小さな子ども達の顔が強張っている。

「入学おめでとう。君達は里の未来の姿じゃ。心して励むがよい」

イルカが立ち会うのは五度目の入学式。

普段はうるさいぐらいの子達が厳かな火影の挨拶のおかげで大人しく座っている。

「では、担任の紹介をする。春組担任、むらさきカエデ。夏組担任、うみの…」

忍の卵達が思い思いに声を上げた。







「イルカ先生、おはようございます!」

今年は一クラス二十人で編成された。

一人一人の能力は書類上でしかわからないが、大差はなかった。

しかし、目立つ子なら何人かいた。

内に妖孤を秘めた、うずまきナルト。

うちは一族の末裔、うちはサスケ。

正直、これからの成長が楽しみだ。

「うん!みんな元気そうだな!」

一人ずつ顔を確かめる。

すると、何故か顔を半分隠した子が、やたらこちらに存在を主張してきた。

(なんだろう…?)

そして、目を合わせると妖しげに笑った。

それはたった一瞬だったが、背中に悪寒が走る。

「じゃ、自己紹介から!」

平静を装って言ったが、悔しさが残る。

まさか、入学したての生徒の威嚇に動揺するとは。

いきなり問題児か?と苦笑する。

後々考えれば、苦笑で済んでいる内は可愛かったかもしれない。







髪の色素が薄く、時に銀色に輝くその少年は、第一印象の通り問題児だった。

名前は、はたのアカシ。

身長128cm。

体重22kg。

特徴は、赤い瞳と青い瞳、左目に傷がある、重そうな二重目蓋、ひどい猫背。

性格は、…掴みきれない。

協調性がないわけではないが、徒党を組もうとはしない。

自主性がないわけではないが、たまにアカデミーを休む。四、五日来ないこともある。

身のこなしは俊敏。

知識は豊富。

状況判断も早い。

だが、時々間の抜けた事をしてイルカを心配させる。

普段が優秀なだけに、そのギャップに戸惑いを隠せなかった。

この前などは、掃除のために重ねた机を一気に運ぼうとして躓き、危うく複数の怪我人を出すところだった。







行事やオリエンテーションによって、一人一人がクラスに馴染んできた頃。

外は初夏を思わせる南風が校庭を過ぎ。

イルカは久しぶりに受付業務を頼まれた。

担任を持つ前は頻繁にやっていて、流れ作業のようになっている感もあったのだが、暫しのブランクのおかげで思い出しながらの丁寧な作業となった。

「えーと、こちらの人数には下忍からの応援も含まれていますか?」

一応の確認で尋ねる。

「入ってますよ。もちろん、監督した俺の分もね」

「そうでしたか。失礼しました。では、確かに受理致します。お疲れ様でした」

「はい、お疲れ様。ところでイルカ先生、今度一緒に飲みにでも行きませんか」

「……」

他の人に話し掛けているのかと思い、一瞬無視してしまったが、自分の名が入っていたことに気付き慌てて聞き返した。

「はい…?何でしょう?」

改めて顔を上げると、見た事もない上忍が微笑み掛けてきた。

連られて無意識に微笑み返すと、その上忍の笑みが一層深くなった。

「ね!決まりだ!何時にします?今夜でもいいですよ!」

名前も知らない上忍から説教を受ける謂れはなくて、わざと訝しむように言った。

「はぁ…。今夜ですか…?」

顔の七、八割は黒いもので覆われてるくせに、髪は銀色で明るい。

(んー・・・、こんな人知ってたかなぁ…?)

知っているような、知らないような…。

自分の曖昧な記憶を疑って、報告書の署名欄にちらっと目をやる。

(はたけカカシ…)

初めて聞く名前だが。

もし面識のある方だったら、かなり失礼な事になるだろうから無碍に断ることもできない。

「ま、細かい話は今夜という事で!じゃぁ、イルカ先生の仕事が終わる頃、アカデミーの職員室に迎えに行きますから!」

「え?あの…」

『はたけカカシ』は言いたい事だけ言ってボフンと消えた。

少し急いでいるようでもあった。

いまいち掴めない状況。

しかし受付には続々と忍が集まってくる。

早く勘を取り戻さないと、また残業になってしまう。

「これ、お願いします」

「あ、はい。…えーと、次からここの処置の欄に『無事完了』と記入して下さいね。今回は私の方で入れておきますので」

「あ、スンマセン」

見るからに新人の中忍が、照れたように頭を掻いた。

そして恥ずかしそうに一礼して部屋を出ていった。

「おい、イルカ、そろそろ演習の時間じゃないかー?」

自分の新人時代を思い出し物思いに耽っていると、同僚の声で現実に引き戻された。

「えっ、もうそんな時間か?!」

前後左右を見回し時計を探す。

窓側にある時計が漸く視界に入った。

「ホントだ!悪いけど、あと頼む!」

確認し、早々と受付を後にした。







生徒達と現地集合の第二演習場。

生き生きした植物が、心地の良い爽やかな風を受けて揺らめいている。

「みんな集まってるかー!」

ばらけている子ども達を呼び寄せる。

「…二十一人いるぞ!誰だ!ふざけてる奴は!」

すると、目の前にいた金髪の少年からボフンと音がした。

「へっへー!イルカ先生!オレだってばよ!」

うずまきナルトが得意気に大声を出した。

「コラー!ナルト!悪い子は居残りで草むしりだ!」

「ええー」

「文句言うな!」

「へへっ」

ナルトがはにかんで、鼻の下を人差し指で擦る。

「ったく…。みんなも悪いことしたら居残りだからな」

腰に手を当て、子ども一人ずつと目を合わせていく。

「じゃ、演習の内容を説明するぞ」

一勢に注目が集まった。

中々いい反応だった。

「簡単に言うと、鬼ごっこと隠れんぼだ」

鬼に触られたり、見つかったら負け。ただし一対一でやる。

「本気でやらないと後悔するからな」

にっと含み笑って、何かあることを印象付ける。

テキトーに遊びでやっている生徒がいたら、ナルト同様、居残りで草むしりをさせるのだ。

「みんな、近くの人と二人組になって」

騒めきながらも仲良くペアが出来上がった。

「先生は全員見てるからなー。ズルした人はすぐわかるぞ!はい、スタート!」

ばーっと駆け出す生徒達。

「ふう…」

一息吐いた。

屋外演習は参加者全員の気配を、漏れなく感じていなければならないので教師は気が抜けないのだ。

里の未来を担う子ども達を失わないように。

(まずは問題児から見ていくか)

やはり気になるのはサスケ・ナルトペアだ。

意外だと思ったが、お互いに違う意味で目立つ者同士、成り行きで組むことになった可能性がある。

(お、サスケ発見。オニはナルトか)

ナルトはなかなか苦戦しているようだった。サスケは余裕で隠れている。

だが、サスケの注意がイルカの方に向いた一瞬、彼が木から落ちた。

「ぷっ、なんだ?」

苦笑する。

もちろんナルトに見つかり、サスケは不貞腐れていた。

アカデミー生に気付かれてしまうほど、たるんでいた自分を戒めつつ、次へと移って行った。







順調に進み、九組目のペアを見ている時、事件は起こった。

ジンとコウという、元気で負けず嫌いのペアだ。

崖の側面にあるちょっとした出っ張りに、膝を抱えて丸くなったコウが隠れていた。

ジンは崖の上で、気配はすれど姿が見えないコウを一生懸命に探している。

何か閃いたジンが崖を覗いた。

するとすぐにコウが見つかり、オニを交代しようとお互いに手を伸ばした。

その時。

突然上にいたジンの地面が崩れ、ジンごと落下したのだ。

コウは繋いだジンの右手を必死に掴んで離さんとしている。

「誰かー!ジンが落ちちゃうよー!」

コウが叫ぶと、近くにいたペアが助けに来た。

三人が協力してジンを助けようとしている。

だが上手くいかず、コウまで宙吊りになってしまった。

ズルズルともう一人まで落ちそうになり、そろそろ出場しようかと思い声を掛けた。

「大丈夫かー」

四人全員の視線がイルカに集中する。

途端に安堵の表情を作る。

その気の弛みで三人目が宙吊りになり、一人で三人を引っ張る形になり最後の一人までも落ちそうになった。

(やばっ…!)

一瞬で移動し、すぐに手を差し出す。

イルカの片腕で子ども四人を持ち上げるのは少々きつかったが、なんとか力を込める。

「落ち着くんだぞ。先生がいるからな」

自分にも言い聞かすが、肩や背中がぴきぴきと音をたてる。

「!…よし!」

目に涙を溜めている子を見て奮起し、一気に引き上げた。

「大丈夫か?…っう」

努めて優しく言った。が。

「…?イルカ先生、大丈夫?」

痛みをやり過ごすための呻き声を聞かれてしまい、逆に聞き返された。

「俺は大丈夫だから、一本杉の下にみんなを集めといてくれるか」

今回のことを教訓にするために。

「うん、わかった」

四人が頷いたのを確認して言った。

「よろしくな」

にっと笑ったら、子どもたちが散々に駆け出していった。

「いたたた…」

鎖骨にひびが入り、上腕の筋が伸びているのがわかった。頬には擦り傷。

とりあえず、包帯と添え木で応急処置をする。

「出血がなくてよかった」

大量の血を見たら昏倒する子がいるかもしれないから。

頬に出血があったが、こんなものは転んだ時と大差ない。

呼吸を整えて動き出そうとした。

「イルカ先生!大丈夫〜〜?」

いつの間にかアカシが傍にいた。

本当に心配した顔をしていて、おもわず吹き出した。

「大丈夫だよ。そんなに心配すんな」

「イルカ先生〜〜〜」

細い体でイルカにしがみ付く。

左手で頭を撫でてやると、アカシが顔を擦り寄せてきた。

安心させようと背中をポンポンたたく。

「…?」

と、頬にざらついた感触。

アカシがイルカの頬を舐めたのだ。

「大丈夫だよ…」

それが、たった一人の肉親を大切にする仕草に見えて同情を誘う。

アカシに家族はいないから。

「行こう、イルカ先生。足元気をつけて」

こんな幼い子に気を使わせてしまって情けない。

「ああ」







全員集合した丘で、ささやかにお説教をしたら数人が涙ぐんでいた。

みんな真剣に話を聞いてくれた。

どんな場所でも危険が潜んでいることを身を以て知ったんだと思う。

その間中ずっとアカシが心配そうに見つめてきたので、安心させるために何度も微笑を送った。

「じゃぁ、今日は解散。みんな気をつけて帰れよー」

元気にさよならを言い、去っていく子ども達。

一人を除いて。

「オレ、親しい大人ってイルカ先生しかいないから、その…心配で…」

はにかんで言う様が可愛くて、優しく頭を撫でた。

「よしよし。…本当に大丈夫だから」

アカシはばっと上向き、意志の堅い目で言った。

「オレ、イルカ先生の家で看病する。今日だけでも!」

「悪い、今日は約束があるからダメなんだ」

カカシとのことを口実にアカシに諦めてほしかった。

最近のアカシはやたらイルカの傍に居たがっていて。

実は前々から思っていた事だが、特にアカシのように才能のある子どもには、依存癖など持たせたくなかった。

「今度一緒にメシでも食おう。奢ってやるから」

散々駄々を捏ねたアカシが、その言葉を聞いてあっさり退いた。

「そっか!先約があったんだ!じゃ仕方ない。けど絶対メシ奢ってよ!」

「約束だ」

急に嬉々としたアカシに疑問が浮かんだが、まあいいかと流すことにした。

「うん!さよなら、イルカ先生!」

「はい。さようなら」

アカシは地平線に吸い込まれるように走っていった。







保健室に寄ってから教員室に戻り、屋外演習レポートを記入しながらイルカは少し悩んでいた。

アカシにああ言った手前、カカシとの不毛な飲み会に付き合わなければならない。

本心では、早く帰って休みたいのだが。

そうだ、怪我をしたことを伝えれば何とかなるかもしれない。

一つため息をついた。

「ふぅー。…あたた」

ひじが棚の隅にかっすった。

「イルカ先生!!大丈夫ですかー?!」

後ろから大声が聞こえた。

「…?」

「オレ、怪我したって聞いて」

もう知っているのか。なら話は早い。

「そうなんですよ。だから今日の飲みに行く話はなかったこと…」

「看病しますからイルカ先生の家に行きましょう!」

「えっ?!なっ…」

またわけのわからない方向へ進んでしまった。

「上忍の方にそんな!とんでもないです!」

手と首をぶんぶん振った。

「怪我なんて体力使わないように寝てれば直りますから」

見ず知らずの上司に看病なんてと思い、頑なに拒んだ。













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2002.08.31