新しい恋人を作れば、カカシの事を忘れられると思った。
だって、もう、別れてから3年も経つのだ。
その間、一度も会っていない人に心を奪われたままなのは悲しすぎる。
今度付き合うのは、女の人が良い。
仕事は、できるよりも、できない方が良い。
見た目は、華やかな人より、地味で目立たない人の方が良い。
そこまで考えて、ふと気が付いた。
全てカカシが基準になっている、と。
こんな状態では、イルカに交際を申し込まれた方は堪らないだろう。
カカシを忘れるために恋人を作ろうなんて、動機からして不純だったのだ。
人として、誰かを犠牲にするような事を考えてしまった自分に、また悲しさが増した。
カカシを忘れるのは、もう無理なのかもしれない。
薄々は気付き始めていた事実が、いよいよ目の前に突き付けられた。
もう、カカシを忘れずに生きていくしかない。
散々考えて、行き着く所まで行って、やっと滲み出てきた答えに、ようやく僅かな光りが見えたような気がした。



* * * * *


更に1年が経過し、カカシと離れてから4年の歳月が流れた。
4年も経てば、さすがにイルカも穏やかな生活を送れるようになった。
決め手になったのは2つ。
自分の気持ちをありのままに受け止める事。
カカシに未練があるなら、なくなるまで持ち続ければいい。
そしてもう一つは、やっぱりあげない事にした、という事。
せっかくカカシが最後に欲しいと言ってくれたプレゼントだったけど、イルカからはあげない事にしたのだ。
カカシを待つ事と待たせてもらえない事を比べたら、イルカには待たせてもらえない事の方が苦しいから。
その2つを実行してから、今までのつらさが嘘のように気持ちが楽になった。
カカシが知ったら迷惑に思うだろう。
でも、それにはちゃんと、カカシが里に帰って来るまでの何年かの間だけ、と期限を作った。
本気でカカシに迷惑を掛けるつもりはないのだ。
カカシが任務を終えて里に帰って来たら。
その時は、今度こそ、きれいさっぱり諦める。
だからせめて、本人が傍にいない間ぐらいは猶予を引き伸ばす身勝手を許して欲しい。


* * * * *


受付の交代時間になり、イルカが帰り支度をしている時だった。
忘れた事など、一度もない。
あの日から数えて、5年と2ヶ月と1週間ぶりに見る姿。
受付所の前を、外套を羽織ったカカシが、すうっと横切って行った。
カカシが向かった方向には火影の執務室がある。
中間報告か、終了報告か。
どちらなのか考えていると、カカシと同じ格好をした忍たちが一団で受付所に入って来た。
3年前にカカシが中間報告で戻って来た時は、カカシと外交官の二人だけだったと聞いている。
一団がばらけ、いくつかの机に分散して報告書を記入し始めた。
長期任務の場合は、責任者だけでなく個人でも報告書を提出する決まりになっている。
これだけ条件がそろえば答えは一つ。
カカシの長期任務が終了したのだ。
それを認識した途端、ぶわっと全身に鳥肌が立った。
ぼんやりしている暇はない。
カカシが帰って来たら、やらなければならないと思っていた事がある。
この大人数の報告書を処理する同僚の姿が頭を掠めるが、それを手伝うほどの余裕はなかった。
申し訳ないと思いながらも、窓口を一度も振り返る事なくカカシの後を追った。
火影の執務室へ向かい、扉の前で足を止める。
部屋の中から、僅かにカカシの声が聞こえた。
それだけで、どきどきと心臓が騒ぎ出す。
壁に寄り掛かり、胸に手を当てて深呼吸をした。
これからする事を、頭の中でしっかりと順序立てる。
五代目とカカシの会話が途切れ、室内の気配が動き出した。
その瞬間、急に恐怖心が込み上げて、咄嗟に柱の影に隠れてしまった。
うるさい心音が一向に鳴り止まない。
カカシが廊下に出てきた。
もう、このまま行くしかない。
勢いよく通路に飛び出し、カカシの前に立ちはだかる。
「…イル…」
無言のまま、震える手で素早くカカシの口布を下ろし、現れた唇に自身の唇を重ねた。
唇を重ねれば、イルカの気持ちを伝えられ、また、カカシの気持ちも伝わってくると思った。
この距離まで近付かないとわからないほど微かなカカシの匂い。
その懐かしさで、イルカの中で冷たく凍っていた部分が、一気に溶けて洪水のように溢れ出す。
瞼に熱を感じた時には、既に涙が零れ落ちていた。
カカシのベストをぎゅうっと掴み、更に唇を押し付ける。
すると、その時に気付いてしまった。
イルカの涙の熱さとは対照的な、カカシの唇。
ひんやりしたまま、全く温度が変わらない。
反射的に、ぱっと体を離した。
下を向き、涙で濡れた顔をカカシに見られないようにする。
体から、さあっと血の気が引いて行くのがわかった。
あまりの居た堪れなさに、踵を返して逆方向に走り出す。
カカシには迷惑を掛けないつもりだったのに。
いくら人通りがなかったとはいえ、別れた恋人から嫌がらせのような行為を受けたのだ。
気分を害するのが当然。
カカシに軽蔑される事を想像して、ぐっと唇を噛んだ。
視界が悪くて手の甲で乱暴に涙を拭うと、突然、後ろからがっちりと体を拘束された。
体勢を崩して転びそうになるが、それを相殺して余りあるほどの強い力だった。
「…待っててくれたの…?」
弱々しいカカシの声に、はっとして目を見開いた。
待っていた事を肯定してくれるような優しい声音。
見開いた目から新たな涙が生まれ、それが次々と零れ落ちていく。
「あなたに…あんなに酷い事したのに…?」
かくん、とイルカの膝から力が抜けた。
立っていられないはずなのに、カカシに支えられて何とか座り込まずに済んでいる。
「…だって…ずっと…カカシさんの事…好きだった…から…」
腹筋にも力が入らなくて、言葉がよれよれに区切れてしまう。
「あなたはまだ若い…。年下の嫁さんだってもらえるんですよ…」
こんな時に年齢を引き合いに出してくるカカシが不思議でならなかった。
カカシが年の差を気にする事なんて、今まで一度もなかったのに。
もしかして、一人で胸に抱えたまま表に出さなかっただけなのだろうか。
「そんな、の…いら、ない…カカシさん…が…いい…」
カカシに支えられたまま体を反転させられ、正面から包まれるように抱き込まれた。
腰と首の後ろに手が回ってきて、思い切り唇に吸い付かれる。
「んっ…ん、ぅんっ…んっ…」
何度も角度を変えては、カカシの舌に口内を掻き回される。
時折お互いの額当てが擦れ合って、かち、かち、と短い金属音が聞こえた。
さっきまで低温だったとは思えないほど情熱的な唇。
舌はそれ以上に熱かった。
「んっ…はぁ…」
ぴちゃ、と音を立ててカカシの唇が離れた。
頭がぼうっとして、視界の潤みが一層ひどくなる。
「あとで何言ったって、もう二度と離しませんからっ…!」
骨が折れそうなほど、ぎゅうぎゅうに抱き締められた。
カカシの言葉が嬉しいのと、安心したのとで、5年分の涙はまだまだ途切れそうになかった。






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2009.09.29

 

 

 

323232Hit ホオジロさんからのリクエスト
『修復が不可能そうなケンカをして仲直りするカカイル』 でした。
あんまりケンカらしいケンカはしていないのですが…(弱)
ホオジロさんの補足に
『酷いすれ違いの後に、雨降って地固まるの二人』
とあったので、そちらのお言葉に甘えさせて頂きました…。
すみません…。

リクエストありがとうございました!