どうやって謝ったらいいのだろう。 それに、謝った所で許してもらえるかどうかもわからない。 花見を中止した事について、カカシはあまり気にしていない様子だったけれど、同行者がいたのなら話は別だ。 実際にカカシの同行者は同僚を叩くほど取り乱した。 同行者という言い方では味気ないが、二人で花見に行くような親しい相手なのだ。 しかも、女性の。 イルカに交際を申し込んで来たぐらいだから、まさかカカシの恋人という事はないだろうけど、恋人候補という事なら有り得る。 でもそうすると、カカシはそういう相手がいながらイルカに交際を申し込んできたという事になる。 結婚を前提にと言ったイルカの意向に、あんなに誠実に答えてくれた人なのに。 カカシがそんな浮気な人だとは思いたくなかった。 「わっ」 その時、急に同僚の方から声が上がった。 「悪いけど、あとよろしくね。オレたちこれからデートだから」 同僚のものではない声が、棚を隔てた向こう側から聞こえてきた。 何事かと思って回り込もうとすると、それを引き止めるように後ろから肩を掴まれた。 さっと振り返る。 「残りは彼がやってくれるみたいだから、オレたちは帰りましょう」 額当てと口布をした、普段通りのカカシがそこに立っていた。 いつの間に資料室に入って来たのだろう。 気配も物音も、何も感じなかった。 「あのっ」 カカシに聞きたい事がたくさんあった。 でも、そこまでは言ったものの具体的な言葉が何も続かない。 「桜を見ながらにしましょうか」 イルカの気持ちを汲み取ってくれたのか、人目を気にしてなのか、カカシがそう言ってイルカの肩から手を離した。 その手が、すっとイルカの手を掴む。 手を、握られた。 カカシと、手を繋いでいる。 その事に気が動転して、カカシに先導されたまま、いつの間にか資料室ばかりかアカデミーからも退出していた。 どんな道を辿って来たのか、よく覚えていない。 カカシに連れられて来たのは、昨日の花見会場が一望できる高台の上だった。 街灯がなくて周囲は真っ暗だが、あの桜並木だけが白く浮かんでいるように見える。 それが正面に見える場所に、二人で並んで腰を下ろしていた。 カカシはぼんやりと桜並木を眺めている。 繋いでいた手が離れたので、イルカも少しは落ち着きを取り戻した。 聞くなら今しかない。 その一念に駆られて、思い切って口を開いた。 「…昨日一緒にいた…女性って…」 思い切ったわりに、声は随分と小さかった。 カカシがこちらを向こうとしたので、反射的に顔を俯かせる。 「ただの知人ですよ。オレはイルカ先生ひとすじですから」 何の躊躇いもなく、きっぱりと言い切られた。 あまりの公言っぷりに、イルカの方が顔が熱くなった。 半日前に知ったばかりだけど、油断しているとカカシはこうしてすぐに甘やかな言葉を挟んでくる。 今だって、彼女が特別な人かどうかを聞こうとしていただけだったのに。 そんなふうに言われてしまったら、これ以上カカシを問い詰める事ができなくなるではないか。 こんな有り様で本当にイルカがカカシを問い詰められたかどうかは定かではないが、問い詰める理由自体がなくなってしまったのだ。 そういう女性がいながらどうしてイルカに交際を申し込んできたのか、なんて事は。 「…その…彼女にも…迷惑を掛けてしまったので…一度謝りたいんですけど…」 「イルカ先生が謝る必要なんてありませんよ!」 イルカを庇うためか、カカシが力強くそれを否定した。 同僚に手を上げるほど取り乱したというのに、本当にそれでいいのだろうか。 なんとなく腑に落ちない。 イルカがそう思っていると、更にカカシが言い足してきた。 「彼女が暴れたのは、花見が中止になったからじゃなくて、単に酒乱だったからです」 もしかするとその女性も、桜があまりにも綺麗だったから、いつもより酒を過ごしてしまったのかもしれない。 それが引き金になったのだとしたら、ますます同僚が不憫に思えてくる。 偶然居合わせただけで叩かれたなんて。 「ただ、イルカ先生の同僚には悪い事しちゃいましたね。ま、でも彼はイルカ先生に睡眠薬を飲ませた件があるから差し引きゼロか」 そこまでカカシが知っていた事に驚いた。 カカシは一体、いつから資料室での会話を聞いていたのだろう。 「あ、でも。それがなかったら今イルカ先生とデートできてない訳だから、お礼を言うべきなのかな」 まただ。 デートとか、お礼を言うべきとか、表現にいちいち甘さを含ませてくる。 しかし、それを恥ずかしいと思うだけではなく、嬉しいと思ってしまう自分がいるのにも困ってしまう。 カカシを意識し始めたのは、ほんの半日前なのに。 いつの間に、こんなに好きになっていたのだろう。 「告白の返事、聞かせてもらえませんか」 どきん、という大音量がイルカの体中に響き渡った。 ただでさえ平常時より上がっていた脈拍が、そのひと言でまた更に底上げされてしまう。 カカシが女性と花見をしていたと知った時は考え直そうかとも思ったけれど。 イルカに対して堂々と潔白を証明してくれた時点で、その迷いも消えていた。 「あの…。結婚は…できないですけど…」 まだ、今朝のカカシの言葉を引用しただけなのに声が震えた。 深く息を吸い込み、少しでも緊張を和らげる。 ここは、男としてきちんとけじめを付けなければいけない所なのだ。 ぐっ、と下腹に力を込める。 「結婚を前提に…俺と…お付き合いして、ください…」 それでもやっぱり、声が少し震えてしまった。 「喜んで!」 「うわっ」 イルカの返事に、更に即答で返事をくれたカカシが、いきなり上から覆い被さってきた。 背中が地面に付き、カカシに押し倒されたような格好になる。 「んー!」 あまりにも突然の事に、暗闇の中で目を見開いた。 カカシが唇を重ねてきたのだ。 しかも、遠慮のない濃厚な口付け。 イルカは僅かな隙間から空気を取り込むのに必死で、他には何も考えられなかった。 不意に上体を起こしたカカシに解放され、胸を大きく上下させて息を吸い込む。 「早く帰って愛を育みましょ」 そう言って妖艶な笑みを浮かべたカカシの背後には、白く霞んだ桜並木が広がっていた。 その様子が、まるでカカシが魔界からやって来た使者であるかのような錯覚を起こさせる。 でも、もしかしたら本当に、自分たちは不思議な魔力によって惹かれ合ったのかもしれない。 もうそれぐらい言わないと説明が付かないくらい、こんな横暴が許せてしまうほど鮮烈に、カカシに恋に落ちていた。 |