お兄さんと仲良くなってから、2度目の春が来た時にアカデミーに入学した。
今日も授業が終わったら裏山へ行こうと決めていた。
来てくれるといいな、と思いながら教室を出る。
「イルカ! 忘れもの!」
振り返ると、同じクラスの男の子が駆け寄ってきた。
手裏剣柄の真新しい筆箱を持っている。
母と一緒に選んだ、イルカのお気に入りだった。
「ありがと!」
筆箱を受け取り、男の子の頬に、ちゅ、と唇を当てた。
いきなり、どん、と突き飛ばされて尻もちを着く。
「な、なんだよっ…! 変なのっ!」
梅干みたいに真っ赤な顔をして、男の子は廊下を走っていってしまった。
拒まれた事に驚いたのと、打ったお尻の痛みで、じわっと涙が出てくる。
「うみのくん、どうしたの?」
くのいちクラスの女の先生が声をかけてきた。
どうして男の子に突き飛ばされたのかわからなくて、事情を話す。
「そういう事はくのいちがする事だから、男の子のうみのくんにされてびっくりしたんじゃないかな。もうやめようね」
先生の言葉がショックだった。
本当は女の子がやる事を、お兄さんはイルカに教えたのか。
嘘はいけない、と父も母も先生も、大人はみんな言っているのに。
お兄さんの言う事を信じて、今までずっと、会うたびに何度も、お兄さんの唇や頬に唇を当ててきたのに。
ひどい。
いつもにこにこしていたのは、男のくせに女の子がやる事をやっている、とイルカを馬鹿にしていたからだったのだ。
腹立たしさが溢れそうになって、裏山まで全力疾走した。
すると、お兄さんが高い木の上で、今日もにこにことイルカを待っていた。
出せる限りの大声を振り絞る。
「お兄さんの嘘つき! もう大っきらい!」
途端に顔を強張らせたお兄さんが、ぽろ、と木の枝から落ちた。
そんなかっこ悪い姿を見たのは初めてだった。
慌てて駆け寄ろうとした足に、急ブレーキをかける。
あれも嘘かもしれない。
忍者がこれぐらいで怪我なんてするわけないでしょ、とイルカを馬鹿にするための。
いつもの優しい声で、そんな意地悪な事を言われるのが怖かった。
すぐに向きを変え、歯を食いしばって走り出す。
悲しみが溢れて、泣きながら家に帰った。
それなのに、次の日には裏山へ行っていた。
お兄さんに会いたくて。
でも、会えなかった。
その次の日も、更にその次の日も。
毎日、暗くなるまで待っているのに。
ある日、一人で手裏剣投げの練習をしている時に、ふと気がついた。
お兄さんが来ないのは、自分がひどい事を言ったからだ、と。
嫌われたのだ。
がん、と頭を叩かれたような衝撃を受けて、手裏剣を取り落とした。
ずきずきする胸を、服の上からぎゅっと掴む。
もう二度と来てくれなかったらどうしよう。
唐突に襲ってきた寂しさに押しつぶされそうになって、火が付いたように突然わんわんと泣き出してしまった。

          * * * * *

結局、未だにあの人には会えていない。
あの人より好きになれる人も現れていない。
体中の水分を出し尽くすように涙を流した初恋の思い出は、大人になった今でも、まだ苦い。
「…落としましたよ」
ものすごく近くからかけられた声に、びく、と肩が竦んだ。
まったく気配を感じなかった。
「す、すみません…。ありがとうございます…」
反射的に言いながら、お守りのように常に持ち歩いているゴム製の手裏剣を受け取った。
ナルトに抱きつかれた勢いで飛び出してしまったのだろう。
その時になって改めて、拾ってくれた人の顔を見た。
どき、と心臓が跳ね上がる。
初対面の人だったから。
「か、カカシ先生でしたか…。あの、はじめまして。アカデミーでナルトたちの担任をしていたうみのイルカと申し…」
狼狽えながらも笑顔で挨拶をすると、突然カカシが口布を下ろした。
あまりにも整った顔立ちに驚いて、言葉を失う。
「感謝を伝える正式な方法は、唇と唇をくっ付けるんです」
さっと唇を塞がれた。
一瞬で腰が抜ける。
それを支えてくれた手は、あたたかくて、力強くて、優しい。
頬が、かぁーっと熱を持った。
この人だ、とすぐにわかった。
「んんっ…!」
どんどん口づけが深くなって、息が苦しくなってくる。
奥で縮こまっていた舌をカカシの舌に絡め取られて、ぎく、と体が跳ねた。
子どもの頃はこんな事までされなかった。
段々と意識が薄れていく。
これからどうなってしまうのだろう、と思い始めた頃にようやく唇が離れた。
「…オレのこと、覚えてますか」
「思い…出し…ました…」
情けないぐらい息が乱れている。
「嘘ついてごめん。あなたが好きだっただけなんです。会ったらこうなると思って避けてたけど、もう逃げない。やっぱりあなたが愛しい。世界で一番笑顔が輝いてる」
色々な感情が込み上げてきて、ひっく、と咽喉が鳴った。
ひどい事を言ってしまった事を、ずっと謝りたかった。
ずっと許してほしかった。
また、一緒に過ごしたかった。
「ごめ…、ごめんなさ…、ごめんなさい…」
「悪いけど、フラれたぐらいじゃ諦めないよ。もう後悔したくない」
必死に首を横に振った。
違うんです、と泣きながら理由を話せば、もう離さないと言わんばかりにきつく抱きしめてくる。
ならばこちらのほうこそ離してなるものかという気持ちで、思い切りカカシに縋りついた。






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2014.03.17

 

 

 

 

 

455555Hit まりもさんからのリクエスト
『忍者で幼馴染なカカイル 仲違いしていたけど再会して仲直り』でした。
あまり盛り上がりのない話に仕上がってしまってすみません…
そして相変わらずお待たせしてしまってすみません…
少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです…!

リクエストありがとうございました!