カカシと付き合って、もう随分と経つ。
さすがに付き合いたての頃とは違って落ち着いているが、最近は少し落ち着き過ぎているような気がする。
肌はここ1、2ヶ月合わせていない。
以前は、お互いに忙しくてもそれなりの回数があったのに。
一度そういう事に気付いてしまうと、次から次へと寂しさが募り始める。
イルカの方は、カカシを好きな気持ちが付き合い始めた頃と変わっていないから、余計にそう思うのかもしれない。
こういう事が、『慣れる』とか『飽きる』とか、そういうものなのだろうか。
でも、まだ、カカシとの付き合いが駄目になると決まった訳じゃない。
時間の経過と共に、きっとイルカにも何か鈍感になっている部分があったのだ。
心当たりはないかと考えてみると、さっそく思い当たる事があった。
あの頃はカカシが家に来てくれるだけで嬉しかったのに、今はそれが当たり前になっている。
本当は、全然当たり前の事じゃないのに。
忍の世界で生きる者に確実はない。
回数を重ねる事で、いかに貴重な事であるかを見失いかけていた。
もうすぐカカシの誕生日だし、それをきっかけに何か行動を起こしてみよう。
前みたいな純粋な気持ちを取り戻せるかもしれない。
まるでイルカを後押しするように、体の内側から沸々と闘志のようなものが湧き上がってきた。


* * * * *


今度カカシが帰って来たら。
まず玄関で、出来るだけ気持ちを込めておかえりなさいを言う。
それから一緒に食事をして、そのあとに切り出そうと決めていた。
でも、実際に帰って来たのは夜の遅い時間で、カカシに食事はいいと言われ、とりあえずお茶を出した。
テーブルを挟んで、カカシと正面から向かい合う。
「もうすぐ誕生日ですね。何か欲しい物とか、して欲しい事とか、そういうのありますか」
カカシのためなら何でもするという意気込みで尋ねた。
驚いたのか、それともイルカの勢いに圧倒されたのか、カカシが一瞬、目を見開いた。
その顔が苦笑に変わり、そしてすぐに真面目な顔に逆戻りする。
カカシの事だから、欲しい物はありませんよ、とか、いつも通りで良いです、とか、そういう事を言うかもしれないと覚悟はしていた。
それが。
「オレたち、最近変わりましたよね」
イルカの質問とは全く関係ない答えが返ってきた。
カカシは、何の脈絡もなく話を逸らすような人ではない。
「そ、そう…ですね…」
しかし、相槌さえままならないほど狼狽えてしまった。
カカシも二人の変化に気付いていたという事と、それを話すカカシから僅かに緊張感が漂ってくるという事に。
次にカカシが何を言おうとしているのか。
それを考えると恐ろしくて、正座した膝の上で握っていた拳が小刻みに震え出す。
「…オレね、長期の任務に就く事になったんです」
イルカの心配とは違う内容だった事に、ほっと息を吐き、肩の力を抜いた。
任務の事だったのか。
カカシが事前に教えてくれる事なんて珍しいから、変に考え過ぎてしまった。
「長いんですか?」
今までにも数ヶ月ぐらいの任務ならあったけど、今回はそれ以上に長いという事だろうか。
「1、2年か、5、6年か…。もっと長くなるかもしれない」
やはりそうだった。
5年や6年ともなると、かなり込み入った任務だ。
そこまで言うと急に、カカシからいつもの穏やかさが掻き消えた。
イルカが戸惑う間もなく、再びカカシが口を開く。
「…だから。オレのこと待たないで下さい。プレゼントはそれでいいです」
カカシがすっと立ち上がった。
言われた言葉の意味を考えるより先に、来たばかりなのにもう帰ろうとするカカシが恋しくて、慌ててイルカも立ち上がった。
真っ直ぐ玄関に向かうカカシの後を追う。
カカシは、一切無駄のない動きで流れるように足元を整えた。
無言でイルカを拒絶する背中に、こちらから声を掛ける事はできなかった。
「さようなら」
それだけを言い残し、カカシは一度も振り返らずにイルカの家を出て行った。
ぱたん、という扉の閉まる音で不意に我に返る。
プレゼントはそれでいいです。
今頃になって、ようやく言葉の意味が全身に行き渡った。
冷たい風が、さあっと背筋を走り抜ける。
自分から聞いた事なのに、何を言われたのか瞬時には理解できなかった。
カカシは、ちゃんとイルカの質問に答えてくれていたのだ。
そういうプレゼントを求められるとは思ってもいなかったから、呆然としてしまった。
なんて浅はかだったのだろう。
今更プレゼントで気を惹こうだなんて。
カカシにやり直す意思がなければ、どうする事もできないのに。
でも、どうしてもそこまでは考えられなかったのだ。
だって、本当に、以前と変わらずにカカシが好きだったから。
考えても仕方のない事ばかりで頭が一杯になり、いつまでもいつまでもイルカは玄関に立ち尽くしていた。


* * * * *


もっとカカシを気遣えていたら。
あの時どうして追い縋って引き止めなかったのか。
最初の1年ぐらいは、ずっとそんな事ばかり考えて、ひたすら後悔を繰り返していた。
そして2年が経ち、やっと立ち直りかけてきた頃。
非番明けで出勤したイルカに、受付の同僚が話し掛けてきた。
「昨日、中間報告しにカカシさんが帰って来たんだけどさ」
胸が、どきん、と大きく脈打った。
体まで、びくりと身じろいでしまったかもしれない。
同僚に変に思われないように、細く息を吐いて呼吸を整える。
「付き人のねえちゃんがチョー美人で、しかもナイスバディ。やっぱイイ男は違うなあと思ったよ」
しみじみと感想を述べる同僚とは対照的に、イルカの内心はしくしくと痛み始めていた。
外務に出た忍が国外で伴侶を見つけてくるなんて、よくある話だ。
恋人か、婚約者か、それとも妻か。
「お国の外面を保つための外交官さまと並んでも、容姿で引けを取らないんだぜ。オレが並んでたら従者以下だもん」
笑いながら自虐的な事を言う同僚に、ほんの少しだけ胸の痛みが和らいだ。
でも、もう2年も経っている。
たまたま今回の女性は違ったというだけの話。
既に向こうで、カカシに特別な人ができていてもおかしくはないのだ。
このままではいけない、と思った。
いつまでも未練を引きずって、気持ちに蓋をするだけでは何も始まらない。
「カカシさん、いつまで里にいるのかな…」
何でもない事を言っているかのように装って、意識的に平坦な声を出す。
カカシがまだ里に滞在しているのなら。
自分にけじめを付けるために、少しでも話がしたい。
「あ、なんか、今日の早朝には出立するとか言ってたな。立ち聞きだけど」
一度は奮い立った気勢が、瞬く間に失速する。
「…そっか」
小さな呟きが、空っぽのイルカの胸に虚しく響き渡った。






map  ss top  count index  next
2009.09.14