「許せないんですよっ、あいつ! あの時イルカさんが後ろから抱き付いてきたと思って喜んでたんですっ」
急に荒々しい口調に一変したカカシに驚いて、涙の分泌がぴたりと止まる。
どうしてヤマトがイルカに抱き付かれて喜ぶのかはわからないが、とりあえずヤマトが無抵抗だった理由はわかった。
イルカに抱き付かれたと思ったヤマトは、上司であるカカシが懇意にしているイルカを拒んだり文句を言ったりするのは良くないと判断したのだろう。
「元はといえばオレが悪いんだけど、あいつの妄想の中で一瞬でもあなたと浮気されたかと思うと悔しくてっ…!」
人が頭の中で考えている事なんて、どうやったって止められないのに、カカシはヤマトが妄想でイルカと浮気した事を怒っている。
イルカだってカカシの浮気を疑ってしまったが、そこまでは考えなかった。
カカシの想像力の逞しさに、ふっ、と笑みが零れる。
「笑い事じゃないです! マジであいつには気を付けて下さいね! いつ手を出してくるかわかったもんじゃないんだからっ」
そうやって、カカシが憤りを交えて力説しているあいだに家に着いた。
鍵を持っていないイルカに代わって、カカシにエントランスの鍵を開けてもらって中に入る。
「もしかして、もうヤマトに変な事された? っていうか、変なこと言われたりしなかった? あいつ時々さらっと下ネタ言ったりするから…」
ヤマトにされた変な事と言われて思い出すのは、匂いを嗅がれた事。
だが、それは自来也にもされた事なのでカカシに報告するような事でもないだろう。
ただ、ヤマトに言われた変な事と言われて思い出す事は一つある。
「そういえば、俺にはよくわからなかったんですけど、アイシングがいやらしいとかって…」
エレベーターを待ちながらイルカが言うと、カカシが、はっとしたようにこちらを向いた。
そして、今日はこれで3人目になるが、首や髪の辺りの匂いをくんくんと嗅がれた。
「…っ! シナモンロールかっ…! あのやろうっ…!」
到着したエレベーターの扉が開き、カカシに押し込まれるようにして乗り込む。
イルカが階数ボタンを押すと、扉が閉じる前にいきなりカカシに抱き締められた。
「か、カカシさん…こんな所で…」
「ちょっとだけ…。こうしてないと怒りが収まらない」
そう言われると、こんな事でカカシの役に立つのなら…、と思って抗議する気も薄れてしまう。
そのうちに扉が閉まり、無事にエレベーターが動き出した。
カカシの腕の中で大人しくしていると、目的の階に着いた頃には、カカシは怒りを収めるどころか逆に機嫌が良くなっていた。
それでも名残惜しげに腕を離し、レディーファーストのようにイルカを先に降ろしてからカカシもエレベーターを降りた。
玄関ではドアまで開けてくれて、そこでもイルカを先に通してくれる。
こういう事は何度されても慣れない。
逆にイルカがしようとしても、カカシには躱されてばかりいる。
ほのかに熱くなった顔を俯かせて部屋に入った。
すぐにカカシのジャケットを脱いでハンガーに掛け、逃げるようにしてキッチンへ向かう。
手を洗ってエプロンを付けると、湯せんに掛けたままだったハチミツの固さを確かめてから、ハニートーストの準備に取り掛かった。
「ハロウィンぽい事って、これだったんですね」
イルカに続いてキッチンへやって来たカカシが、ジャックランタンのようにくり抜かれた食パンを見て言った。
カカシはハチミツを指で掬い取り、平然と口へ運びながら、イルカの腰に手を回して来た。
軽く引き寄せられて、イルカの手が止まる。
「可愛いね。すごく美味しそう。…イルカさんみたいに」
最後の言葉だけ耳元で囁かれて、イルカの心臓が一際大きな音を立てた。
どきどきと早鐘を打つ音がうるさいぐらい耳に付く。
「…ねえ、覚えてる? オレたち、付き合ってから今日で7ヶ月と5日ですよ」
こんな状況で、急にそんな話題を出したカカシの意図が掴めなかった。
その上、やけに色っぽく聞こえるカカシの声がイルカの動揺に拍車を掛ける。
「5月の誕生日も…9月の誕生日も…忙しくてタイミング逃しちゃったけど…」
二人しかいない家の中で、カカシはわざわざ内緒話のような音量で語りかけてきた。
その密やかさが恥ずかしくて、それに何だか少しハラハラする。
一度乱れた心拍も、なかなか収まってくれない。
「…そろそろキスしたいんだけど、駄目かな…?」
カカシの言葉に、かぁーっと顔が熱くなった。
指先も小刻みに震え出す。
カカシとはハグをしているし、寝室も一緒だけど、ベッドは別々だった。
キスもまだしていない。
7ヶ月も付き合っていて、まだ一度も。
「嫌だったら言って。オレ、ちゃんと待ちますから」
カカシは優しい。
恋愛に不慣れなイルカに合わせて、こうしてゆっくりと段階を踏んでくれる。
それを嫌だなんて思うわけがない。
「…ま、待たなくても…大丈夫です…」
消え入りそうな声で言うと、カカシの指に顎を掬われ、僅かに顔を上向かされた。
唇の表面をゆっくりと親指で撫でられ、カカシの顔がかつてないほどの距離にまで近付いて来る。
甘すぎる空気が充満していくのを見ていられなくて、イルカは思わず目を閉じてしまった。
繊細な飴細工を扱うように、そっと唇が触れ合う。
そうやって、カカシと初めて交わした口付けは、メレンゲのように柔らかくて、ほんのりとハチミツの味がした。






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2011.12.12

 

 

 

 

404040Hit RTKさんからのリクエスト
『おかしファーム(or先生になる前に)の続編(or番外編)』 でした。
RTKさんからリクエストを頂いたおかげで
やっと二人の関係を少し前進させる事が出来ました!(笑)
もどかしさや切なさはないですが…少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです…。

リクエストありがとうございました!