我慢できずに、テレビを大音量で点けた。 ラジオも大音量でかけて、カカシの心の声から無理やり意識を分散させる。 「でも、別にイルカ先生にはオレの事、もう何を知られてもいいかなと思って」 「そんな…」 カカシはサトリの力を侮っているのではないのか。 自分だったら、何を知られてもいいだなんて、親が相手でも思わない。 それに、こちらにもカカシの事で知りたくない事はある。 「ちなみに、どのくらい聞こえているんですか?」 「これだけ近づいていると、たぶん…全、部…かと…。気持ちが大きいと声も大きく聞こえます」 (好き! イルカ先生! 大好き!) どきっ、と馬鹿みたいに大きく心臓が跳ねた。 好き…? いや、こちらに都合のいい意味はないだろう。 わかっているのに、胸の高鳴りが収まらない。 これだけ雑音があっても、カカシの心の声が一番大きくて鮮明で、どうしても聞き取れてしまう。 「…聞こえましたか?」 「はい…。かなり大きな声が…」 まさか、カカシほどの上忍になると、心を読まれた時の心得まで身につけているのだろうか。 それを逆手に取って、イルカをからかっているのか。 いや、カカシはそんな愚かな事はしない。 ただイルカの具合を試しただけだろう。 なんだかもう、カカシの能力の高さがあれば、こちらの恋心も見透かされているような気がしてきた。 イルカ宅の冷蔵庫がいっぱいだと見抜かれていたのと同じように。 「せっかくだから言わせてもらいますね」 (イルカ先生、オレのこと好きでしょ?) 息を呑んだ。 ずきん、と心臓を貫かれたような痛みが胸に走った。 やはりカカシにはバレていたのだ。 どんなに否定しても、嘘で取り繕っても、もうカカシには隠しきれないだろう。 だったら自分に何ができるのか。 謝る事だろうか。 嫌な思いをさせてすみません、と。 それくらいしか思い浮かばない。 突然、ぽろ、と涙が落ちた。 まずいと思ったけれど止められなかった。 カカシが何も言わないから、態度にも表さないから、今まで不快感を与えている事に気がつかなかった。 (…って、いきなりそんな言い方されたら感じ悪いよな) (こういう時はカッコつけないほうがいいって紅も言ってたし) (ただ、気持ちを素直にって) 「イルカ先生が好きです」 「…え…」 「恋してます。愛してます」 「え…?」 「入院したって聞いたら、いても立ってもいられませんでした」 (あ、失敗した) (対面してから言えばよかった) (でもイルカ先生を前にしたら、キスしたいとかセックスしたいとか口走っちゃいそうだし) (一応それなりに勝算はあると思うんだ) (オレが恋人いないって言った時、ほっとしてるみたいだったし) (好きな人の話になると、ちょっとさびしそうな顔するし) 頬が、かぁー、と熱を持った。 もうひと雫が、ぽろ、と目尻から溢れた途端、急速に澄んだ視界が開けていく。 「ドア、開けてくれませんか。どうしてもイルカ先生に会いたくて」 迷ったのは一瞬だった。 ドアへ駆け寄り、重々しい錠も戸も一気に開けた。 嬉しい。 こんな所までわざわざ来てくれて、思いを伝えてくれて。 「イルカ先生…」 (うわ、風呂上がりだ) (目が潤んでて顔もツヤツヤ…、って事は全身もしっとりでハリがあるって事で…) (エロっ…) (やば、勃ちそう) (あ、思っただけでイルカ先生に伝わっちゃうんだった) 思わずドアを閉めようとした所を、呆気なく遮られた。 勢いでドアを開けてしまった事を、早くも後悔していた。 いたたまれなくてベッドに逃げる。 あまり意味はなくても、頭から布団を被った。 ここまで直接的に性的な目で見られるという経験がなくて、ただただ恥ずかしい。 「すいません…。上忍歴は無駄に長くても、ひと皮剥いたらただの男なんです…。好きな子がそばにいたら、やらしい事ばっかり考えちゃって…」 至近距離からカカシの声がした。 ベッドの脇まで来ているのだろう。 大音量のテレビもラジオも、まったく効果がない。 「…俺から離れてください。カカシさんの事は俺もお慕いしていましたけど、今は…ツライです…」 「え…? 慕ってた、って過去形…?」 (嘘だろ…) (手遅れだったのか…) (イルカ先生に好かれてた時期があったのに逃してたなんて…) (もう木の葉に帰る理由がなくなった…) (抜け忍になって山奥で孤独に畑でもやるか…) 「ちょっ、カカシさんっ、変なこと考えないでくださいっ」 布団を払って、がばっ、と飛び起きた。 「今も、その…、カカシさんのこと…好き、です…から」 「本当ですかっ」 「本当です…。だから、あの…、俺の症状が治まるまでは離れていたいんです…。退院したら、ちゃんと色々と…」 話したいです、と続けようとしたら。 「色々させてくれるんですね…! 退院したら…!」 解釈に齟齬がある。 「そ、そうじゃなくて…」 「いいです、いいです、わかりました。イルカ先生が退院するまで我慢します。その代わり、キスだけは許してくれませんか。そうしたらオレもすぐにここを離れます」 離れる、と言われると急にさびしくなってきた。 自分が望んだ事なのに。 (あームラムラする) (だって風呂上がりのイルカ先生がベッドにいるんだぞ) (据え膳だぞ) やっぱり一刻も早くお引き取り願いたくなってきた。 「実はこれから任務なんです。イルカ先生とのキスを糧に、身を粉にして働くので」 任務の事なんて、今まで少しも心になかったじゃないか。 だったら何がカカシの心を占めていたのか。 思い返してみると、イルカの事ばかりだったような。 はっとした。 誕生日プレゼントって、まさかイルカのために用意したものなのか。 ちょうど今月、自分の誕生日が控えている。 かわいいとか、家に上がりたいとか、しっかりしてるけど抜けてるとか、好物はラーメンとか、それも全部。 また、ぶわーっと顔が熱くなってきた。 新たな嬉しさと、恥ずかしさと、いたたまれなさが込み上げてくる。 カカシに鈍いと思われるのも当然だ。 あんなに手がかりがあったのに、気がついたのが今だなんて。 お詫びというか、この申し訳なさを中和できるのならば、キスくらい簡単な事なのでは…と思えてきた。 しかも、せっかくカカシが求めてくれているのだ。 きゅ、と唇を引き結んだ。 覚悟を決めて、ベッドの上に膝で立つ。 カカシより少し高い位置から唇を寄せた。 口布越しに触れ合う感覚があった。 これが自分にできる精一杯だ。 頬の熱をこれでもかと感じながら、立てていた膝を折り曲げた。 正座でカカシに向き合う。 「ご武運をお祈りしております」 きっちりと頭を下げた。 「イルカ先生…」 (顔も耳も真っ赤!) (かわいいっ!) (もう1回っ!) (今度はじかにっ!) 伏せていた顔の下から、カカシが覗き込んできた。 額当ても口布も外れている、と思った時にはもう直接唇が重なっていた。 ものすごい吸引力と、抱きしめられる力強さと、圧しかかってくる重みに耐えられなくて、背中がベッドにつく。 「んっ…、んふっ…んっ」 こじ開けるようして入ってきたカカシの舌が、奥で怯んでいたイルカの舌に絡みついた。 粘膜と唾液で生々しい水音が立つ。 痺れて力の抜けた体が、びくんびくんと跳ねてしまう。 いつの間にか解放されていた口から零れる息が乱れている。 (イルカ先生…っ) 「イルカ先生…っ」 (イルカ先生…っ) カカシの心にイルカしかいない事が、否が応でも伝わってくる。 これから任務なのに、そんな状態で大丈夫なのだろうか。 もしかして、任務というのはキスをするための口実なのだろうか。 そう疑念がよぎった時、カカシの唇が首筋に吸いついてきた。 びくん、と肩が跳ねたら耳を甘噛みされて、びくん、とまた肩が跳ねる。 「ぁ…んっ、あっ…ん」 上着の裾から侵入してきたカカシの指先が、的確に胸の突起にかかり、思わず声を上げていた。 途端に体が軽くなる。 濡れた目を懸命に開くと、カカシが身を起こして、イルカをじっと見下ろしていた。 (ヤバい、ヤバい、ヤバい) (キスだけって言ったのに止まらなくなった…) (けどイルカ先生のエロい姿から目が離せない…) 「すみません…」 カカシから注がれる視線がいたたまれないのに、放心していて、火照った体が動かない。 (これ以上は絶対にダメだ…) (イルカ先生に嘘ついた事になるし、申し訳ないし、もう時間が) (でもシたい…) (めちゃくちゃシたい) (ヤりまくりたい) 『カカシ! そこにいるんだろう! 早く出立しろ!』 突然、通信機器が綱手の声で吠えた。 『大丈夫か、イルカ! さっき救護班を向かわせた!』 「イルカ先生は大丈夫です。オレもすぐに出ます」 (こんな扇情的なイルカ先生、誰にも見せたくないに決まってるでしょ!) カカシの実際の声は上忍然としていて、ひどく淡々としていた。 冷静さの欠片もない心の声とは裏腹に。 任務も本当のようで安心した。 やけに重たい腕をもぞもぞと伸ばし、枕元のリモコンでテレビとラジオを止める。 「…綱手様、俺は大丈夫です…」 声を絞り出した。 カカシが何を言おうとも、イルカが口を出さなければ綱手の疑いは晴らせないと思った。 でもたぶん、この程度ではまだ綱手の信を得るには足りない。 改めて、深めに息を吸って心肺を整える。 『カカシに脅迫されているんじゃないのか?』 「そんな事するわけないでしょ」 カカシが何事もなかったかのように、額当てと口布を元に戻した。 「本当に大丈夫です。何も問題ありません。救護班も不要です。お騒がせして申し訳ありません。カカシさんもすぐに向かうそうです」 『…わかった。お前がそこまで言うなら信じる。カカシはとにかく早く行け』 ぶつ、と通信が切れた。 「カカシさん、引きとめてすみません。急いでください」 「こちらこそすみません…。この穴埋めは必ず」 (イルカ先生かっこいい…) (惚れ直しちゃう) (お色気ムンムンな雰囲気まといながら言ってるのが尚更) (たぶん無自覚なんだろうな) (外務のあいだにオレみたいな厄介な奴に見初められないか心配なんだけど) (ああ、死ぬほど名残惜しい) (でもいいかげん、そろそろ出ないと) 「行ってきます」 「…無事に帰ってきてください。待ってますから」 部屋を後にするカカシの背中に向かって声をかけた。 片手を上げて応えてくれた後ろ姿が頼もしくて、見惚れそうになる。 閉まったドアに、いつまでもカカシの残像を投影してしまう。 (うわー、マジ嬉しい) (待ってるって言われちゃった) (帰ってきたらご褒美セックス確定じゃない) (すっごいヤル気出てきた) (とっとと終らせよう) (イルカ先生の喘ぎ声、エロかわいかったな) (あれだけでヌけそう) (でも帰ってきてからの本番のために溜め込んでおいたほうがいいか) (イルカ先生もこれからひとりで抜いたりするのかな) (イく時どんな顔するんだろう) (かなり感度よかったな) 「あー! あー!」 じっとしていたら茹で上がってしまいそうで、叫ばずにはいられなかった。 カカシの心の声が聞こえなくなるまで、ずっと。 だからその、外面と内面の落差をどうにかしてくれないだろうか。 |