ナルトの周りには歴史に名を刻むような立派な忍ばかり集まる。 上忍師はカカシで、次に引き継いだのが自来也。 二人共とても優秀な忍で、もちろんイルカも尊敬している。 しかし残念な事に、二人には悪い面でも共通している部分があった。 ナルトには、どうかそこだけは見習わないで欲しいと常々思っている。 そして、新しくナルトやサクラと組んで隊を仕切る事になったヤマト。 まだあまり会話をした事はないけれど、カカシや自来也とは明らかに性質が違っている。 ヤマトには爽やかさがあった。 イルカと年が近そうという親近感を差し引いても、ナルトの指導者で初めて、第一印象から迷いなく好感を持てた人だ。 いつかはゆっくり話をしたいものだと思って、また、それが早く来るといいなあとも思っていた。 * * * * * 夕方の忙しい時間帯が一段落した頃、一人の忍が報告書を提出しに受付所へやって来た。 「お疲れ様です」 最近よく見掛けるようになったと思うのは、やはり自分が意識している相手だからなのだろう。 向こうも同じなのか、それともたまたまなのか、空いている受付でイルカの窓口を選んでくれた。 「お疲れ様です。これお願いします」 礼儀正しいのはカカシと一緒だが、言葉の中に真面目さが漂っている所がカカシとは違う。 カカシには、もてる男特有のだらしなさのようなものが、そこかしこから滲み出ている。 同性だからこそそういう部分は敏感に察知して、出会った当初はけっこう警戒していたものだ。 交流を深めるうちに、それもカカシの個性なんだと受け入れる事が出来たのだけど。 差し出された報告書を誠意を込めて受け取る。 ヤマトの書く文字は丁寧で読みやすい。 受付業務を担う立場としては、一人でも多くの忍がそうなってくれる事を日々願っている。 今回も不備のなかった報告書から目を離し、それを伝えるために顔を上げた。 「イルカ先生、今度一緒にメシでもどうですか」 計算されたような間合いで告げられた一言に、イルカは自分が告げるはずだった言葉をどこかへ失くしてしまった。 「あ…えっ…と…」 ヤマトと食事をするのは大歓迎だと思っていたのに、こうも唐突に誘われると返答に困ってしまう。 ここは社交辞令で済ませてしまおうと思い、戸惑った自分をなかった事にして口を開いた。 「は…」 間の悪い事に『はい是非』と答えようとした所で、終業を知らせるチャイムが鳴り響いた。 チャイムと声が重なったら聞き取りにくいだろうと思い、鳴り止むまでの僅かな時間を口をもごもごさせて待つ。 その時、もう一人、別の忍が受付所へやって来た。 何の躊躇いもなくヤマトの隣に並び、向かいのイルカに声を掛けてくる。 「もう仕事終わりですよね。一緒に帰りましょ」 昨日イルカから相談を持ち掛け、いつの間にかお互いの気持ちを吐露しあっていた相手が、笑顔でそこに立っている。 「ちょっと…先輩…」 ヤマトがカカシの腕を引いて窓口から遠ざかる。 何だかこの場にいる事がとても気まずくなり、周りを片付けて帰る支度を始めた。 同僚達に先に上がると声を掛け、人目を憚るようにして通勤鞄が置いてある職員室へ戻った。 別にやましい事はないけれど、気持ちだけはなぜか物凄く焦っている。 残っている職員の顔は見ずに声だけで挨拶をして、急いで玄関へ向かう。 ガラスの扉に寄り掛かっている背中が、イルカの気配に気が付いてゆっくりと振り返った。 「カカシさん」 呼び掛けると、カカシが嬉しそうに片目を細めた。 もうそれだけで胸が温かくなり、ヤマトの事などどこかへ吹き飛んでしまった。 * * * * * 明日は午後から任務なので、午前中は待機所にいます。 帰り道でそう言ったカカシは、確かに昼休みでもまだ待機所に残っていた。 午前中に使った教材の片付けを終えて倉庫から帰る途中、中庭から待機所の窓が見えるのだ。 後ろ姿ではあるが、窓枠からカカシの銀髪が覗いている。 「イルカ先生」 不自然に歩調を緩めて遠くの待機所を眺めていると、聞き覚えのある声に呼び止められた。 ぴたりと足を止めて正面を向く。 秘かな楽しみを見咎められるのではないかという焦りから冷や汗が出そうだった。 「あ…、どうも。珍しいですね。アカデミーに来るなんて」 イルカに声を掛けてきたのは、昨日受付所で顔を合わせたヤマトだった。 「良かったら、今日一緒に晩飯でも食いに行きませんか。僕、休みなんですよ」 「え、今日ですか」 急な誘いに驚きはしたものの、断る理由は一つもなかった。 今夜はカカシが仕事なので、どうせ帰路を共にする事は出来ない。 ヤマトはにこにこした笑顔を保ったまま、イルカの返事を待っている。 「大丈夫です。えっと、どこかで待ち合わせしますか」 「やった…!そしたら僕、夕方に受付行ってイルカ先生が仕事終わるの待ってますっ」 興奮した様子のヤマトを意外に思いながらも、素直に喜びを表している姿を見ているとイルカまで嬉しくなってくる。 ヤマトは、またあとで、と言って踵を返した。 ふうっと一息吐いて再び待機所を見上げると、さっきは髪しか見えなかったカカシが、今度はこちらに顔を向けていた。 そろそろ出立するのかもしれない。 カカシと目が合ったので、武運を祈る気持ちで笑みを送った。 目を細めたカカシが、軽く手を上げてそれに応えてくれる。 その視線が、何の前触れもなく待機所の内側へと流れた。 視線の先には美しいくの一がいて、カカシに向かって手を伸ばしている。 カカシはその手を取り、握手を交わしているようだった。 幸せだった気持ちが一気にしぼむ。 きっと任務で組む仲間なんだと自分に言い聞かせ、カカシがこちらに視線を戻す前にと慌てて歩き出した。 * * * * * 堅苦しい支給服で入るのは申し訳ないようなお洒落な店で、初めて飲食を共にする相手と向かい合って席に着いていた。 耳慣れない食べ物や飲み物ばかりではないだろうかと心配もしたが、お品書きにはイルカの良く知っているものが並んでいる。 お互いに好きなものを注文し、それを待つ間、いきなりヤマトの質問攻めが始まった。 その一生懸命さが、転校生が必死に友だちを作ろうとしている姿と重なる。 微笑ましく思い、時折ヤマトの話を聞きつつも、終始生徒を見守るような眼差しで彼を見ていた。 ただヤマトが生徒と違うのは、酒と時間を過ぎるに連れて、徐々に大人の話題も混ざってくるという事だった。 「イルカ先生には恋人がいるらしい…って、先輩から聞いたんですけど、それって本当ですか」 カカシの言葉を信じていなさそうなヤマトの口調が気になったが、それよりもイルカは、ヤマトが言った内容の方が気になって仕方がなかった。 だって、イルカはカカシと恋人になったつもりでいたのに、カカシはそう思っていないという事じゃないか。 目の前にヤマトがいる事も忘れ、イルカの頭の中はカカシの事で一杯になった。 カカシの『好き』はイルカの『好き』とは形の違うものだったのだろうか。 そんな悲しい事は絶対にないと信じたい。 でも、頭の片隅ではそれに納得している自分もいた。 あれほどの上忍が何の変哲もない中忍に関心を寄せるなんて常識ではありえない。 「いくら先輩に聞いても曖昧な答えしか返って来ないし、挙句には自分で聞けばって言われるし」 昨日の帰り道や、昼間に笑顔を見せてくれた時の事が頭をよぎった。 思いが通じ合ったと感じたあの時間は、単なるイルカの独りよがりだったのか。 考えれば考えるほど、それが当然のように思えてくる。 もう咽喉がカラカラだ。 「…カカシ先生が…、そう言ったんですよね…」 最後の望みを賭け、擦れた声でヤマトに尋ねる。 段々と焦点の合わなくなってきた目で、だがしっかりとヤマトが頷いたのを確認した。 「…勘違い…だったんです、よ。…俺、恋人なんていません」 目尻に溜まった涙を酒のせいにして、人差し指で拭い取った。 |