ぐっと唇を引き結ぶ。 まさか本当にカカシが。 身じろいでカカシの抱擁から逃れ、ベッドの端に寄ってカカシに背を向けた。 火照っていた体が急激に冷めていくようだった。 目頭が熱くなり、瞬く間に涙が溢れてくる。 カカシに気付かれないように体を丸め、さり気なく目元を腕で隠した。 イルカがもっと外務者の事情に詳しければ、こうなる前にカカシと話し合って回避できた事かもしれない。 「本当にごめんなさい。向こうを出る前、久々にイルカ先生に会えると思ったら止まらなくて…」 そう言いながら、カカシが肩を撫でてくる。 イルカに会えると高ぶったせいで浮気をされてしまうなんて。 なんて皮肉な事なのだろう。 その浮気相手とは裸で抱き合ったのだろうか。 上着だけを身に着けた、間抜けな姿で交わった自分とは違って。 浮気相手にも、事後にこうして優しく肩を撫でたりしたのだろうか。 頭の中が次々と悲しい想像で一杯になっていく。 「こんな事なら無理にでも押さえ付けとけば良かった…ごめんね…」 カカシの呟きには反省や後悔が含まれているような気がした。 もし、少しでも浮気を悔いているのだとしたら。 もし、本人にそれを改善する気持ちがあるのだとしたら。 怯みそうになる自分を奮い立たせ、袖で強めに目元をこすった。 まだ、イルカの意見を聞き入れてくれる余地が残っているかもしれない。 背を向けたまま、恐る恐る口を開く。 「…体だけの浮気も…しないでほしいと思うのは…変な事ですか…?」 微かな光明は見えたものの、カカシを振り返るほどの勇気はなかった。 「え…」 戸惑ったような声に聞こえて、更に体を縮こまらせた。 カカシにとっては普通でも、イルカにとってはそうではないという事をわかってもらえるだろうか。 「体だけの浮気って、例えば…」 「やっぱり変ですよね。忍のくせに甘いですよね」 途中でカカシの言葉を遮った。 具体的な浮気の事例をカカシの口から聞くのが嫌だったのだ。 心をイルカの元に置いて行ってくれるのなら、それだけで満足しなければならない。 だって、カカシと別れる事なんて考えられないのだから。 相手の様々な面を受け入れる事が、二人で円満に過ごしていくためには必要な事なのだ。 さっきまで穏やかに肩を撫でていた手に、突然強い力で引っ張られた。 「それって、イルカ先生が体だけの浮気をするかもしれないって事ですか」 カカシが真剣な顔をしている。 「そんなの絶対に許しませんから」 カカシは良くてイルカは駄目だなんて、すごく勝手な言い分だ。 でも、だからといって、イルカが浮気をする事もないのだけど。 少し悔しいけど、自分はカカシに惚れ込んでいるのだ。 それにカカシと違って、浮気をする甲斐性も力量も持ち合わせていない。 「俺は浮気なんて…。だから…黙って許すしか…」 こんな事を言ったってどうしようもないのに。 カカシを見ていられなくて目を伏せる。 その時に丁度カカシの手の力が弱まったので、再びカカシに背を向けた。 「黙って許すって…、まるでオレが浮気してるみたいに言わないで下さいよっ」 カカシの不機嫌な声に、また涙が込み上げてきた。 その事には返事をしないまま、目を擦って起き上がる。 風呂に入って、色々なものを洗い流してしまいたかった。 ベッドを降りて改めて目の当たりにするのは、やはり自分の間抜けな格好。 恋人と浮気相手の境目はどこにあるのだろう。 もし素肌で抱き合う事が条件だったら、イルカはカカシの恋人としては失格だ。 ぎゅっと唇を噛み、下半身をカカシに見られないように気を付けながら風呂場へ向かう。 「ちょっと待って下さい!」 「風呂いってきます」 「待ってよ!」 いつの間にかベッドを出ていたカカシに肩を掴まれて足が止まる。 「オレ浮気なんてしてませんっ」 この期に及んでまだそんな事を言うのか。 任地を発つ前に何回も抜いてきたと言ったその口で。 「言ったじゃないですか。帰る前に…抜いて…きたって…」 でも、そんな事はカカシにとって浮気にも相当しないのかもしれない。 もしそうなら、もうカカシとの価値観の違いを越えていく自信がない。 「そんなの自慰に決まってるでしょ!嘘じゃない!前日の晩から直前までで計8回ですよ!」 がん、と頭を殴られたような衝撃だった。 カカシが言い終わってからも、しばらくカカシの言葉が頭の中でこだまする。 自慰って。 しかも、8回って。 急に、かあっと顔に血が集まってきた。 どうして最初にその可能性を思い浮かべなかったのだろう。 任地では圧倒的にその方が多いのに。 居た堪れなくなって、両手で顔を覆ってその場にしゃがみ込んだ。 「…外勤者は…体だけの浮気なんて日常茶飯事だって…」 こうなった経緯というか、濡れ衣を着せてしまった言い訳を、くぐもった声で打ち明けた。 いくら恋人でも、踏み込んではならない領域というものは存在する。 任務中の自慰行為の話なんて、思いきりそれに該当する。 「確かにそういう奴もいるけど、オレは違います。イルカ先生想像して自分でやった方がよっぽど良い」 カカシが想像した内容を思うと、増々肩身が狭くなった。 「ここ何年か、任務の時はそうしてます」 ここ何年か、だなんて。 まだ付き合い始めて3ヶ月しか経っていないのに。 友人の言葉なんかに惑わされずに、もっとカカシを信じていれば良かった。 「こんな謂れのない罪を着せられるんだったら、理性が焼き切れるまで我慢すれば良かった」 だから今度の任務明けの時は覚悟して下さい、と続けたカカシに背筋が震えた。 そして、次にカカシが割り当てられた任務は10日間の、2ヶ月の任務に比べればとても短いものだった。 しかし、覚悟しろと宣言していただけあって、帰還したカカシの性欲は言葉では言い表せないほど凄まじいものだった。 |