信じたくない






アカデミーで同級生だった友人と、受付で十数年ぶりに再会した。
その場で飲みに行く約束をして、イルカの終業後に二人で居酒屋へと向かった。
誰にも言っていないが、イルカが人と飲みに行くのには理由があった。
別にやましい事ではない。
ただ、カカシのいない寂しさを紛らわせるためだ。
カカシとは、付き合い始めて1ヶ月で離ればなれになってしまった。
それからもう2ヶ月が経つ。
もちろん任務だから仕方がない。
イルカだって同業者だし、事情は理解しているつもりだ。
だけど時々、寂しいから早く帰って来て、と自分勝手な事を思ってしまう。
任務に関する事は、どんな事でも私情を挟んではいけないのに。
忍である以上は、それが当たり前。
いくら寂しくても、里に残る内勤は黙って送り出し、黙って待っている事しかできないのだと。
そのあいだに何があっても咎めてはならないのだと。
これまでは、何の疑いもなく、そう思っていた。
この、友人の話を聞くまでは。
「オレも彼女も2週間以上の外務ばっかりだから、なかなか会えないんだよ」
それなりに杯を重ねてから出てきた話題は、酒席ではよくある恋愛談義だった。
「1、2ヶ月会えないのなんてザラでさ。そうなると相手に操なんて立ててらんねえんだよな、お互いに」
「えっ?」
驚いてイルカが聞き返すと、友人は意味ありげににやりと右側の口角を吊り上げた。
「もう浮気はガンガン。まあ、浮気って言っても体だけなんだけどな」
それを聞いて言葉を失った。
まるで武勇伝のように誇らしげに語る友人の姿も、イルカには衝撃だった。
「外回りの奴らは、結構みんな似たような事してるみたいだぜ」
外勤者の倫理や秩序は、一体どこへ行ってしまったのだ。
まさかカカシも。
それが咄嗟に頭をよぎった。
この友人は外勤者同士で付き合っているから良いのかもしれないが、自分たちは違う。
イルカにはありえない事でも、外勤のカカシはどうなのだろう。
今まで考えた事はなかったけど、もしかすると。
イルカを抱く時と同じ腕で、同じ声で、同じ熱で。
急に視界がぼやけてきて、さあっと音を立てて血の気が引いていくのが自分でもわかった。
咽喉の湿り気も減ってきて、それを潤すために手元の酒をぐいっと呷った。
それでも足りなくて手酌で酒を注ぎ足し、2杯、3杯と杯を重ねるが、咽喉の乾きは一向に治まってくれない。
カカシがこの友人と同じような考えを持っていたらどうしよう。
そんなのは絶対に嫌だ。
任務でしばらく会えなくても、たとえ体だけかもしれなくても、絶対に浮気なんてしないでほしい。
居酒屋の喧騒が遠くに聞こえる。
カカシの事で頭が一杯になり、友人が目の前で何か喋っているのに、それすらもイルカの耳には入ってこなくなっていた。


* * * * *


旧友と再会してから数日後。
いつものように台所で夕飯の後片付けをしている最中だった。
「ただいま帰りました」
急に玄関のドアが開いたと思ったら、大きな荷物を背負ったカカシが姿を現した。
流しの水を出したまま、手が止まってしまう。
離れていたのは、たった2ヶ月だけど。
会いたかった、という気持ちが胸に溢れて言葉にならなかった。
無言のイルカに構わず、カカシが部屋に上がって来る。
イルカの後ろに回り、荷物も下ろさずに背中から、ぎゅう、と抱き締めてきた。
「会いたかった…」
肩に顎を乗せてきたカカシに耳元で囁かれる。
カカシも同じ気持ちでいてくれたのか。
それがわかっただけでも、今までの寂しさが帳消しになったような気がした。
「俺も…です…」
ちょっと泣きそうだったので、声が擦れている。
カカシの顔が見たくて、首を捻って振り返った。
すると、後ろから伸び上がってきたカカシに、ちゅ、と唇を奪われた。
すぐに離れた、触れるだけの口付け。
なのに、この充足感は何なのだろう。
心の隙間が、あっという間にカカシによって埋められていく。
ざっと手をすすいで水を止め、簡単に水気を拭う。
体を反転させ、向き合った姿勢で改めてカカシに腕を回した。
背負った荷物や分厚いベストに阻まれながらも、カカシの体温を全身で感じ取る。
「あ。オレほこりっぽいですよね。シャワー浴びて…」
「やだっ…離れたくないっ…」
しがみ付く腕に力を込めた。
恥ずかしいほど幼稚な行動を取っているなんて事は、自分でも重々承知している。
だけど今はカカシに触れていたい気持ちの方が何倍も上回っていた。
「そんな可愛いこと言って」
笑みが交ざった口調のわりには強い力でカカシに引き寄せられた。
「だって俺も…今日はまだ風呂入ってないし…」
普段イルカは、夕飯の片付けをしている間に風呂を沸かす。
だから当然、入浴は片付けの後になる。
「…あんまり煽らないで下さいよ。マジで結構ヤバイんですから…」
困ったような声での訴えに、初めてカカシの下腹部に熱が集まっている事に気が付いた。
それを意識した途端、イルカまで体が熱くなってくる。
なんて正直な体なのだろう。
でも、自分が快楽に弱いという事は、既にカカシに教えられて知っている。
隠す必要はない事なのだと思い、イルカは自分の欲求に素直に従う事にした。
さきほどの戯れのような口付けとは違う、恋人同士のキスがしたい。
深く交われる角度に顔を傾け、カカシに唇を押し付ける。
「ん…」
するとすかさずカカシの舌が入ってきて、口内を好き勝手に舐め回された。
上顎の粘膜に触れられるたびに、びくりと大きく体が跳ね上がる。
そうやってイルカが舌に翻弄されているうちに、今度は服の裾からカカシの手が潜り込んできた。
背中から腰へと通じる曲線を、五本の指が絶妙な力加減で下っていく。
「んっ…!」
びくびくと続けて体が痙攣した。
2ヶ月ぶりの触れ合いに、体が異常なほど過敏になっている。
口端から零れる唾液でさえ疼きに変わってしまい、それはさすがにイルカも戸惑った。
そんな時、唐突にカカシが熱い腰を押し付けてきた。
中心は硬く盛り上がり、ここぞとばかりに存在を主張している。
「…風呂、あとでもいい…?」
ふと離れた唇から告げられた甘い問いに、イルカはこくりと小さく頷く事で答えを返した。






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2010.03.28