もらった服は販売所で事情を伝えて支払いをさせてもらった。 スケア本人から渡されたこんなに貴重なものを、捨てられるわけがない。 一旦家に帰って丁寧に手洗いして、日陰干ししてきた。 普通のファンならサインでももらったのかもしれない。 でも、見せびらかすものではないし、自分はスケアとやり取りができたという思い出だけで充分だ。 それだけでも大変な事なのに、スケアと飲みに行く事になってしまった。 とりあえず早めに待ち合わせ場所に来てはみたものの、本当に現れるのだろうか。 有名人だから、ひとりで出歩いたりはしないだろう。 きっと付き人や護衛を伴っている。 そういう人たちも同席した中で、スケアに個人的な相談を持ちかけても大丈夫なのだろうか。 初めて会うイルカの話を聞かされる同行者には苦痛でしかないだろう。 あれこれ考えているうちに約束の時間になった。 ちょうどスケアがこちらに歩いてくる。 テレビから伝わってくる緩さから、時間にルーズな人だと勝手に思っていたので意外だった。 しかも、ひとりだ。 周りの人は誰もスケアに気づいた様子はない。 まるで気配を消しているみたいだ。 「お待たせしました」 「いえ、早く来すぎてしまって。お一人ですか?」 「え? 誰か連れてくると思った?」 「マネージャーさんとか付き人さんとか…」 「せっかくあなたと飲めるのに、余計な奴なんかに邪魔されたくないですから」 かぁーと頬が熱くなった。 こんなに恥ずかしいセリフを真顔で言えるのは、俳優業で何作か映画やドラマに出演しているからだろう。 でもそういえば、付き合う前のカカシに似たようなセリフを言われた事があったかもしれない。 今思うと、あの頃のカカシはかなり積極的だった。 色恋の疎さが災いして、意図を汲むまでに時間がかかってしまったのが申し訳ないけれど。 無理に進もうと思えばできたのに、それをしなかったカカシの辛抱強さには本当に頭が下がる。 「安く飲める個室の店を予約したので、行きましょう」 「あ…、助かります」 安心した。 教師の薄給を考慮してくれたのだろう。 スケアがここまで気遣いのできるタイプだとは思わなかった。 画面越しではわからない事だらけだ。 店に案内され、1畳程度のこじんまりとした部屋に通された。 部屋の角に、正方形のテーブルが貼りつくように置かれている。 テーブルの角で隣り合って座る席のようだ。 向かい合って座るよりも、スケアが近い。 緊張で鼓動が早まってくる。 ざっと注文をすると、一番に飲み物が届いた。 「それで、恋人と上手くいっていないと思った理由はなんなんですか」 乾杯をしたグラスを置く前に、身を乗り出さんばかりの勢いで尋ねられた。 驚いて、少し体を引いてしまう。 どうしてここまで親身になってくれるのだろう。 付き合う前のカカシと、どことなく通じる所がある。 いつかスケアもカカシのように、気づいたらそばにいるのが当たり前になっていたりするのだろうか。 万が一でもそうなった時、カカシとの関係はどうなっているのだろう。 また寂しさが戻ってきて、グラスの中身が半分になるくらいまで一気に呷った。 髪の色も、瞳の色も、声も、全然違うのに、スケアといるとカカシの事ばかり考えてしまう。 カカシに相手にされない時にスケアにハマったからだろうか。 込み上げた色々な思いに引きずられそうになりながらも、スケアの質問に答えようと口を開く。 「月並みなんですけど…、最近…その…夜のほうがぱったりなくなって…」 スケアは面食らったような顔で、ぽかんとしていた。 当然だろう。 もし自分が誰かにそんな話をされても、きっと同じような反応をする。 でも、沈黙がつらい。 スケアの返事を待つ余裕がなくて、自分から何かを言わずにはいられなくなる。 「もう…3年も付き合っているし、飽きてくる頃かなとは思うんですけど…」 「い、いやっ、飽きたりしないですよっ、オレなら絶対っ、今すぐにでもイルカ先生を抱けますっ」 ぱっ、と目を見開いていた。 どうしてイルカが抱かれるほうだとわかったのだろう。 しかも相手が同性という事まで。 無意識のうちに、抱かれたがっているようなそぶりをしていたのだろうか。 よりによってスケアの前で。 もしそうなら、いたたまれなさすぎる。 「…俺…そんなに物欲しそうな顔をしていましたか…」 「えっ…?」 「いや、あの…。スケアさんには男性と付き合っているとは伝えていなかったので…。俺が…う、受け身だという事も…」 顔が熱い。 スケアの目を見ていられなくて、視線がテーブルの上をうろうろとさ迷う。 それなのに、気になって時々ちらっとスケアのほうを見てしまって、余計に目のやり場に困ってしまう。 「イルカ先生…恥ずかしがってる…?」 「そ…、そりゃあ…」 急にふわりと伸びてきたスケアの手に、片頬を包まれた。 意外なほどのあたたかさに、伏せていた顔を上げる。 すると、スケアがぼんやりとした目でこちらを見つめていた。 「…恥ずかしがってるイルカ先生…すげぇかわいい…」 まるでキスでもしようとするみたいに、スケアの顔がゆっくりと近づいてくる。 どくん、と大きく跳ねた心臓が、余韻でいつまでも高鳴り続けている。 「イルカ先生…」 スケアの声がいつもよりさらに甘く響いた。 愛を囁かれているようにさえ聞こえて、耳だけでなく体まで熱くなってくる。 控え室で抱きついてきた時と同じように、今度もきっとイルカをからかっているのだ。 それをちゃんとわかっているのに、このまま唇が触れ合う事をどこかで期待している自分がいた。 カカシという人がいるのに。 魔が差すのは、心に隙があるこういう時なのかもしれない。 |