なんなんだこいつら?グルか?) 「いいじゃない、カカシ。つくし君だって行きたがってるんだし」 つくしは相変わらず目の前のオモチャに夢中だ。 「いいじゃねーか。どうせ暇なんだろ」 「カカシさん…」 俺の嫌な予感は的中した。 「はいはい。次の休みね。わかった、わかったよ。けど一回だけだから」 カスミという女、あいつ等をどう丸め込んだのか知らんが、中々したたかな女だ。 「確か、お前の休み14日だったよな」 「…?、そうだけど」 なんで知ってんだ。 「じゃあ、14日の11時にアカデミーの前でお待ちしてますね」 カスミはにっこりと笑った。 実を言うと14日に休みを入れたのはワケがあったのだ。 言わずと知れたバレンタインデー。 存在すら知らなかった男からも女からも、不躾にチョコレートを渡されるおぞましい日。 一つ二つなら黙って受け取るが、50個100個にもなると悪夢のようだ。 甘い物は嫌いではないが限度がある。 そういうの、アスマのセリフを借りれば、『めんどくせぇ』の一言に尽きる。 だから数少ない休みをわざわざ使った。 折角の平日の休日だし、こっそりアカデミーへ行ってイルカの授業風景を盗み見ようと思っていたのに。 でも11時にアカデミーで待ち合わせとは、こちらにとったら好都合でもあった。 早めに出掛ければ、その分イルカを眺めていられるのだから。 「…ふっ」 唐突に頭に浮かんだ現実に、歯痒さを感じて苦笑した。 だって、以前の自分ならイヤな事は何が何でもイヤで。 そのイヤな事の中に、良い事を見出そうなんて考えもしなかったはず。 基本的な思考がポジティブに変わっているという証拠。 あれもこれも、全てがイルカの影響を受けて良い方向へ向かって行く気がして、やはりシアワセを感じた。 恋をするというのは全く奇妙な現象だと、つくづくそう思った。 |