下忍から一つ昇格をして、初めての任務だった。 中忍といえば、部隊長だって務められる立派な階級だ。 下忍とは比べものにならないような任務に就くのだろうと、期待に胸を膨らませていた。 それなのに。 最初の任務が、戦場の野営地での炊事係だなんて。 こんな仕事は、山奥の福祉施設や地震の被災地などで今まで散々やってきた。 どんな任務にも真剣に取り組むつもりだったけど、これでは話が違う。 そう思って受付所に抗議しに行けば、三代目に長々と説教を聞かされて、結局は依頼通りの任務に就く事になった。 そして、どこか納得できないまま仲間と共に出立し、無事に赴任先の野営地に着いた時だった。 イルカは、自分の考えの甘さを痛切に実感した。 生命を削り合う現場の、本物の緊迫感。 今にも溢れ出してしまいそうな、表面張力ぎりぎりで抑えられている殺気。 戦場の野営地は、そういう限界に近いもので満ち満ちている場所だった。 これは下忍では務まらない。 それを理解した途端、手のひらを返すように任務への意欲が湧き上がってくるから不思議だった。 さっそく隊長たちに挨拶を済ませ、前任者から引継ぎを受けて持ち場に入る。 前線で頑張っている里の仲間たちのために、自分には何ができるのだろう。 何をしたら役に立てるのだろう。 仕事中は、ひたすらそんな事ばかりを考えていた。 そして、ようやく一つの案を思い付いた。 任された仕事を早めに終わらせて、僅かだが持ち場を離れられる時間を確保する。 「この辺りで食べられそうなものがないか、ちょっと調べてくる。20分で戻るから」 隣で作業している仲間に声を掛ける。 本来なら直属の上司に伝えるべきだけど、あいにく今は他の隊長たちと共にテントに籠っている。 「了解。上から何か聞かれたらオレから言っとく」 頼む、と短く伝えて足早に結界の出入り口へと向かった。 この野営地にはいくらかの物資が里から運ばれて来るが、任務中の食料調達は現地でするのが基本だ。 何かあった時のためにも、周辺の植物や動物の生態系を、ある程度は把握しておいた方が良い。 鍵代わりの印を組んで結界の外に出ると、まるでオートロックの扉ように、すっと結界の口が閉じていく。 それを確認して、すぐに動き出した。 時間がないから、そんなに遠くへは行けない。 それでも、いくつかの果実や動物の巣穴が見つかり、物資が途絶えても何とかなりそうだなと思った矢先だった。 穏やかだった森の息吹に、不穏な気配が混じり始めた。 しかもそれは複数あり、既にイルカの近くまで来ている。 自陣に帰る忍なら、こんな殺伐とした気配を纏う事はない。 つまり、これは敵の気配という事だ。 戦うか、逃げるか、息を潜めるか。 どれが最善策なのか判断に迷っている隙を突かれ、後ろからクナイが飛んできた。 一本目は避けたが、今度は狙い澄ましたかのように避けた方向へとクナイが飛んできて左腕を掠めた。 ふわっと立ち上る血の匂い。 実戦と演習の違いに体が強張りそうになるのを抑え、さっとクナイに手を掛けた。 もう戦うしかない。 ここで逃げたら、野営地で待機している仲間たちに被害が及ぶ。 囮の代わりに、せめて少しでもここから離れよう。 指先が震えているのは、武者震いだと思いたかった。 そして、自陣に背を向け、東に進路を取った時だった。 「そうじゃないでしょ」 怒気を露にした声が、どこからともなく響いてきた。 その声に聴覚を奪われた一瞬。 その一瞬で、敵の気配が一つ残らず消えていた。 複数の箇所から漂ってくる、自分のものではない濃い血の匂い。 「今まで何教わってきたの」 物音もなく、突然だった。 イルカの目の前に、声の主が現れた。 一般の支給服とは違う特別な装束を身に纏い、顔は狐の面で覆われている銀髪の男。 暗部だった。 指先の鉤爪が鮮血で染まっている。 「今の局面は命かけて自陣に戻るのが最優先だってわかんなかった?」 敵に遭遇した時と同じくらいの緊張感を覚え、このまま殺されるのではないかとさえ思えた。 「自分の実力、過信しすぎでしょ。あんたじゃ囮にもならない」 鋭い指摘が、イルカの胸に突き刺さった。 反論の余地のない、全くの正論だった。 冷静さを欠いて、それを見落とした自分が悪い。 「アカデミーの遠足か何かと勘違いしてんじゃないの」 吐き捨てるようにそう言うと、暗部の男は音もなく姿を消した。 薄っすらと張った涙の膜を、手の甲でごしごしと乱暴に拭う。 その時になって、ようやく腕の傷がじくじくと痛み出した。 |