「…ルカ先生、開けて下さい。寝てるんですか?イルカ先生ー?」

何かに名前を呼ばれている気がして、ふっと目が覚めた。

「イルカ先生、イルカ先生」

玄関の方から聞こえてくるカカシの声が、繰り返し名前を呼んでいる。

枕元の時計を見ると、日付が変わったばかりの時間を指していた。

こんな時間に急用だろうか。

何かあったのかもしれないと思って、ベットから下りて玄関へ向かった。

「イルカ先生、イルカ先生」

「はい、ちょっと待って下さい」

ドアを開けると、カカシが何かを両手で大事そうに抱えて立っていた。

白いタオルで包まれたもの。

「イルカ先生!生まれたんです!早く見せたくて、こんな時間に来ちゃいました!」

生まれたって何だろう。

目を輝かせて言うからには、相当嬉しい事なのだろう。

「イルカ先生?」

カカシが斜めに抱いている白いタオル。

その抱き方で、何が包まれているのかわかってしまった。

堅い物で頭を殴られたような鈍い衝撃だった。

カカシの子。

「イルカ先生、どうしたの?」

今までカカシがおかしかった事に、全て説明がついた。

食事量が減ったのは、カカシが他でも食事をしていたから。

急に優しくなったと思ったのは、親になった自覚が出て来たから。

後片付けをするようになったのは、家事の練習として。

体を繋げなくなったのなんて、言葉にするまでもない。

今まで考えた事はなかったけど、カカシには子を儲けるような関係を築いている女性がいたのだ。

考えれば考えるほど、顔が青ざめた。

ドアノブを掴んだままの手が、力を入れすぎて真っ白になっている。

泣きそう。

そんな顔は見られたくなくて、握っていたドアノブを引いて、ドアを閉めようとした。

しかし完全に閉まる前に、カカシがドアにつま先を挟んだ。

少し開いたドアの隙間から、カカシの顔が覗く。

「イルカ先生、顔色悪いよ?大丈夫ですか?」

まだイルカの心配なんてしている。

惨めな気分になって、俯いて下唇を噛んだ。

「具合が悪いようなら、横になった方がいいです」

カカシが白いタオルを優しく片手で持ち直し、ドアを開けて部屋に入ってきた。

「か…帰って、下さ、い…」

声が掠れて、それだけ言うのが精一杯だった。

「失礼しますよ」

カカシが足だけでぞうりを脱ぎ、勝手に部屋へ上がった。

白いタオルを居間の座布団の上へ載せて、こちらへ戻ってきた。

カカシの手がイルカの肩に添えられ、室内に入るように促された。

その手が余りにも優しくて、とうとう涙が溢れてしまった。

「えっ、えっ、イルカ先生、どうしたの?急に泣くなんて…。何かあったんですか?」

イルカは手の甲でごしごしと涙を払ったが、次から次に溢れてくるものを止める事が出来なかった。

顔を上げた時に、白いタオルが目に入り、それがもぞもぞと動いた。

イルカの目がそこへ釘付けになる。

「ミー、ミー」

小さい体をタオルから覗かせ、か弱い鳴き声を発した。

それを見た途端、体から力が抜けて、その場に座り込んでしまった。

「イルカ先生?!今、ベットに運びますっ」

抱き起こそうとしたカカシの手を震える手で遮った。

新たな涙が、どんどん溢れてくる。

「…子猫…ですか…」

カカシは猫の子が生まれたと喜んでいただけ。

悪びれる様子もなく、生き生きして誕生の報告に来たから、カカシと交わってきた今までの関係が、イルカの独り善がりだったのかと思った。

イルカは恋人と思っていたが、カカシにとっては仲の良い友人でセックスフレンドという認識しかなかったのかと。

男同士で付き合っていたら、自分の子供が生まれた事を喜んで報告に来るなんて出来ないはずだから。

それはもう浮気とか、そういう段階の話では済まない。

一人で考え過ぎていた。

馬鹿な考えが現実にならなくて、本当に良かった。

「横にならなくて平気?」

「もう…大丈夫ですから…」

何かを察してくれたカカシがイルカの正面に腰を下ろし、そっと背中に腕を回した。

カカシの肩に顔を埋め、呼吸と一緒に空気の固まりを吐き出した。

勢いは衰えたが、涙はまだ止まらない。

「カカシ先生…。俺はあなたの何ですか…?」

「…決まってるでしょ。大切な人。大好きな人。失えない、たった一人の人」

「よかった…」

背中から頭へ移動したカカシの手がイルカの髪を撫でる。

体を少し離してカカシを覗うと、心配そうな顔がこちらを見ていた。

「すいません…。俺、カカシ先生が浮気でもしてるんじゃないかって思って…」

「う、浮気?!」

馬鹿だった自分を反省し、謝罪しながら、カカシを疑っていた事を正直に話した。

「お腹の大きい猫が、雨の日に家の前で鳴いてたんですよ?助けずにいられないでしょう?子猫が生まれたら、イルカ先生、喜ぶと思って。驚かせようとして、黙ってたオレも悪いんですけど」

カカシはイルカが抱いていた不信感に、一つ一つ答えをくれた。

食事量が減ったのは、親猫に自分の食べ残しをあげていたから。

急に優しくなったと思ったのは、一緒にいる時間が減ってしまう事への償い。

後片付けをするようになったのは、残り物をイルカに見つからないようにタッパーに詰めるため。

体を繋げなくなったのは、猫の世話をしに帰らないといけないのに、イルカと離れるのが嫌になるからだったそうだ。

「俺、今日久しぶりに冷蔵庫開けたんです。残り物が溢れてると思って。そしたら、中身がほどんどなくて。カカシ先生が片付けの時に、生ゴミとして処理したんだろうなぁって」

カカシが親指と人差し指でイルカの頬を摘まんで、軽く引っ張った。

「そんな勿体無い事するはずないでしょう。イルカ先生が作る料理の方が栄養がありそうだから、毎日イルカ先生の家で食事してたのに」

「ごめんなさい…」

「ま、今回は特別に許しますよ」

ただしね、と言って交換条件を出そうとするカカシの手が服の裾から侵入してきた。

イルカの弱い脇腹を擦る。

「カカシ先生…」

躊躇いがちに顔を上げると、カカシの唇に口を塞がれた。

この夜、久々に心から繋いだ体は、なんだがとても恥ずかしくて、初めてカカシとそうなった時の事を思い出した。










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2003.11.09

 

10000Hit ヰ高笙さんからのリクエスト
『変なカカシ先生+それでも好きなイルカ先生』 でした。
テーマをクリアしているのかどうなのか…
温かくて優しい目で見て頂けるとありがたいです。

リクエストありがとうございました!