ナルトと夕飯を終え、今日は泊りたいというので、イルカのベットの横に来客用の布団を敷いた。
イルカが明日の準備をしていると、風呂から出たナルトが目を擦ってやってきた。
「ちゃんと髪乾かしたか?」
「う〜ん…」
イルカがタオルを取り、ナルトの頭をガシガシ拭った。
「イルカ先生〜、おやすみー」
下忍になっても変わらないナルトに、目が勝手に綻ぶ。
「うん。おやすみ」
ナルトが寝室に入っていった。


今日はナルトに来てもらってよかった。
一人では食事をする気にもならなかったかもしれない。
窓から外を見ると、昨日と大差無い月が、植物達に柔らかく明かりを落としていた。
そのまま月を見つめていたら、昨夜は乱暴されそうになり、今日は厭味を言ってきた上忍の顔が浮かんできた。
鼻が掠るほど傍に来た、色白の上忍。
額当ても口布も外した素顔は、息を飲むほど整っていた。
人目を惹く、くっきりした二重に筋の通った高い鼻。
実力も名声も容姿もなんだって揃っている彼が何故、一介の中忍にあのような嫌がらせをするのか。
真意は全く不明だ。
「…恐かったんだよ…」
何気なく呟いた言葉。
力の差は歴然だし、初対面は苦手だし、いまいち掴み所がない性格だし。
言葉を交わす毎に不信感は募った。
だから酒が得意でなくても、弱点を晒すのは嫌でちびちび嘗めるように飲んでいったのだ。
「…っ」
急に、昨夜の抗う事も出来ない絶対的な力が蘇ってきた。

嫌なら考えなければいい。

でもそれが出来ない。
今のようにふとした拍子に思い出してしまう。
「はぁ…」
気を紛らわせるために、ナルトの寝顔を見に行く事にした。
するとナルトはせっかく敷いてやった客用布団には寝ずに、イルカのベットに横になっていた。
それを見て、ふと思い出した。
そういえば。
自分も幼い頃一人寝が淋しくて、誰もいないのに自分のベットの横に布団を一組敷いて寝たっけ。
それで朝起きて、ドキッとした覚えがある。
期待と絶望が一瞬に。
小さい頃は仕方なかっただろうと、今になって苦笑するが、胸の奥ではまだチクっとした。
本当はあの頃と何も変わっていないのだ。
変わるのはイルカを取り囲む環境と成長する己の身体。
心はまだまだ小さいままで。
心も大人になっていたら、カカシのことだって、とるに足らない出来事で『こんなものか』と済ませたのだろう。
そして、気付く。
思考はまたカカシに戻ってしまっている。
意識して気を逸らすなんて器用なことを、単純で一本気な自分にこなせるわけがないのだ。

トントン…

突然、玄関から遠慮がちなノックが聞こえた。
こんな時間に誰だろうと、気を巡らせた。
…カカシだ。
また何かを言いに来たのだろうか。それとも今度こそ力尽くで…。
中で大人しくしていたら、そのうち諦めて帰ってくれるかもしれない。
いくら上忍でも、中忍のプライバシーまでは侵害できないはずだ。
しかし、わかっていても体が震えた。
また、トントン、と聞こえた。
恐怖で鳥肌が立つ。
「イルカ先生、いませんか?」
声は穏やかのようで、少し安心した。
そしてまたノックの音。
もしかしたら、急に任務が入って、それをナルトに伝えに来たのかもしれない。
「イルカ先生?」
部屋の明かりが点いているので、自分が中にいるのはばれているだろう。
緊張しながらも、身構えてからドアを開ける事にした。
鍵を開けるガチャ、という音に体がびくりとする。
「イルカ先生…」

カカシはイルカに対する全てに於いて、素直で誠実な気持ちを携えて、ここへ来ていた。
それこそ、カカシの26年分の人生を賭ける覚悟で。
自身を晒すために、口布も額当ても外して。
「何か、ご用ですか」
イルカが感情を押し殺した声を出した。
シャワーを浴びて、新しい忍服を身につけて、まさに今が、カカシにとって男としての正念場だった。

「今夜はナルトが泊っています」
イルカは乱暴されない為の保険と、ナルトに用があるのならここにいるという意味を込めて言った。
「え?ナルト?」
如何にも関係無いという言い方に、イルカの緊張感が増した。では何をしに来たのか。
「あの、…体の方は大丈夫ですか…?」
「…は?」
よくわからない。
「昨日は申し訳ありませんでした…」
「え…」
「謝りに来ました。昨日の事と今日の事」
真剣な顔をしているカカシは真面目に話をしているようだった。
「昨日は無理矢理あんなことをしてしまって申し訳ありませんでした。今日はあんな厭味を言ってごめんなさい」
罪悪感で苦しいのか、自己嫌悪で苦しいのか、カカシが眉間に皺を寄せた。
「受付であなたの笑顔を向けられていたナルトに嫉妬しました」
玄関からスーと風が通り、カカシから石鹸の香りがした。
「嫉妬…」
「はい。…あなたが好きなんです」
カカシが一歩前に出て、イルカに近づいた。
カカシの手がイルカの手を取った。
「っ…!」
それを振り払い、イルカは怖くなって、その場に蹲ってしまった。
「す、すいませんっ、イルカ先生っ。ごめんなさいっ」
それでも膝を抱えているイルカに、カカシは何度も詫びを入れた。
その声の優しさに、思わず顔を上げるとカカシがホッとしたような顔をした。

「もう二度と乱暴な事はしないと誓いますから」

真摯な声に、信用してみようかと、気持ちが動いた。
「イルカ先生にお願いがあるんです。ほんの少しでいいので…」
カカシが躊躇いながらも続けた。
「時々、一緒に食事をしたり、出掛けたり…」
カカシが何を言いたいのかわからないまま、次の言葉を待った。

「…友達のように…付き合ってもらえませんか…?」

『友達』というところで突っ掛かったようだが、カカシが緊張した面持ちでこちらを見つめてきた。
返事を待っているようだった。
「…どうしたんですか…」
逆にイルカから質問を返した。
見下ろしていたカカシと向かい合うために立ち上がる。
「昨日、突然声を掛けてきて、暴れたと思ったら今度は友達になってくれ、ですか」
イルカの自衛本能が働いて、身を守るように腕を組んだ。
「あなたが何を考えているのか、よくわかりません」
声が震えないように気を張った。
カカシは希望を失ったような顔をした。
「すいません。オレ…あなたが好きなんです。人に指摘されるまで気付かなかったんですが…」
カカシの声が絞り出したような声だったので、イルカは悪い事をした気になった。
昨日の事だって未遂に終わったわけだし、女性と違って自分は男だ。
あんな事があったって、自分に好意を持ってくれている人を蔑ろにするわけにはいかない。
そう思ったら、気分が一気に軽くなった。

「わかりました。もう絶対にあんな事をしないのなら」

「え…?いいんですか?!」
カカシが驚いて大声を出した。
「し、静かにして下さいっ。ナルトが寝てるんですっ」
イルカは声を潜めてカカシを窘めた。
カカシの頬は少し紅くなり、目をキラキラさせた。
「ごめんなさい、イルカ先生。でも、オレ、嬉しくって」
そんなカカシを見てイルカは苦笑した。

この関係の到達点はどうなるのか。
それを思うと、イルカはこれから先が、少しだけ楽しみになった。















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2002.09.07