そのために何日も前から頑張った。

アカデミーは夏休みだし、それぐらいの権利は主張してもいいと思っていた。







7月19日、終業式。

受付所でいつものように報告書に目を通しながら、イルカは午前中に別れた生徒たちの顔を思い浮かべていた。

(あの子は成績が上がって喜んでたなあ…)

(あいつは早速、通信簿の隠し場所を考えてた…)

(あの子は夏休みにおばあちゃん家に行くって騒いで…)

(あいつは初めてキャンプに行くと嬉しそうに…)

知らずに、笑みがもれる。

(みんな、夏休みが楽しみでしょうがないんだな…)

イルカも両親が健在の時は、夏休みが楽しみでしょうがなかった。

だって終業式の次の日はオレの誕生日。

プレゼントは毎年同じものだったが。

でも、父も母も忍だったイルカにとって、とてもとても貴重なプレゼント。

『家族で旅行に行く』

夢のような優しい思い出。

「はい、確かにお受けしました。お疲れ様でした」

意識を現在に戻し、Bランクの任務報告書を持ってきた忍に労いの声を掛けた。

「次の方どうぞ」

「イルカセンセ〜、そんな他人行儀なこと言わないで下さいよ〜」

数日振りに見たカカシの顔に一瞬戸惑いながらも、いつものように微笑んだ。

「す、すいません、カカシ先生」

カカシから分厚い報告書を受け取り、ざっと目を通す。

「これ、二週間前の報告書じゃないですか!しかも七件分!」

カカシが忙しいとはわかっていたものの、それほど立て込んでいたとは思わなった。

自ら進んで任務を受けるような性格ではないと思っていたのだが、改心でもしたのだろうか。

ここ何日か、イルカも学期末でアカデミーが忙しく、受付業務に携わらなかったせいもあり、カカシの顔を見たのは久しぶりで。

忙しくなる前はお互いに声を掛け合い、毎晩のように食事をしたり呑みに行ったりしたのだ。

「イルカ先生最近忙しいみたいだし、全然オレに構ってくれない」

イルカの方が言いたかった、子どものような台詞に、『ああ、いつものカカシ先生だよ…』、とホッとした。

「あはは、そんな事ないですよ。カカシ先生も忙しいみたいだったんで」

忙しさにかまけて忘れていた日常を思い出して、苦笑しながら言った。

「じゃあカカシ先生、今夜食事に付き合って頂けますか?」

いろいろ話を聞きたかった。どうして急に仕事人間になってしまったのか、とか。

当然いつものように微笑み、『喜んで!』、と言ってくれると思っていた。

しかし、少しの間をおいてカカシの口から出てきた言葉は良い返事ではなかった。

「…すいません。イルカ先生とデートしたいのは山々なんですが、実はこれからまた、任務が入ってるんです」

残念とは思ったが、カカシが気を使わないように、それを表情に出さないで言った。

「そうですか。それなら次回は付き合って下さいね。…はい、こちらの報告書はお受けしました。次の任務も頑張って下さい。あと、体には気をつけて」

出来る限りの笑顔を作り、カカシを送り出した。





* * * * *





受付所を出たカカシは本日二件目の任務に向かうため、木の葉の里の入口にある大きな門へと向かっていた。

(はぁ〜。今日もイルカ先生の笑顔は一級品だったな…)

先ほどのイルカの笑顔を思い出し、ため息交じりに苦笑した。

カカシ自身こうなる事ははじめから予想できたものの、イルカとの逢瀬が減っていることには実際参っていた。

カカシが最近、任務に勤しんでいるのには理由があるのだ。



夏休み。



今はこの単語に必死に縋っている…と言ったらよいのだろうか。

カカシはアカデミーが夏休みに入ったら、そこで働く教師たちも子ども達と同じだけ夏休みが取れるものだと決め付けていた。

だから、カカシがいつイルカの家に行ったってイルカに逢えるのだと勝手に勘違いしていたのだ。

つまるところ、カカシの任務がない日を利用して、カカシの都合に合わせて、イルカを旅行に誘おうと企てていたのだ。

まだ雨季のある日、イルカに旅行の話を持ちかた。

いや、正確にはアカデミーの夏休みの話を切り出して出端を挫かれたのだが。

『イルカ先生、アカデミーの夏休みって長いんでしょ?それなら…』

語尾にイルカの言葉が被った。

『え?アカデミーの夏休みですか?そりゃぁ生徒の休みは長いですけど、教員は通常出勤に近いですよ』

『そうなんですか…。それは知らなかったです…』

その会話はそれで終わった。

同時に、カカシの目がほんの一瞬鋭くなった。

それは決心した瞬間だった。

次の日から、カカシは任務を詰め込むようになった。

もちろん、イルカと旅行に行く為の長期休暇を堂々と貰うために。

里に無理強いして休みを取っても、イルカがその事を気にすると思ったからだ。

イルカなら、『里の誇るエリート上忍を個人の都合で拘束するわけにはいきません』とか言いそうだ。

唐突に、少し離れた所にある騒がしい気配を発見した。

二時間遅れで集合場所に着いたカカシをあちらも目聡く見つけ、一層騒がしくなった。

(あ〜あ。イルカ先生ともっと逢えるように下忍の担当辞めようかな…)

頭を過ぎった思考は、しかしすぐに否定された。

ナルトに会わなかったら、イルカ先生と仲良くなれなかったと思う。

サスケが居なかったら、写輪眼の苦悩をささやかながらも分かち合える相手も居なかった。

サクラを知らなかったら、才能に恵まれていないとわかっていても陰で努力するような人間を、認める事が出来なかった。

後ろ向き思考を、なんとか前向きに戻す。

今日の任務はこれで終わって、しばらくしたらイルカとの楽園のような夏期休暇が待っているのだ、と何度目かわからない言葉で自分を励ました。

「おー、今日は三人共早いな〜」

「カカシ先生は遅いってばよ!」

「そうよ!そうよ!」

「遅い…」

カカシにとって本日二件目になる任務は、下忍と共に遂行するDランクの雑作もないものだ。

「ところで、今日の任務はお姫様の送迎だから。ん〜、サクラがお姫様の服を借りてダミーになる、サスケとナルトはその護衛役、でいいか?」

「私、お姫様の服着れるの〜?!うわぁ、楽しみ!しかもサスケ君に守ってもらえるなんてっ」

サクラの目がうっとりと輝きだした。

「オレってば、お姫様の護衛!?なんかかっこいいな〜」

ナルトはガッツポーズで頑張るってばよ!と咆えた。

「おい、上忍、依頼状況を教えろ」

ままごとの延長なのか、とサスケは聞きたがっているようだった。

「親バカな両親が近所のガキ共から守って下さい、だと。ガキ共が姫にちょっかい出して困ってるらしい。サクラの乗った籠と姫の乗った籠を並行して走らせて、ガキ共を錯乱させるだけ〜。怖い事はないから安心しな」

サスケは腕を組んだまま、けっ、と言ってナルトとサクラに目を向けた。

「じゃ、行こうか」

カカシ達四人は、里の郊外に建っている城へと歩き出した。





夕方になって下忍達との任務を終え、やっとカカシは自宅に帰り着いた。

ドアを開け、嫌でも目に入ってくる、散らかった報告書を見てうんざりする。

「この書類の山、どうにかなんないかね…」

さっきイルカに提出してきた報告書は二週間前の分だったので、それから後の二週間分の報告書が溜まっているのだ。

今日の午前にやったBランクの報告書と、午後にやったDランクの報告書で、また、未記入書類が増えてしまった。

「まっ、明後日は休みだし、一日でまとめてやりゃいいな。だから今日はもう寝よ」

少しは仮眠しておきたかった。

今日の日付が変わる前ぐらいの時間から、単独でAランクの任務に出掛けなくてはいけない。

要人の暗殺。そんなもの現役暗部に回して欲しかったが、長期休暇を取りたい下心があるため大人しく従った。

要人というだけあって、その警備を切り抜けるには手間が掛かりそうだ。

なんとか明日の昼頃には帰ってこられるといいのだが。午後には、また、下忍達と任務がある。

(明日はイルカ先生に逢えそうにないなぁ…)

がっくり肩を落としたまま眠りについた。





深夜に出発したカカシは、難無く建物に潜入した。

周囲の状況は既に把握済みだったが、想像していたよりも警備が堅そうで、厄介事はまた俺か、と心の中で悪態をついた。





7月20日、15時40分。

返り血が付いた服を投げ、カカシは忙しなくシャワーを浴びていた。

12時集合で下忍達との待ち合わせがあったからだ。

ふと鏡を見ると、本人さえ気付かなかった小さな傷や痣が体中に出来ていた。

既存のチャクラでは修復しきれなかった分だ。

流石に、どこぞのお偉いさんだけあって、警備の人数も百数十はあった。

ほとんどが雑魚だったが、幾らか骨のあるヤツもおり、そいつ等のせいで帰里が遅れた。

(オレの体に付いた傷って、イルカ先生が嫌がるんだよな)

イルカという人物は自分の傷には無頓着なくせに、カカシなど他人に出来た傷にはひどく反応を示す。

カカシの場合は、上忍が傷を受けるほどの作業が伴った、ということが解っているからだ。

ナルトについては体の傷だけでなく、心に出来た傷まで見透かしてしまうほど。





バスルームから出ると、タオルを腰に巻き、きれいな服を探した。

大雑把に髪を拭き、気合を入れるために瞼を閉じる。

浮かべるのはもちろんあの笑顔。





「じゃぁ、下忍達と戯れに行くか」

一瞬で『カカシ先生』の顔に戻る。

下忍達か…。

そういえば、あいつ等の夏休みってどうするんだ?上司の俺が決めていいのか?

「ま、火影の爺さんに聞いてみるか」

忍歴は長いくせに、カカシは下忍を担当したのは初めてなので、知っていて当然の知識が欠落しているのだ。

それを逆手に取り、イルカから教えを請い、話すきっかけを作っているというのもあるが。

カカシ自身、そんな些細なことでもイルカの為に一生懸命になる自分を知ると、それだけで幸せを実感する。

「逢いたいな…」

小さな呟きは誰にも届かず、カカシの中だけで静かに消えていった。





「カカシ先生!遅いってばよ!」

「そうよ!今日は12時に集合って言ったじゃない!」

カカシは左手で頬を掻いた。

「予定では12時頃に着くはずだったよ」

暗殺にてこずり三時間遅れたのだ。

「…」

サスケは何かを感じ取り、眉間に皺を寄せている。

(血の匂いに気付いたのか)

すると、騒いでいたナルトもおとなしくなった。

サクラだけが二人の様子に戸惑っている。

「さて、ここで朗報です」

カカシは三人三様の反応を示す下忍達に目をやり、小さく苦笑した。

「お前等の夏休みは、今、俺の手に握られています」

ナルトとサクラは目つきが変わった。サスケも別の意味で目つきが変わった。

「夏休み?!下忍てば、夏休みあんの?!」

「下忍でも夏休みってもらえるのね?!」

「休みなんて要らない。任務をやらせろ」

さっき火影の爺さんに聞きに行ったら、あっさり言われたのだ。

『直属の部下の体調管理も仕事の内じゃ』

『お前が必要だと思うなら、連休を取らせるのもいいじゃろう』

それからラッキーな事に、こんな事も言われた。

『今日予定していた任務は無期限延期になった。次の任務も未定じゃ。折角じゃ、しばらく長期演習をさせてみるのもいいのじゃないかのう』

その言葉を自分に都合のいいように解釈させてもらう事にした。

「ははは。まぁ、聞けよ。今日はそんなお前等に特別演習を用意したから」

「「えっ?」」

ナルトとサクラの言葉が重なり、サスケはカカシにチラッと目を向けた。

「第十六演習場で二週間キャンプ。まっ、親睦会も兼ねての楽しいサバイバルだ。それが終わったら二週間夏休みをやる」

「うおー!サクラちゃんとキャンプだってばよ!」

「キャー!サスケ君と二週間も一緒に生活できるのねっ!」

「おい、聞いてんのか。休みなんて要らないから、もっと任務をやらせろって」

三人が三様の反応を示すのでおもしろい。

うち二人はふとどきにも任務の事など忘れてやがるが。

「いいか、遊びじゃないんだぞ?これからの任務は野営や野宿で過ごすのが増えるんだ。あの演習場は夜行性の肉食獣もいる。しっかりやって来い。あとサスケ、忍にとって休息を取る事も自己管理の一つだ」

下忍達に釘を刺す。

(なんか先生らしくなってきたなぁ。これもイルカ先生の影響かな)

「今日は夕方まで俺が基本的な事を教えるから、出来るだけ頭と体で覚えること」

じゃぁ行くぞ、と続け演習場に向かう。

三人は真面目な顔で話をするカカシの下心に気付くことなく、上司の言葉に従ったのだった。





下忍達を演習場へ閉じ込めて家に帰って来た。

「これでナルトにも邪魔されずに、イルカ先生と二人っきりで出掛けられるな」

だらしなく下がった顔は、しかしながら自宅の現状を見るなり一変した。

「まず、これから片付けないと」

未記入書類の山。

これを綺麗にするために、明日丸一日休みを取ったんだ。

「今日はゆっくり寝て、明日の昼から集中してやれば、すぐに片付くよな」

そう言うとカカシは疲れた体をベットに沈め、意識を失った。





7月21日、14時00分。

久しぶりにゆっくり眠り、気付くと20時間も経っていた。いや、20時間で済んだ事に驚くべきか。

そしてやはり、何週ぶりかの休日をイルカと過ごしたい気持ちは溢れんばかりに湧いてしまっていた。

しかし、未記入の報告書の山がカカシの思いにブレーキをかける。

「今日一日で必ず終わらーす!エリート忍者・はたけカカシなら必ず!!」

カカシは無理矢理だが自身を奮い立たせ、ペンを握る手に神経を集中した。















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2002.08.31