恋人未満の後悔






カカシに好意を匂わされた事は数え切れないほどある。
会うたびに、とまではいかなくても、かなりの頻度で。
でも、決定的な言葉はまだ一度も聞いた事がなかった。
カカシに躊躇いがある証拠だろう。
だから、そういう時にどうしたらいいのかわからなくなる。
イルカもずっとカカシを慕ってきたから。
「オレ、実は今日、誕生日なんです」
いつもの居酒屋で軽く飲んだ帰り、カカシが唐突に言い出した。
全然知らなかった。
どうしてあらかじめ調べておかなかったのだろう。
何かお祝いをしたら、きっと喜んでくれたのに。
「そうだったんですか。おめでとうございます。って、今更遅いですよね。すいません」
あと1時間もしないうちに日付が変わってしまう。
9月15日はカカシの誕生日、と心の中で何度も唱えた。
これからは絶対におろそかにしないぞ、と勝手に誓いを立てる。
「プレゼント、くれませんか」
「すいません…。今日は何も用意していなくて…」
申し訳なくて声が小さくなった。
たぶん、がっかりさせてしまった。
そこで不意にカカシが足を止めたので、傷つけてしまったのだろうか、と心配になって振り返った。
カカシが思いつめたような目で、じっと見つめてくる。
「用意とか、いらないやつですから」
そう言うと、突然カカシが耳元に顔を寄せてきた。
どきどきどきっ、と急に心臓が焦り出す。
「…これからイルカ先生の家に行ってもいいですか」
かぁーっと顔が熱くなった。
囁かれた声はかすれていて、腰が抜けそうなぐらい色っぽかった。
いくら疎くても、カカシの言葉の意味がわからないほど子どもじゃない。
でも、こんなに明け透けに言われたのは初めてで、答えに困ってしまう。
「ダメ…?」
黙り込んでいると、寂しげに尋ねられて、唇を引き結んだ。
ダメじゃない。
嫌でもない。
むしろ、なかなか進展しない歯痒さを思えば、大歓迎と言えるぐらいだ。
それなのに、心の声を口にするのは恥ずかしくて、ただ弱々しく首を横に振る事しかできなかった。
「よかった。じゃあ、行きましょうか」
拙い返事を受け取ってくれたカカシに、そっと手を握られた。
そのまま歩き出す。
嬉しいのに照れてしまって、不自然なぐらい口数が減ってしまった。
あっという間に帰路は終わり、震える手で鍵とドアを開ける。
家に上がると、もうどうしていいのかわからなかった。
電気を点けたほうがいいのか、消していたほうがいいのかすら迷ってしまって、何もできずに立ち尽くす。
「イルカ先生、シャワー…」
「あっ! すぐに風呂沸かしま…」
慌てて浴室へ向かおうとすると、引き止めるみたいに後ろから抱きしめられた。
また心臓がものすごい勢いで騒ぎ出す。
「…二人でシャワーしてからだと、誕生日が終わっちゃいそうだから、このままでもいいですか」
ひく、と肩が跳ねた。
カカシがいいのなら、別に構わない。
でもやっぱり答えられないでいると、手を取られて寝室へ連れていかれた。
先にベッドに腰掛けたカカシに引っ張られて、並んで座る。
「イルカ先生…」
暗がりでカカシの顔が迫ってきた。
恥ずかしくて目を閉じると、カカシの手が頭の後ろに回ってきて、髪をほどかれた。
そちらに気を取られた瞬間、唇を塞がれた。
ふわふわした優しい感触に、頭が、ぽーっとなる。
カカシと初めて交わす口付けに、身も心もとろけてしまいそうだった。
体中に幸せが満ちてくる。
もうカカシの事しか考えられない。
甘い雰囲気にクラクラしていたら、そっとベッドに押し倒された。
「本当にいいの…? イルカ先生の嫌がる事もするかもよ…?」
見下ろしてくるカカシに小さく頷いて、顔を背ける。
物欲しげに潤んだ瞳を見られるのが嫌だった。
「ちゃんと答えて」
これまで許されてきた微弱な受け答えも、今は通用しなかった。
せめて目元を腕で隠し、何度も言い淀んでは口をぱくぱくさせながら、なんとか声を絞り出す。
「カカシ先生の…好きなようにしてください…」
精一杯の気持ちを伝えると、緊張で余計に涙が浮いてきた。
装備は自分で脱いだほうがいいのだろうか、とまた逡巡が始まりそうになった時、すっとカカシのぬくもりが離れた。
「…すいません。帰ります」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
カカシが立ち上がる気配がして、イルカも慌てて体を起こす。
「か、カカシ先生…?」
「すいませんでした」
それだけ言うと、カカシは音もなく姿を消した。






map  ss top  next
2014.10.13