待たせた事をイルカに詫びると、おひとりですか、と尋ねられた。 誰か他の有名人でも連れてきてほしかったのだろうか。 思慮深いイルカが、どこの馬の骨ともわからないスケアの誘いに乗ったのは、そういう理由からだったのだろうか。 意外な一面にうろたえて聞き返すと、真面目なイルカらしい答えが返ってきて、ほっとした。 イルカが気を遣わないようにと選んだ店も正解だったようだ。 しかも予想以上に狭くて、イルカがとても近い。 久しぶりの至近距離に、ドキドキが止まらない。 イルカもスケアの前だと、カカシといる時よりも少しよそよそしくて、初々しい感じがする。 なんだか付き合いたての頃に戻ったみたいだ。 正直、興奮している。 最近イルカに触れていなかったから、余計に危ない。 イルカの吐息が届いたり、身じろいだ時に膝でもぶつかってしまったら、抑えが利かないかもしれない。 情を紛らわすために前置きもなく本題に入れば、イルカは口ごもりながらも答えてくれた。 「月並みなんですけど…、最近…その…夜のほうがぱったりなくなって…」 思わぬ答えに言葉を失った。 色事に不慣れなイルカが、他人にそんな話をするのか。 そういう大事なことは、カカシに直接相談してくれればいいのに。 それとも、他人だから話せるのだろうか。 恥ずかしがり屋なイルカなら、ありえる気がする。 「もう…3年も付き合っているし、飽きてくる頃かなとは思うんですけど…」 「い、いやっ、飽きたりしないですよっ、オレなら絶対っ、今すぐにでもイルカ先生を抱けますっ」 慌てて言い訳すると、急にイルカの顔色が変わった。 もしかして自分たちの関係は今、取り返しのつかない状態に陥りかけているのだろうか。 「…俺…そんなに物欲しそうな顔をしていましたか…」 「えっ…?」 「いや、あの…。スケアさんには男性と付き合っているとは伝えていなかったので…。俺が…う、受け身だという事も…」 そこでようやく気がついた。 またボロが出てしまった、と。 いくら善良なイルカでも、さすがにスケアを不審に思ったかもしれない。 この際だからもう、イルカに正体を明かしてしまおうか。 イルカになら、綱手の許可がなくても許されるのではないだろうか。 秘密をぺらぺらと言いふらすような人じゃないから。 それでも決めかねていると、ふと、イルカの首から上が真っ赤に染まっている事に気がついた。 盛んに目を泳がせて、時折不安そうに上目遣いでちらっと視線を向けてくる。 かわいい。 かわいすぎる。 なんなのだ、このかわいい生き物は。 あまりのかわいさに気絶してしまいそうだった。 たまらない。 どうしたらそんな愛らしい仕草ができるのだ。 もう照れるような年齢でもないし、体だって数えきれないほど重ねているのに、こんなに初心な反応をしてくれるなんて奇跡だ。 付き合う前も、イルカの恥じらう姿を見て何度暴走しかけたかわからない。 当時は理性を試されているのだと思って耐えたけれど、もうその必要はない。 だって、自分は今、イルカと恋仲なのだ。 「イルカ先生…恥ずかしがってる…?」 「そ…、そりゃあ…」 イルカのつややかな頬に手を伸ばす。 あたたかさが生々しくて、輪をかけて欲が昂る。 顔を上げたイルカの瞳が潤んでいて、もう好きにして、と言っているように見えた。 「…恥ずかしがってるイルカ先生…すげぇかわいい…」 首を少し左に傾げて、イルカを驚かせないようにゆっくりと唇に近づいていく。 一番深く交われる角度は、すでに体に染みついている。 イルカの唇がわずかに開いた。 早くして、とねだられている気がした。 本当にイルカは無意識で煽るのが巧い。 「イルカ先生…」 愛しさが溢れて、その名を口にせずにはいられなかった。 記憶の中の甘やかな触れ合いに、胸の鼓動が著しく高まっていく。 そして、その期待が現実になりかけた時、ふいにイルカが、すっと顔を背けた。 頬を包んでいた手も、さりげなく剥がされる。 拒まれたのだ、と少し遅れて気がついた。 胸のドキドキが一瞬で、鈍いズキズキに変わる。 何か礼儀に反するような事をしたのだろうか。 個室だから人目はないし、勢いで無理やりという流れでもなかった。 「…スケアさんがこんなに悪ふざけが好きな人だとは思いませんでした…」 スケア…? 悪ふざけ…? と聞き返しそうになって、我に返った。 また自分を見失っていた。 経験を積んだ上忍のくせに、どこからか滲み出ているイルカの魔性には簡単に惑わされてしまう。 「…イルカ先生がかわいいから、つい。ごめんね」 「か、かわいくなんてないですから…やめてください…。スケアさんに言われると…」 そこでイルカが口を噤んだ。 続きが気になるじゃないか。 どきどきする、とか、好きになりそう、とかだろうか。 嬉しような、でも悔しいような。 誠実なイルカとは無関係だと思っていた浮気の気配に、胸がざわつく。 いや、内心ではかなり焦っていた。 「オレに言われると、なに?」 「なんでもないです。忘れてください」 「いいじゃないですか、教えてくださいよ。気になります」 「笑われそうなので…」 「絶対に笑いませんから。約束します」 イルカは照れたように口をもごもごさせている。 それは、スケアに好意を打ち明ける事を躊躇っているからなのか。 イルカの心の一部はもう、カカシから離れてしまったのか。 いずれは、心のすべてがカカシ以外の対象に移ってしまうのか。 もしそんな時が来たら、自分がどうなってしまうかわからない。 本当に笑わないでくださいね…、と断りを入れてからイルカが言った。 「こんな俺を…初めて本気でかわいいと言ってくれた人の事を思い出して、会いたくなってしまうので…」 嘘でもかわいいなんて言わないでください…、と段々と声を小さくさせながらイルカが続けた。 まだ付き合う前に聞いたイルカの言葉が蘇った。 『こんな野暮ったい俺に、本気でかわいいなんて言うのはカカシさんだけですよ』 頬を赤らめて、はにかんでいた顔までが鮮明に浮かんだ。 正直な股間が、ずくん、と脈打つ。 久々に、理性を、試されている気がした。 この状況でイルカに手を出せないなんて、拷問以外の何物でもない。 「…帰りましょう」 「えっ」 「会いたい人がいるなら、会うべきです」 「でも…。最近忙しそうなので急には無理だと思いま…」 「必ず会えます。だから、まっすぐに家に帰ってください」 戸惑っているイルカを促して個室を出る。 最後はイルカもスケアの自信と真剣さに根負けした様子だった。 別れ際に、くれぐれもまっすぐに帰るようにと念を押す。 自宅で変装を解いたらイルカの家に直行だ。 早くイルカを抱きたい。 この熱情を、イルカへの愛を、自分の持っているすべてを捧げて示したい。 |