夢見る少女じゃないけれど、想像以上のギャップにもう、挫けそうになってる。 バレンタインデーにチョコレートケーキをあげた。 好きな人に好きだと言われ、甘いものが得意でないのに美味しいと言ってくれた。 舞い上がってどうにかなりそうな一人の夜が、どうしようもなく幸せに感じた。 付き合って、もうすぐ一ヵ月。 あの日には恥ずかしくて言えなかった言葉は、何とか二回だけ口にする事が出来た。 カカシは挨拶のように投げるけど、受け取るこちらの身になってほしい事だってあった。 大体が報告書の提出時と帰りに分かれる時。 カカシはほほ毎日二回、それを告げてくる。 帰りに言われるのは二人きりなので問題ないが、もう一方に問題がある。 机を挟んで向かい合った途端に熱い目で見つめてきて。 恥ずかしくて目を逸らすと、腰を折り曲げたカカシが耳元に囁いてくるのだ。 『好きです』と。 嬉しいのと恥ずかしいのがぐちゃぐちゃになって押し寄せてきて、目をぎゅっと瞑ってやり過ごすしか出来なくなる。 そうするとカカシが『不備はないから早く帰ろう』という旨を主張し、イルカの仕事が終わるまで控え室で待っている。 そんな毎日の繰り返し。 時々不思議な気持ちになる。 かつての自分がカカシのいない生活をどうやって送っていたのか。 きっと普通に暮らしていたのだろうが、何をやっていたかよく覚えていない。 カカシが報告書を提出しにくるのを毎日楽しみにしていたり、行列を回避するために隣の列に並んだのを見て淋しかったり。 でも今振り返れば、隣の列に並ばれたのはその一回だけだった気がする。 あとは、カカシの為にケーキの練習をしただとか、それをナルトとサスケに味見させただとか。 全部カカシの事ばかり。 つくづく、自分はカカシに参っているのだと痛感する。 でも、人と人が付き合うという事はお互いに色々な面を晒す訳で、それが全ていいものだとは限らない。 今日は一日中晴れていて、授業もスムーズだったから気分が良かった。 「イルカ先生!」 「ん?どうした?サスケと二人で」 屋外授業が終わり、玄関から校舎に入ろうとしたらナルトに声を掛けられた。 「オレさ、イルカ先生にチョコレートケーキ食べさしてもらったじゃん」 「…俺も」 ナルトはいつもと変わらず目をキラキラさせて元気一杯だったが、サスケの様子が少しおかしかった。 クールな彼が恥ずかしがっているように見えた。 「やっぱ、男として、何かお返ししようと思ってさっ!」 「…イルカ先生、何か欲しいもんあるか?」 そっぽを向いて言うサスケは何とも微笑ましかった。 ナルトだって、そんな事に気を遣えるように成長したんだ、と心がぽっと温かくなった。 「ありがとう。でも、お返しなんてしなくていいぞ」 にこりと笑って言ってやると、二人して食って掛かってきた。 「ダメだってばよ!オレってば、絶対にお返しするの!」 「あんたはいつもそうやって、人の好意を無にする」 「だって、あんなケーキにいちいちお返ししてたら、お前らがメシ食いに来る毎にお返ししてもらわなきゃいけないだろう」 元生徒からこんなにも慕われるのは、とても歯痒かった。 忍としてどうかと思うが、そんな感情が外側に零れてしまう。 「ほら!イルカ先生だって、嬉しそうな顔してんじゃん!」 「たまには下位の忍者の意見を尊重したっていいだろ」 こんなに思われるのは、正直嬉しかった。 ナルトもサスケも、本当に良い子に育っている。 きっと、下忍になってからカカシに強く影響されているのだろう。 そうすると、敢えて拒否する事もないかと思い始めてしまう。 「イルカ先生、何が欲しい」 「何でもいいってばよ!言って!言って!」 「くくっ。わかった、わかった。お前らの気持ち、ありがたく受け取るよ」 くすぐったくて、苦笑になりつつもどうにか言った。 「そうだなぁ…欲しいものか…」 今一番欲しいのは、カカシとゆっくり過ごす時間だった。 でも、さすがにそれは口に出来ない。 「あ、生活用品がいいかな。鍋とか」 鍋だったら、カカシが家に来た時にも使える。 それに元生徒に貰った物となれば、料理するのも楽しくなるというものだ。 「わかった!鍋な!イルカ先生、楽しみにしてろってばよ!」 「生活用品…」 「じゃぁな、イルカ先生!」 何か物思いに耽ているサスケを引っ張って、ナルトが外へ走っていった。 振り返った空はどこまでも青くて、とても気持ちが良かった。 教員室に戻り、教材を机にしまうと、次は受付へ向かった。 夕方は人が多く、急いで席につく。 すると、スーパーのレジ同様に新しい窓口に人が集まり、イルカの前にもすぐ行列が出来た。 机から目を離さずに提出される報告書だけを見る、というやり方で処理していくととてもスムーズに進んていった。 だが、唐突にその流れを断ち切られる感覚に集中を切らす。 正面に誰かが立っているのに、中々報告書を出さないのだ。 何事かと思い、顔を上げた。 「お、お疲れ様です」 カカシだった。 「イルカ先生、やっと顔上げてくれた。はい、報告書」 満足そうに言うと、カカシが報告書を差し出した。 渡される時に微かに手が触れるのを意識してしまう。 先程までのように素早く内容に眼を通していこうとするのだが、上手くいかない。 「カカシ先生っ、それ、いい加減やめてくれませんかっ」 雑踏の中で、カカシだけにしか聞こえないように小声で言った。 恒例の、カカシの視線が痛いように降って来ているのだ。 「だって、今日一日で初めてイルカ先生に逢うんだから。少しぐらい見てたっていいでしょ」 「で、でも、早く報告書を処理しないと、か、帰るのも、遅くなるので…」 「んー。しょうがないなぁ。オレのは完璧なんで、とっとと後ろの奴等の分を処理しちゃって下さいよ」 カカシが後ろを振り向いて嫌そうな顔をした。 「はい、結構です。お、お疲れ様でした」 しどろもどろになりながらカカシの報告書を精査し、無事、受領に漕ぎ着けた。 報告者は後は帰るだけなのに、去り際に耳元に囁くのは忘れていなかった。 『好きだから見ていたいんですよ。待ってますから早く来て下さいね』 …もう、やだ…。 |