「あなたの事、何も知らないけど…。好きでした。…すいません」

何に対して謝っているのか自分でもわからないが、勝手に言葉が出た。

カカシの目の色が変わった。

危機を感じた動物のように鋭く。

「…オレの話を聞いてくれますか?あまり上手く話せるかわからないけど…」

カカシの方から、そんな事を言い出されたのは初めてで少し驚いた。

意図は掴めないが、カカシが話したいというのなら、今度こそ自分のお喋りを抑えなくては。

「…はい」

「何から話したらいいか…。…あ、別れるって取り消してくれますか…?」

「…わかりません…」

本音だ。

カカシが何を話すかによって決まる。

カカシはそれをわかってくれたようだった。

「…あなたの料理がね、」

カカシが慎重に言葉を選ぶ。

やはり『料理』が関係していた。

胸の辺りがズキズキする。

「…すごく旨いから…、オレおかしいんじゃないかと思って」

「は?」

「店で何食べたって、あなたの作った方のが旨い。たぶん腐っているものでも、あなたの作ったものの方が旨い」

「えっ」

「オレ、自信がないんです。味覚に。あなたと暮すまで、食べ物を旨いと思った事がなくて」

「カカシ先生…」

カカシの声をこんなに長く聞いたのも、こんなにたくさん会話をしたのも酷く久しぶりな気がした。

「昨日確かめたんです。彼女、スリーマンセル時代からの古い付き合いで。旨いもの作ってみて、って頼んだんです」

「…恋人というか、そういうお付き合いは、無いんですか…?」

「ありません。あなただって知ってるでしょう?スリーマンセルは職場の同僚と同じだって」

「…それで、味はどうだったんですか…?」

カカシがにっこり笑った。

外からは窓を叩く風の音が続いた。

台風でも近付いているのだろうか。

「やっぱり、あなたが作った料理の方が旨かったです」

やたら誇らしげな顔。

こんな顔を覚えていれば、カカシと何かあっても何とかなるかもしれない。

いつまでもカカシに好かれ続ける自信はないけれど、カカシが許す限り傍にいる事は出来る。

せめて、それまでは仲良くしていたいから。

「…わがままを言ってもいいですか…?」

「いくらでもどうぞ」

余裕の笑みに胸が苦しくなった。

不安なんて目に見えないけど、そんなものに流されないように。

もし離れても、いい思い出になるように。

「あなたの事を教えてくれませんか」

何を言っているのか、と怒られるかもしれない。

でも、カカシと自分の間にあったものを、確かに存在したのだと胸を張って言えるように。

「嫌ですか?」

たった一本の糸に縋るのと同様にカカシの服を握った。

「そんなの、全然わがままじゃないよ…」

抱き締めるカカシの腕に、再び力が籠もる。

「何でも話す。だから、イルカ先生も聞きたい事は何でも聞いてね…」

「…っ…ぐぅ」

それを聞いた途端、今まで大人しく引っ込んでいた涙が一気にせり上がってきた。

唇を噛んで嗚咽を抑えても、どうしても止まらない。

「カ、カシ、せんせっ…っぐ…」

「…ごめんね…」

ぼやけた視界からカカシを見ると、カカシの方こそ辛そうな顔をしていた。

カカシが苦しむ事など一つもないのに。

嗚咽にひくつく呼吸でもそれを伝えたかったが、うまくいかなかった。

それとも、元来無口なカカシにしたら会話を増やす事自体が苦痛なのだろうか。

だとしたら、謝るのはこちらの方だ。

カカシを苦しめるのは本望ではないが、結果的にそうなってしまうのだから。

「謝るのは…っく、俺の方ですっ、から」

カカシが首を振った。

彼の目にも涙が溜まっていて、目が合うとそれは潤みを増した。

「オレのせいだけど…。…イルカ先生泣かないで…。あなたに泣かれると…ツラくて…」

「…っ…くっ」

「ごめんね…。泣かないで…」

よしよしと優しく背中を擦られて、大分落ち着いてきた。

手の甲で目をゴシゴシ拭い、あれからの事を話そうと一度深呼吸した。

「昨日は木の幹でうずくまって眠ったんです」

「…」

「今日は不動産屋さんに行って、部屋を探してきました」

「えっ」

カカシの目の色が焦りに染まった。

カカシから言葉が欲しくてイルカはあえて黙った。

不動産屋へ行ったからそれがどうしたと言われるかもしれないし、何も言ってくれないかもしれない。

何でもいいから意見を聞きたくて黙った。

しかし、元々お喋りな自分は沈黙が苦手で、すぐ辛抱が利かなくなる。

いつものように諦めて、話題を変えようと思った。

そこへ。

「…部屋はっ、部屋は決まったんですか…?!」

その、なんとも困惑した響きにこちらこそ戸惑った。

そんな自分に気付いて苦笑した。

「イ、イルカ先生っ?!」

自分の反応をどう捉えたのか、縋りそうな勢いで詰め寄られた。

距離が縮まった分、顔が近くなる。

恥ずかしくて、つい目を逸らすと両腕を思いきり強く掴まれた。

カカシはまた誤解をしたようだった。

「イルカ先生…!」

「ありませんでした…。希望した日当たりがいい狭い部屋が」

顔にふーっと掛かった息はカカシの溜め息だった。

「…ああ…よかった…」

「良い部屋があったら今日にでも契約しようと思ったんですが」

「本当によかった…。でも、どうして狭い部屋に?」

「あなたみたいな悪い人に転がり込まれないように」

わざと意地悪く言った。

カカシは複雑な顔で苦笑した。

「オレみたいな人って事は、オレが転がり込むのはいいんだよね?」

「…知りません」

この短い間にも少し、カカシの考えている事が掴めるようになった。

ちゃんと気を付けて見ていたら、本当はもっと早く解り合えたのかもしれない。

「何か作って下さいよ。今度は正直に感想言うから、ね?…温かい味噌汁とか、いいなぁ。オレ、茄子の味噌汁が好き」

「茄子の味噌汁ですか?上忍なのに、随分安上がりですね」

「あ、勘違いしないでね。イルカ先生の作ったものなら全部好きだから。それに食べ物の好みに階級は関係ありません」

恥ずかしい事を言われている気はしたが、嬉しかったのでカカシの唇にちゅっとキスをした。

すぐに離したけど、カカシに追われて逃げ切れずに唇を重ねられた。

口内を自分勝手に動き回るカカシの舌は、巧みな動きでイルカの舌を探知し深く絡まってくる。

クチャクチャと、いやらしい音がする。

それにすら性感を刺激され、体が震えた。

「っん、カカシっ先生…はっ…」

「イルカ先生…」

カカシがお手上げだと言わんばかりに両手を挙げ、突っ伏して倒れ込んできた。

「…あなた自身が一番の好物みたい…」

「あの、み、味噌汁、作りますから、どいてくれませんか」

この状況を何とかしたくて、苦しい言い訳で逃げる。

目が泳いでしまうのは見過ごしてほしい。

「仕方ないですね」

布団からもぞもぞ出て、一度カカシに視線を投げてからベットを降りた。

もう一度振り返り、昨日の早とちりを少し後悔した。

このベットで自分達以外の他の誰かが眠っただなんて、思い込みにも度があるだろうと自嘲気味に笑った。

「茄子はないですけど、豆腐と油揚げならあります。俺は豆腐の入った味噌汁なら何でも好きなんですけど、カカシ先生はお嫌いですか?」

「イルカ先生が好きなもので、オレの嫌いなものなんてありません」

「そ、そうですか」

「だって、イルカ先生オレの事好きでしょ?オレもイルカ先生に好かれてる自分が好きだもん」

俺だって、と言おうとしたが馬鹿馬鹿しくてやめた。

お互いにそんな事を言い合うなんて本当に馬鹿馬鹿しい。

「俺は鰹出汁に白味噌と赤味噌の混合味噌を溶くのが好きで…」













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2003.01.19