プレゼントの包みを折りたたんで片付け、シーツとカップは箱に入れたまま押し入れにしまった。 万年筆と赤インクはすぐ使うと思って、箱から出して机の上に置いた。 今日は荷物が多くて、帰る途中で買い物が出来なかったので、これから買い出しに行かなくては。 財布を取りに鞄の中をごそごそしていると、近所でボフンという大きな音が聞こえた。 誰かが何か大きい物を口寄せしたのかもしれない。 特に気に留めず、見つかった財布を片手に玄関へ向う。 「イルカ先生!」 すると、外からカカシの声がした。 急いで出ると、家の目の前にカカシがいた。 「カカッ…!」 「買ってきましたよ!自動車!どうですか?喜んでもらえました?」 言葉を失った。 そこには文献でしか見た事がなかった金属の塊が堂々と待ち構えていた。 これまでにないほど得意げな顔をしたカカシが、こちらに向かって手を振っている。 覚束ない足取りで、ソレとカカシに近寄っていく。 「高かったんですよ−。でも、イルカ先生のために買ってきました」 黒いボディ。 「こんなものガキには手に入らないでしょう」 全体的にピカピカと輝いている。 「イルカ先生?…あ、クルーザーは今契約してる最中なので、もう少し待って下さいね」 体が震えた。 「クルーザーは自動車よりも、もっと値段が高いそうで。作っている業者も少ないから、手に入れるのも時間が掛かるみたいで」 「カカシ先生…」 「他に何か欲しい物はありますか?何でも買ってきますから」 「カカシ先生…」 「これを探すのも案外大変で、イルカ先生に逢う時間を惜しんでまで頑張りました」 「…」 気持ちが高ぶって、涙が込上げてきた。 こんなものが欲しかったわけじゃない。 こんな成り金のような真似をする人だとは思っていなかった。 立っていられなくて、その場にしゃがみ込んでしまった。 「イルカ先生?大丈夫ですか?」 労わりの声は身に沁みるのに。 肩を撫でる手はすごく優しいのに。 「カカシ先生…」 「はい?」 この先、カカシと一緒に過ごしていく自信がなくなった。 「もし俺が…子供が欲しいと言ったら…、あなたはどうしますか…」 「子供ですか?!」 カカシの上擦った声。 「どうしますか…?」 「どうって…」 「あなたは俺のためなら、人身売買も厭わない…?」 カカシが驚いた顔をした。 図星だったのか、そうではなかったのか。 「…そういうのは…いりません。こちらから願い下げです。…俺達、少し離れた方がいいかもしれません」 「え、ちょっと、待って下さいっ」 「あなたは前に、欲しい物は何かって聞きましたよね。ナルト達に何て答えたか、とも。…誰にも言いませんでしたけど、俺があの時一番欲しかったのは…」 立ち上がってカカシを睨んだ。 眉間に力を入れていないと泣いてしまいそうだ。 「カカシ先生とゆっくり過ごす時間だったんです」 踵を返し、出てきたばかりの玄関へ真っ直ぐ戻る。 片手に持っていた財布が、何だか場違いに感じた。 とうとう溢れてきた涙が頬を伝う。 気付かれないように、さっと手の甲で拭った。 「イルカ先生っ、話をっ、話をっ」 「また…今度…っ」 それを聞いたカカシの気配が怯んだ、と思った。 だが、それは見せ掛けだけで、本当はその一瞬で自分の正面に回り込み、逃げられないように強く抱き締めていた。 「ダメですっ…。今、話しましょうっ…。オレ達恋人でしょう?ちゃんと、話しましょう…っ」 「…カカシ先生っ、はなっ、離してっ…」 「離しませんっ!」 「わかりましたからっ、話しますからっ、離れて下さいっ…!」 公衆の面前ではやめてほしかった。 思いきりカカシを押したが、強情で中々離れてくれない。 「カカシ先生っ、ここ外ですっ、からっ」 意味を理解したのか、徐々にカカシの力が緩んでいく。 やっとの思いでカカシを剥がす。 涙は引っ込んだが、今は顔中が真っ赤になっていると思う。 「中に入りましょう…」 自分を落ち着かせるように、声を低くして言った。 「誰か、来てたんですか?」 「サスケが」 「サスケ…」 台所で顔を洗い、自分を引き締めた。 コーヒーを煎れたポットとコーヒーカップを二つ盆に載せてテーブルへ運んぶ。 「このペンは…?」 「今日貰いました」 カカシが真新しい万年筆を手に取って見つめていた。 何の変哲もないただの万年筆をそんなに凝視して、何かあるのだろうか。 「誰から?」 「カカシ先生、落ち着いて。コーヒーを煎れましたから」 カカシは立ちっ放しで、部屋の中をうろうろしている。 仕方なく座布団を置いてやって、そこへ座らせた。 「オレはね、ただ、イルカ先生の喜んだ顔が見たかっただけなんです」 「なっ、何ですか、突然」 座った途端に話し出すなんて卑怯ではないか。 まだカップにコーヒーを注いでいる途中だ。 「ホワイトデーだからイルカ先生にいい所を見せようと思って、急遽、調達したんです。喜んだ顔が見たくて」 「…あの万年筆は誰かがアカデミーの机に置いていった物で、誰がくれたのかはわからないんです」 カカシの言葉を無視したような自分の言葉に、カカシが押し黙った。 「綺麗に包装されたものを開けていくのは楽しかったですよ。サスケと一緒にやったんですけど」 「サスケ…」 「本当はカカシ先生と二人でそういうのやりたいと思ったんですけど、今日は一緒に帰れなかったし」 それを聞くと、不服そうにしていたカカシの態度が柔らかくなった。 こちらの話をしっかり聞こうとしているようだ。 見た事がないぐらい姿勢が良い。 「今日はね、色々貰い物をしたんです。でも、貰ったのを嬉しく思ったのは、ナルトからのとサスケからのだけで」 「あいつ等から、何を貰ったんですか?」 「土鍋とアイロンとアイロン台です」 カカシの喉がごくりと鳴ったのが聞こえた。 少し緊張しているようだ。 「他にはシーツとかティーカップとか米とかを貰ったんです。別に嬉しくなかったですけど、サスケと一緒に開封していくのは楽しかったです」 「自動車は嬉しくなかったですか」 「だから、俺が言いたいのは、物よりも心に残るものの方が嬉しいって事です」 「あ…」 「俺は自動車の動かし方を知らないから、いくら高価な物を貰っても宝の持ち腐れだと思います」 「じゃぁ、オレがっ、運転しますっ。あれに乗って二人でどこかに行きましょう?」 さすが上忍だと思った。 理解がすごく早い。 しかも、こちらを喜ばせるような事を口にする応用の早さ。 「それなら、喜んでお受けします」 にっこり笑って言うとカカシの方も気が緩んだようで、不自然に伸びていた背筋をいつものように丸めた。 カカシが一息ついて立ち上がり、イルカの横へ腰を下ろした。 「お金がないのは困りますけど、何でもお金で解決できるとは限りませんから」 カカシの腕が腰に回ってきて、軽く引き寄せられた。 肩にカカシの頭が乗っかる。 「…何でも買ってあげますって言われた時は、ちょっとショックでした。俺はあなたのヒモじゃないんだぞーとか思ったり」 「ごめんね…」 カカシの頭に自分の頭を凭れ掛ける。 本当はずっとこうやって一緒にいたい。 「この前アスマに言われたんです。イルカ先生にわがままを言うのは程々にしろって」 「程々…」 「あれって、こういう事になるってわかってたんですかね」 では、廊下ですれ違った時に言われた『程々』は、カカシを甘やかすのは程々にしろという意味だったのだろうか。 「今まで付き合った人達は、あげたら何でも喜んでいたので…」 「…その話はしなくていいです」 何か続きを言いそうになっているカカシを制した。 過去の女性遍歴なんて聞きたくない。 カカシがモテるのはわかっている事だし。 「俺はカカシ先生と一緒にゆっくり過ごしているのが一番良いです。…それだけでいいですから」 「でも、時々はワガママを聞いてあげたい時だってあるよ?」 「じゃぁ…もう少しだけ…こうしていて下さい…」 「お安いご用です」 玄関の鍵を閉めたか気になったが、ドアが閉まっていれば外から見える事はないので安心してカカシに引っ付いた。 |