今度はカカシが震える番だった。

何があっても良い方に考えるようにしていた頭が、本人に宣言された直接的な決別を上手く処理してくれない。

あ…、う…、え…、と意味不明な単語が口を衝いて出て、イルカの服を掴んでいた手から力が抜ける。

それでも服を離したら終わりだという強迫観念に後押しされ、何とかイルカに縋り付いていた。

「い、イル…カ、先生…」

絶え絶えに呼んだ名前では固有名詞にも聞こえない。

余りにも情けなくて、本当に涙が出た。

必死になって掴んでいた服からはずるずると手が剥がれていく。

すっかり離れてしまうと、力無い腕が肩からだらりと垂れ下がった。

開け放たれた窓から侵入した風が頬を通り抜け、カカシの顔から体温を奪っていく。

放心に近い状態で、その冷たさだけがカカシに時間の流れを感じさせた。

そこへ何の前触れも無く、その冷たさを遮断する温もりが充てがわれた。

その感触に全身が痺れた。

自分と違って体温の高い手のひら。

「思い出せないのなら、ここに来れば良いんです」

その優しい手に支えられながら、俯いていた顔を正面に導かれた。

カカシの焦点が合うと、潤んだイルカの目がにこりと微笑んだ。

ああ、これだ、と思った。

「笑ってる時に、あなたが俺の前に居れば良いんです」

カカシを救う、たった一つの輝き。

頬を包むイルカの心地良い体温を両手で掴み、指を組んだカカシの手の中に握った。

少しづつ持ち上げ、祈りを捧げるように額へ密着させた。

ありがとう。

「ありがとう…」

心に溢れたものが、同時に口からも零れた。







体を繋げる行為に、快感以外のものが存在するなんて考えた事もなかった。

心の底からそれを理解できたのが、たった今なのだと思う。

次から次に湧いてくる欲望は、快感に飢えていたからではなく、彼に飢えていたからこそのもの。

「ふっ…んっ…」

苦しそうに喘ぐイルカを可哀想に思いながらも、止められない高ぶりをその唇と舌に絡ませた。

任務明けで濃くなったイルカの匂いがカカシの興奮を煽る。

飲みきれなかった唾液が口の端を伝うが、そんな事はお構いなしに貪った。

裾から手を入れ、脇腹の肌触りを確かめる。

以前はややむっちりしていたそこが、大分ほっそりしている事に顔をしかめた。

「んっ…!っ…ま、って…」

僅かな息継ぎの間に訪れた、途切れ途切れの訴えにも存分に艶を含んでいる。

イルカの言う事を聞き入れたい気持ちはあるが、体に余裕がない。

しかし無理強いできるほど大胆にも出られないから、攻める力を緩めてイルカの瞳を間近で見つめた。

「ん…、…シャワー…っ、だけで、も…」

「そのままで、良いじゃないですか」

自分は気にしないから、だから早くあなたを感じさせて。

嫌だと言わせたくなくて、人差し指一本でイルカの感じ易い腹筋から臍を通り、下腹ぎりぎりまでを辿った。

「いっ…やっ、んっ…、カカ…っ、せんっ…」

不意に出たイルカの甲高い声に、カカシの股間は正直に反応を返す。

だが、以前と変わりない感度の良さに、任地で何かあったのではという疑念が湧いた。

「…わかりました」

殊勝なそぶりをして見せる。

イルカの要求を飲んで、こちらの疑念を晴らす方法を思いついたから。

その場でイルカの着ている物を脱がせて全裸にし、自分の体からも全てを取り去った。

自分の素肌で感じる生身のイルカ。

我慢弱い不埒な指が直に触れようと伸びるのは、自我では制御しきれない無意識の行動。

カカシの下半身は摂理に逆らう事なく、ズクリと音を立てて更に大きくなった。

自分ばかりと思ってイルカのそこに目を遣れば、性感帯を刺激され続けたイルカ自身もしっかり反応していて。

嬉しくなって、そこに自分のものを押し付けた。

「あ…」

イルカの顔が真っ赤に染まり、目元に恥じらいを纏う。

その初心な反応が堪らない。

「オレがきれいにしてあげますから」

言葉の意味だけでは納まりきらない下心をわざと隠さずに言った。

風呂場へ向かうために、カカシが先に立ち上がり、手を取ってイルカを起き上がらせる。

立ち上がったイルカの腰は砕ける手前で震えていて、そんな姿がカカシの征服欲を掻き立てる。

欲の赴くままにイルカの腰を掴んで担ぎ上げ、抵抗できない彼を易々と連れ去った。

風呂場のドアは開いており、所々濡れいる床が掃除して間も無い事を伝えた。

とりあえず栓を捻ったが、湯が温まるまでしばしの間も惜しくて、まだ冷たいタイルにイルカを凭れ掛けさせた。

膝を立たせ、緩くなったそこを大きく開く。

脚の付け根や腿の内側に目立った痣などはない。

「え…?…やっ!」

それまで大人しくしていたイルカが、突然我に返ったように声を上げた。

一瞬で黙らせるためにイルカの中心をぐっと握り込む。

「っ!…うっ…ん…」

急所を握られたイルカの体は、難無く抗いを失くす。

ここぞとばかりに足首を掴んで、片方は肩にかけ、もう片方は掴んだまま、カカシの目は一点を見つめた。

密かに呼吸する蕾。

そこにも悪さをされた痕はなく、口は堅くしめやかに閉ざされていた。

確認できた事で焦りも静まると、丁度、適度に温まった湯がカカシの背中に降り注いだ。

シャワーヘッド持ってイルカの全身に湯を浴びせると、ぼんやりとカカシを見ていたイルカの目が気持ち良さそう閉じられた。

湯は風呂の照明と夕日の橙によって肌に絶妙な光沢を与え、イルカの淫靡な姿に色を添える。

カカシの中で、ドクッ、と脈打つものがあった。

興奮を抑えているために震える手で、なんとかボディソープを取り、それをイルカへ塗りたくった。

首回り、肩、胸板、と少しづつ下がっていく。

「あっ、ん…、ん…っん…っあん…、カカっ、シ、せんせっ…」

ぷつりと立ち上がっていた乳首へ到達すると、敏感なそこは掠っただけでも感じてしまったようだった。

手ではなく指を使って特別丹念に塗り込むと、イルカは堪らな気な甘い声を出した。

擦っているうちに赤く熟れ始めたそこへ、ふらふら近付いていったカカシの顔から舌が伸びそうになる。

ぐっと堪え、息を吹きかけるだけに留めた。

「…っ、やっ…」

その声だけで血管が切れそうになりながらも、下へ下へと手を滑らせた。

イルカの体をきれいにすると言ったのだから、それぐらいは守らねば。

「…一ヶ月振りなんです…。手加減、できそうにない…」

イルカの中心でひくつくものを通り越し、一気に足の指へ手を這わせた。

人と交わるのは、イルカと別れる前に彼としたのが最後。

一人で抜く事はあったけど、それはただの処理。

欲情という衝動が伴う行為は本当に久しぶりで。

まだ具体的に肉体に刺激を加えられたわけではないのに、達してしまいそうなぐらい滾っている。

カカシはイルカの足の指一本一本にもボディソープを塗り込め続け、決して休む事はなかった。

指の股を過ぎる度、イルカの体はびくりと震える。

「…ぁ…ふぁ…っ…ぁ…」

膝小僧に円を描けばびくつき、腿の内側を触れるか触れないかの指遣いでなぞれば小さい喘ぎが引っ切り無しに漏れた。

そしてようやく辿りついた中心では、先走りのぬめりと重力で下がってきたボディソープとが混じり、最も妖しい光を放っていた。

自分は今、蜜に吸い寄せられる昆虫。

はち切れんばかりの自身を躊躇いなく握り込んだ。

「ああっ、あっ、あっ、あんっ、んぅ」

上下に動かすと、イルカの腕がカカシの首に回った。

先端の窪みに爪を立てれば、苦しいような気持ち良いような声を上げる。

「…もっ、だ…めっ、…いっ…っあ…!」

竿を扱く手を早め、輪を作った指で先端の膨らみを嬲ると、イルカは一瞬全身を強張らせ、何度か痙攣を起こした。

カカシの腹には白濁とした飛沫が飛び散り、精の解放でイルカの体からは余す処なく淫らな色気が漂った。

絶頂の瞬間のイルカを間近に見たカカシは、興奮度が頂点に達し、後はもう自身の情欲に意識を支配された。







* * * * *







裸の上半身を壁にもたれ、イルカが疲れて眠ってしまった後も、その寝顔を飽きる事なく見つめていた。

無尽蔵に溢れる思いはカカシの心と体の両方から滲み出て、結局はイルカに無理をさせてしまう事になった。

がっついてしまったから、イルカに体だけだと思われていないか少し不安だ。

「ん…」

カカシの方へ擦り寄るように身じろいだイルカが、薄っすらと目を開けた。

眠そうな目を擦る仕草が愛らしい。

「すみません。起こしてしまいましたね」

「いえ…」

もぞもぞと布団から這い上がったイルカが、上半身を起こしてカカシに並んだ。

腕をぴったりとくっ付け、カカシの肩に頭を預けてくる。

「寒いでしょう?布団に潜っていていいですよ」

物凄く嬉しかったが、イルカの体を気遣わなくてはと思っていたから、自然に口から出た。

「…いいんです…」

目を閉じたイルカが布団の中でカカシの手を探り、掴まえると指を組んで手を繋いだ。

なんとなくだけど、イルカに気持ちが伝わっているような気がして、その手をぎゅっと握り返した。

それを受けたイルカが複雑な顔をして微笑んだ。

「…カカシ先生の手紙をねこばばしたのがばれて、取り返しに来られたのかと思いました」

小さい声での告白を聞いて、先程のイルカの怯えた様子が蘇えった。

それを必死に守ろうとした結果なのかと思うと、切なさで胸が一杯なった。

「でも、俺のだって言ってくれて…」

イルカの鼻がぐずりと鳴った。

繋いでいない方の手を目元へ運び、人差し指で目尻を拭った。

「…あの手紙、大切にしますね」

ふわっと蕩けてしまいそうな笑顔を向けられて、内心かなり狼狽えた。

イルカの笑顔とは、こんなにも胸の内を騒がせるものだっただろうか。

「あ、いや、あんなもの、大切にしなくていいですから。…その、汚れてたし…」

しどろもどろもになる自分に更に動揺してしまう。

イルカが不思議そうにこちらを見てきたが、その上目遣いにも動揺が募った。

「カカシ先生が俺にくれた手紙なんですから、俺がどうしようと勝手でしょう」

意地の悪い事を言う割に、とても幸せそうな顔で笑ったイルカに何も言えなくなってしまった。









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2003.09.07