上忍控え室にカカシを迎えに行った。 途中、アスマに会い、おかしな事を言われた。 「程々にな」 「はぁ」 よくわからない。 アスマが見えなくなってから、腕を組んで首を傾げた。 何を程々にするのだろう。 「イルカ先生、遅い」 肩がびくっと震えてしまった。 控え室の入口から体を半分覗かせて、カカシがこちらを見ていた。 色々な意味でバクバクいう心臓の音が、やけにリアルに耳に届く。 突然聞こえた好きな人の声だから。 好きな人について考えている時に、その本人が自分を呼ぶから。 その声には少し嫉妬が混ざっているから。 「オレに逢うよりもアスマと喋ってる方がよかった?」 「いいえ…。でも、カカシ先生はアスマ先生と何か話していませんでしたか?」 人気のない廊下を、カカシが歩み寄ってくる。 勿体ぶるようにゆっくり近付いて、手はポケットに入れたままで耳元に囁いてきた。 「気になる?」 耳に掛かる吐息が熱い。 誰もいないのだし、恋人同士なのだから恥ずかしがる必要はないのに。 いや、誰もいないことはない。 目の前にカカシがいる。 それに、恋人同士だからこそ恥ずかしい。 「き、気になります…」 カカシがふっと笑った。 頬に柔らかいものが押し当てられた。 「ちょっとね、イルカ先生の事を話していたんです」 「俺の事?」 近過ぎたカカシを離すように胸を押して、二人の間に少しだけ空間を作る。 「イルカ先生はどんなものが欲しいのかなぁ、って話」 「俺が何が欲しいか、ですか?」 つい、吹き出してしまった。 この親にしてこの子あり、とはよく言ったものだ。 「みんな揃って、どうしたんですか」 笑いを噛み殺しながら、カカシに尋ねた。 カカシは何が可笑しいのかわからない、という顔でこちらを見ている。 「みんな…」 そう呟くと、カカシはいきなり前後左右を見渡して、外に行くのを急かした。 今度はこちらが困惑する番だった。 手を繋がれて、ぐいぐいと引っ張られる。 「カカシ先生?」 「まぁまぁ」 不安になって声を掛けたが、カカシはひたすら前へ進む。 返ってきた『まぁまぁ』という言葉からは、悪い感情は伝わってこなかった。 何かに思い当たって怒っているのかと思ったが、そうではないようだ。 結局、カカシの家に着いてもそれは続いた。 カカシが足だけで靴を脱いだので、それに倣って自分も足だけで靴を脱ぐ。 ベットに並んで腰をかけ、まだ手を繋いだままカカシが話し出した。 「イルカ先生って、もしかして、バレンタインの時、オレ以外にもチョコレートあげた?」 「あげてませんけど」 「だよね…」 カカシが何か考えている風に遠くを見つめた。 繋いだ手は少し汗ばんでいる。 「けど」 「けど?」 瞬時にこちらに目を向けたカカシに愛しさを感じた。 「練習で作ったチョコレートケーキをナルトとサスケに食べさせました」 「…そっかぁ…」 ふしゅうっと音がしそうなほど体を畳んだカカシが、やっと手を離した。 そして、すくっと立ち上がったカカシが、今度はイルカの脇の下に手を挟んだ。 何をするのかと思ったら、赤ちゃんを「高い高い」するようにイルカの体を持ち上げた。 「え、え、え」 戸惑う自分を余所に、カカシはにこにこと上機嫌だ。 ひとしきり上げたり下げたりを繰り返した後、イルカをベットの上に座らせた。 「イルカ先生はあいつ等に何て答えたの?」 急に笑いが込み上げてきて止まらなかった。 「あははは!」 子供が高い高いをされて喜ぶ理由がすごくわかった。 何がどうとはいえないが、何か楽しい。 「生活用品が欲しいって言いました」 笑い過ぎて目に浮かんだ涙を、人差し指で拭う。 「バレンタイン…そうかぁ。あいつ等、それでお返しするのに必死だったのかぁ」 「生活用品?何が欲しいの?何でも買います。ガキには負けません」 「まぁまぁ」 カカシの言う『ガキ』に本気で張り合う事はないだろう。 「ねぇ、イルカ先生、何が欲しい?あいつ等が買えないような、すごく高価な物にして下さい。何でも買いますから」 「何でもですか?!…じゃぁ、外国にある『自動車』という乗り物が欲しいです」 特に欲しくはなかったが、冗談で言ってみた。 絶対に無理そうな物を言った方が、何だか楽しい。 「…自動車ねぇ。あとは?」 「…あとは…どこかの国に『クルーザー』という船があるらしいのですが、それも欲しいですね」 「クルーザー…ね。わかりました。近日中に用意します」 「え?」 真面目な顔をして言うカカシが、特異に見えた。 カカシはこんな顔をして冗談を言う人だっただろうか。 「イルカ先生の欲しい物は、何でも買いますからね」 そんなカカシに苦笑を返した。 * * * * * バレンタインデーは好きな男性にチョコレートをあげる日。 ホワイトデーは男性の方から好きな人に贈り物をする日。 3月14日。 特に意識せずにその日がやってきた。 ホワイトデーは男性が主役なので、バレンタインと違ってあまり騒いだりしない。 普通に出勤して、普通に仕事をして、普通に帰宅すると思っていた。 だが、朝から少し周囲の様子がおかしかった。 バレンタインの時よりも、同僚達がそわそわしているように見えた。 更に、出勤したら机の上に綺麗に包装された箱が二つ置いてあった。 それぞれ『イルカ先生へ』という紙が添えられており、明らかに自分へのプレゼントだった。 ぽりぽりと頬を掻きながら周りを見渡しても、何か言ってくれる人はいない。 知らんぷりをされている。 どうしようかと考えたが、とりあえず二つの箱を重ねて、机に仕事が出来るスペースを作った。 そうやって、14日の仕事が始まった。 |