三ヵ月。

イルカと一緒に住むようになってから経た月日だ。

三ヵ月間と聞くと長く感じるが、普通の生活を三ヵ月続けるのに、別に長いとか短いとかはない。

掃除、洗濯などの家事全般は、始めからイルカが担当していた。

イルカにはイルカのリズムがあるようで、自分が下手に手を出すと手間が増えると言われるので、ほぼ一人でこなしてもらっている。

その辺りはイルカに任せっきりで、正しく甘えさせて頂いている状態だ。

特にイルカの作る料理は絶品で、何を食べても、いくら時間が経っても、すごく美味しい。

今までろくな物を食べていなかった自分にとって、世界がひっくり返るほどの感動だった。

しかし、本心を晒す事が不得手な自分は、口下手なのも手伝って、イルカにそれをちゃんと伝えられないでいる。

安っぽく『美味しい』なんて言えないほど、本当に美味しいから。

しかし、それをちゃんと伝えられないのには、もう一つ理由がある。

自分の味覚を信用していない、という事。

イルカにとったら普通の味の料理を自分が食べて大げさな感想を言ったら、イルカに嫌な思いをさせるかもしれない。

もちろん、自分にとっては大げさでも何でもない。

だが、そう思うと、つい言い辛くなるのだ。

三ヵ月の間、そんなジレンマに悩まされ続けている。






ナルトが野菜が嫌いで、しかもラーメンばかり食べているという事を思い出してからは。

「ナルト、野菜食え」

「…な!?…なんだってばよ、き、急に」

ほぼ定期的、早朝。

ナルトが朝食を摂る前、いや、正確には寝起きを見計らってここまでやって来る。

これはイルカと同棲するようになってからすぐに始めた行為だ。

子供の一人暮しでナルトが食生活を咎められた時、イルカと生活したいなどと言えない状態に育てるための布石として。

当初は自分よりイルカに精通していそうなナルトに、イルカの料理について聞き出すという名目も持っていたが、今は建て前なんかいらない。

「カカシ先生だって、嫌いな食べ物あるだろ?」

「そりゃ、な。でもオレは大人だからいいの」

「ずるい!大人だって好き嫌いしたらダメだってばよ!」

「でもな、オレの場合、天ぷらって状態が嫌いなだけで、食材自体は好きだから」

久々に自分の口から出した『天ぷら』という言葉に鳥肌が立った。

「特に衣。あれがよくないね。ま、とにかくお前は野菜食え。成長しないぞ」

ナルトはだらだらと文句をたれていたが、野菜は素直に受け取った。

ナルトはイルカに料理してもらった野菜は残さずに食べる。

自分と同じ。

だから余計に警戒する。

そしていつもの事ながら、部下達とは何の障害もなく軽口を叩ける自分が恨めしくなった。







* * * * *







カカシと住むようになってから、いつのまにか三ヵ月も経過していた。

同居する前も同じような生活をしていたので、ほとんど違和感を感じる事もなく。

自分はそう思っていたのだが、どうやらカカシは違うようだった。

少し、変わったのだ。

以前から口数は多くなかったのだが、それでもカカシの考えや思いは充分に伝わってきた。

なのに、最近のカカシはいつも何かを言いた気で、何を考えているのかもよくわからない。

いや、最近というよりも、同居が始まってすぐにそうなったような気がする。

その現象が顕著なのが、食事中。

任務で様々な場所を訪れ、様々な料理を食したカカシには、自分の作った料理は口に合わないのかもしれない。

答えが怖くて、ずっと聞きそびれているのだが。

わかってはいても、メシがマズイので別れましょう、などと言われたら拒める理由がない。

食事中でもアカデミーでの出来事や思い出話を口々に語り、重要な部分を避けていたのは確かなのだけど。

短くないその間、カカシはどんどんストレスが蓄まる一方だっただろう。

ならば修復は早いに越した事はない。

話を切り出しやすいように久々に気合いを入れた料理を作り、早速、今日の夕食で尋ねようと思った。







「あつっ」

袖を捲った剥き出しの腕に油がはねた。

今夜は久々に揚げ物にしようと、天ぷらの食材を買い揃えてきた。

油の処理に困るので、今まで揚げ物はあまりやらない方だった。

天ぷらの中でイルカが一番好きな具材は大葉。

口に入れた時に、大葉の爽やかな香りが広がるのがいい。

だが、想像ではカカシは匂いの強い食物が苦手そうなので、イルカの好きな大葉をたくさん揚げられなくて残念だ。

食べ物の好みすら想像の域を出ないのは情けないが。

その代わり、2番目に好きなエビをたくさん作ろう。

エビは少し高値だけれど、たまには贅沢をしてもいいだろう。

そんな事を考えていたら、馴染んだ気配が勢いよく駆けてくるのを感じた。

続いて、玄関から威勢のいい声がした。

「イルカ先生ー!任務で野菜もらったから、何か作ってってばよー!」

ナルトだった。

「おっ!お前もやっと、野菜喰えるようになったんだな!」

金色の髪をガシガシ撫でてやりたかったが、手が粉だらけで出来なかった。

「先生っ、天ぷら!?うまそー!!」

ナルトが油切り用の網に乗った海老天を見て、目を輝かせた。

子供は天ぷらよりエビフライの方が良さそうだが。

それにしても、下忍の任務は生活感があって楽しい。

ニンジン、キュウリ、トマトにジャガイモ。

「よし、そのニンジンはかき揚げに入れて、キュウリは浅漬けにして、トマトとジャガイモでサラダを作ろうか」

しかし、ナルトの目は海老天に釘付けで、こっちの話なんて聞こえていないようだ。

「…摘み食いは一つだけだぞ」

揚げたてのえびをナルトに差し出した。

「ん!んまい!」

「こら。口に物を入れて喋らない」

苦笑しながら、柔らかく注意する。

まるで、我が子を躾けるように。

「なーんで、こんなに美味いのにカカシ先生が天ぷらを嫌いなのか、サッパリわかんないってばよ!」

「えっ?」

ナルトは口をモグモグしている。

「カカシ先生って、天ぷら嫌いなのか?!」

「うん。特に衣が嫌いって言ってたってばよ」

しまった。

勝負料理のつもりでカカシの嫌いなものを作るなんて。

ナルトがここにいるという事は、カカシも程なく帰ってくるという事。

食材は勿体ないが、早くここを片付けて外にでも食事に行く事にしよう。

「ただいま」

そこへカカシの間延びした声が響いた。













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2002.12.15