好きだとか、一目惚れだとか、恋人になりたいとか。
あからさまな好意を示したくせに、カカシはしょっちゅう女の人を店に連れてくる。
しかも、とても美しい人ばかりを。
「大トロは炙りで食うとうまいよね」
カカシのひと言で、女性が「それください」と口にした。
しがない魚屋の自分には、はい、と、ありがとうございます、しか言えない。
最近、アカデミーの教師に正式に採用され、魚屋の営業が週2回だけになったので、尚更お客さんを大事にしないといけないのだ。
「天然真鯛のお造りもうまそうだなぁ」
大トロに天然真鯛。
以前カカシが、さんまの塩焼きが一番好き、と言っていたのは方便だったのだろうか。
もしかしてそれは、イルカへの好意も。
なんだそうか、と思ったら急に、ずしん、と胸が重たくなった。
「じゃあ、それも頼むわね」
「…はいっ、ありがとうございますっ」
咄嗟の作り笑いがばれないように、精一杯元気な声を上げた。
要望の品を袋にまとめ、女性から代金を受け取る。
「オレもブリを2切れ包んでもらえますか。煮魚用のやつを」
「はい。毎度ありがとうございます」
再び精一杯に応じると、イルカが表情を繕っている事に気づいているのかいないのか、カカシが満足そうな顔をして口を開いた。
「いい魚をいつもありがとう」
心から言っているとわかる真摯な口調に、ふと、ある事に気がついた。
カカシは本当に魚屋うみのが好きで、大事にしてくれているのだ、と。
それをイルカ個人への好意と勘違いしてしまったのかもしれない。
以前カカシが口にした「恋人」という言葉はただの聞き違いで、好きも一目惚れもイルカの店に対するものだったのだ。
カカシに特別な何かを期待する事は間違っている。
これからはカカシをお客さんの中の1人と割り切らないといけない。
「…そう言っていただくと、店を続けた甲斐があります。こちらこそありがとうございます」
彼女とは別会計でブリの支払いを済ませたカカシは、弾んだ足取りで帰っていった。



大トロは彼女が、ブリはカカシが料理して、真鯛のお造りと共にあの日の食卓に並んだのだろう。
カカシの家では今まで何人の女性が食事をしてきたのだろう。
どの女性も、カカシが命を預けている忍犬には会ったのだろうか。
「こんにちは」
店先に立っていたのにぼんやりしていて、お客さんが来た事に気がつかなかった。
慌てて「いらっしゃいませ」と声を上げると、相手はカカシだった。
珍しく、今日は一人だ。
「今日はお連れのかたはいらっしゃらないんですね」
込み上げた安堵が、思わず口から零れてしまった。
すると、一瞬カカシの顔が曇ったように見えた。
「たまにはオレだってイルカ先生とゆっくりお話したいですから」
それが本心なのか冗談なのかはわからないけど、たぶん冗談なのだろう。
目元が笑っている。
ただ、声に張りがなかった。
任務で疲れているのかもしれない。
その日カカシは、アジの開きと煮魚用のカレイの切り身を買っていった。
また2人分ずつ。
いつも、必ず、2人分ずつ。
今日は誰かが家で待っているのだろう。
尋ねた事はないし、尋ねるつもりもないけれど、ひとつだけ言い当てられる事がある。
絶対にその人は、端整なカカシと並んでも遜色のないきれいな人だ、と。
次の営業日、今日もカカシが1人で来てくれたらいいな、と淡い望みを抱いていると、商店街の人影に長身の銀髪を見つけた。
カカシだ、と思うとそわそわしてしまう。
お客さんの1人と割り切る、と決めたばかりなのに。
「いらっしゃ…」
浮かれた声が中途半端な所で途切れた。
店の前で足を止めたカカシの一団に驚いて。
「今日は…ずいぶん大勢でお越しなんですね」
カカシを取り囲むようにして、5人の女性がいた。
笑顔が引き攣りそうになる。
カカシが得意気な顔をしていたから。
とびきりの美女たちに囲まれていれば、男なら誰だってそうなるだろう。
「みんな魚が大好きだそうなので」
彼女たちが本当に大好きなのは、魚ではなくカカシの事だろう。
カカシが名前を挙げた魚が次々と売れていく。
高級魚からなくなり、店のショーケースは、あっという間に庶民的な魚だけになった。
それさえも購入金額を競うかのようにまとめ買いされてゆく。
みんなきちんと魚たちを味わってくれるのだろうか。
いや、味わってくれると信じたい。
結局その日は女性たちの対応に追われて、カカシとはほとんど言葉を交せなかった。
それでもカカシがずっとにこにこしていたのが、少し悲しかった。






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2015.02.07