イルカが助手席に座ったのを確かに確認して、カカシも運転席に入った。 色々な事が頭の中で勝手に展開され、動悸が一向に止まらない。 「ちゃんと…、解ってます、から…」 イルカの呟きに、更に心臓が大きな音を立てた。 何を解っているというのだろう。 急激に乾いていく唇を忙しなく湿らせ、しきりに目を瞬かせる。 聞くのは怖いけど、こういう事はお互いの考えをはっきりさせておかないと、後々気まずくなったりする。 こんな行き違いなんかで、大切なイルカを失いたくはない。 「オレは…っ、あなたが大好きで…、あなただけは特別でっ…」 「…っ!だからっ、解ってますからっ」 「じゃあどうしてオレを無視して店を出て行こうとしたんですか…」 気持ちが昂ぶりそうになるのを抑えながら、イルカの横顔を食い入るように見つめる。 イルカは眉間に皺を寄せて悲しげな顔をしていた。 またカカシのせいで、イルカにつらい思いをさせている。 「すいません…。悪いのはオレなのに責めたりして…」 出会った時から傷つけてばかりだ。 「…違うんです。なんか…ああいうの聞いた後に顔出しづらくて…。カカシさんは人気者だから」 時々イルカは、こういう他人行儀な事をさらりと言う。 女性経験を尺にして、自分とカカシを比べて距離を置くのだ。 そんなものは少ないに越した事はないのに、イルカの方が劣っていると決め付けて。 「俺も男だし…。同じ事を言われる日が来るのかもって思ったら…」 「ありませんっ、絶対に言いません…っ」 全力で否定した。 こればかりは感情を抑えるよりも先に言葉が出ていた。 イルカがやっとこちらに顔を向けてくれて、弱々しいが笑みも見せてくれる。 「カカシさんがそんなこと言う人じゃないって解ってるんです。でもちょっと考えてしまって」 「本当にごめんなさい」 今まで付き合った相手に、こんなに謝った事はないし、こんなに気を配る事もなかった。 イルカが心底カカシを思い遣ってくれるので、カカシもイルカには素直になれる。 「イルカさんのケータイが通じなかったから…。気持ちに余裕がなくて…」 「…あっ、すいませんっ!今日支払いに行くつもりだったんですっ」 「そうなんだ…。良かった…」 カカシの方に後ろ暗い過去があるので、些細な事でも深読みする癖がついてしまった。 真面目で純粋なイルカと、遊んでばかりいたカカシとでは不釣り合いだと解っているから。 それが引っ掛かってイルカに遠慮してしまう部分があって、イブの予定についても咄嗟には異議を唱えられなかった。 だけど、そこは恋人として譲れない一線であるという事をイルカにも認めてほしい。 口ごもりながらも、辿々しく本題を切り出す。 「…オレ…やっぱり、どうしても24日はイルカさんと過ごしたいんです。何とかして予定合わせてもらえませんか…」 「え…。だって24日は…」 「お願いしますっ!」 強引な言い方だと思ったが、カカシも必死だった。 出来たばかりの恋人が自分以外の誰かとクリスマスを過ごすなんて、考えただけでも胸が痛む。 イルカの困惑が手に取るように伝わって来た。 そこで何を思ったのか、イルカが手持ちの鞄の中をごそごそと探り始めた。 すぐに、緑色の包装紙に赤いリボンの付いた包みが姿を現す。 明らかにクリスマス用のプレゼントだった。 このタイミングで見せてくれたという事は、イブは会えないけど、せめてプレゼントだけは渡しておく、という事だろうか。 「オレにくれるの…?」 プレゼントから目を離せないまま、嬉しさをやり過ごすために一応尋ねてみた。 「え…、あ…、そうですよね…、カカシさんのプレゼントも用意するべきですよね…。すいません…」 イルカの答えは余りにも予想外だった。 既にありがとうの『あ』の形に開いていた口を、何事もなかったかのようにきっちりと閉じる。 誰かへのプレゼントは用意しても、恋人のカカシにはないのか。 ずきっ、と胸の奥の方から鈍い音がした。 期待してしまった分、余計に反動が大きい。 でもここでカカシが傷付いた顔をしたら、イルカまで傷付けてしまう。 何でもない顔をして、早合点した事を詫びなければ。 イルカの方に向いていた顔を正面に戻し、ハンドルを見るふりをして俯いた。 「いえ…。オレの方こそ勝手に勘違いしてしまって…」 「俺っ、カカシさんのも用意しますっ、絶対にっ…あのっ、じゃあ24日、ナルト達のクリスマス会の後に2人でクリスマスしませんかっ」 どこまでも下降していた気持ちが、ぴたりと止まる。 恐る恐る助手席へ顔を向けると、イルカが一生懸命な顔をしてカカシを見つめていた。 カカシが気持ちの整理をしているあいだ、車内に沈黙が訪れる。 「…欲張り過ぎ…ですよね…。明日、ナルトに行けなくなったって連絡しま…」 「連絡しなくていいですっ!24日、ナルト達の後に2人でクリスマスっ、しましょう…!」 イルカからの誘いに、急に目の前が明るくなった。 * * * * * 次の日、ケータイ料金をきちんと支払ったイルカから連絡があった。 内容は、ナルトがカカシに送ったクリスマス会の招待状が宛先不明で戻って来てしまった、というものだった。 ナルトがカカシを招待している事を知っていたイルカは、24日は当然カカシも会に出席すると思っていたそうだ。 そうやって、クリスマス前には色々あったが、子ども達との会の方は、さきほど日が暮れる前に無事に終了した。 おかげで時間はまだまだたっぷりと残っている。 カカシにとっての本番はこれから。 イルカと2人きりのクリスマス。 一度帰宅すると言って別れたイルカと、カカシの家で待ち合わせている。 待ち合わせと言っても、どこかに行く訳ではなく、夜はゆっくりとカカシの家で過ごす予定なのだ。 ロビーからの呼び鈴で、待ちに待ったイルカの到着を知り、そそくさと開錠ボタンを押す。 胸がどきどきする。 密室でイルカと2人きりになって、自分は平静を保っていられるだろうか。 じっとしていられなくて、玄関でイルカが来るのを待った。 一度だけ、ここからイルカを見送った事がある。 あの時は、もう二度とこの部屋にイルカは来てくれないのではないかと悲観的な気持ちだった。 様々な思いが胸に渦巻いてきて、何かが溢れてしまいそうだった。 胸の辺りを、服の上からぎゅっと掴む。 その時、味気ないインターホンの音が部屋中に響いた。 すぐにドアを開けると、イルカが驚いた顔をして立っていた。 「インターホン押してからドアが開くまで、早すぎです」 そう言って、イルカが笑いながら部屋に入って来た。 無理矢理じゃなく、イルカの意思でこの家に。 しかも笑顔で。 堪らなくなって、立ったまま靴を脱いでいたイルカを正面から抱き締めた。 このまま時間が止まれば良いのに。 そんな夢みたいな事を、至極真剣に願っていた。 ss top sensei index back □mail□ |