イルカが布団での続きに付き合ってくれて、今朝は珍しく目覚めもよく。 緩くイルカを揺すり、顔のあちこちにキスをして目を覚まさせた。 浴衣の襟から覗く胸板には昨夜の名残。 男として誇らしいそれは、起き上がりがけに襟を正したイルカに隠されてしまった。 だが、寝乱れた浴衣を直すのも、また趣があってよいと思った。 伸びをするイルカの横に立ち上がる。 上機嫌でイルカの手を引き、明るい風呂場へ連れていった。 まさに旬、真っ只中。 山の斜面がきれいに色付いて本当に綺麗だ。 「…自然って、すごいです」 「綺麗ですよね」 昨夜の雨と今日の朝露でしっとりしている木々は生き生きして見えた。 太陽の光が反射して眩しい。 「あ!カカシ先生!熊が木に登ってますよ!」 イルカの指差した方には、たしかに黒い熊がおり、黄色く紅葉した木に登っていた。 イルカの目がキラキラしている。 もっと喜んでほしくて場所を変える事にした。 足早に卓球台があった遊戯場へと引っ張っていく。 エレベーターを待つ時間も惜しくてイルカの手をぎゅっと握った。 「ぷっ。どうしたんですか、そんなに焦って」 くすくす笑う声がした。 無人のエレベーターに乗り込む。 「今に見ていなさい」 目指すは最上階。 早く、早く、と心で念じる。 ガーっという扉の開く機械音の後、イルカは言葉を失った。 「…」 眼前180度に広がったパノラマ。 たどたどしくイルカが前進する。 そこから目が離せないようだった。 「…」 イルカが窓に貼りついた。 昨夜は暗くてわからなかったが、ここからは海も臨めた。 呆けるイルカと肩を並べる。 瞬き一つせず、ただ外を凝視している。 海の青と山々の赤、黄、緑、茶。 カカシ自身、ここまで迫力があるとは思わなかった。 色の洪水に流されそうだ。 「…参りました…」 最上級の賛辞をもらい、偶然とはいえ、これほど絶景を見せてくれる旅館を調達できた自分を褒めたくなった。 無礼講かなと思い、イルカの腰に手を回した。 抵抗されないのをいい事に、イルカの肩に頭を預ける。 「喜んでもらえて光栄です」 朝の遊戯場は二人だけの隔離された空間となりつつあった。 しかし、そんな幸福な時間ほど脆く儚いもので。 後ろの方から近付いてくる他人の気配によって、イルカから離れることを余儀なくされる。 「はたけ様、うみの様、お食事のご用意が出来ましたので一階、蓮の間までお越し下さい」 昨日の若くて背の低い仲居だった。 喧嘩の火種女。 そんな彼女にイルカは声を掛けた。 「いい景色ですね」 自分なら惚れ直す笑顔をその女に向けた。 なんて勿体無い。 彼女はカカシを一目見てからイルカを見遣り、ありがとうございますと言って下がっていった。 再び二人だけの空間になる。 「イルカ先生、あの仲居、なんて失礼なんでしょうね」 「…ははっ。カカシ先生が好きになったんでしょう」 「それにしても、世辞を言ったあなたを差し置いてオレの方を見るなんて」 「お世辞じゃないです。それに、好きになったらしょうがないんじゃないですか?」 事実と経験上その通りで何も言えなかった。 * * * * * 帰里の道でイルカが立ち止まり、膝を折って何かを拾った。 「おみやげはこれにします」 紅く色づいたモミジの葉を摘まんで、イルカは慎重にポシェットにしまった。 「押し花にして、しおりにして使います」 「あー。イルカ先生だけズルーイ。オレにもお揃いの作って下さいよー」 「あはは」 イルカがもう一枚、紅いモミジを拾った。 その姿を見て、ずっと引っかかっていた事を口にした。 「…スイマセン。凍った滝、見られませんでしたね」 しゃがんだまま、イルカが顔を上げた。 「じゃ、次の時、よろしくお願いします」 アッサリにっこり笑った。 その情景に鳥肌が立つ。 イルカが二人の旅行の土産にとモミジを拾い、次も一緒に行こうと笑顔で言うのだ。 「すごく楽しかったです。ありがとうございました」 「…こ、こちらこそ…」 この感動を上手く伝えられない自分がとてももどかしかった。 |