「…チッ…」 「はぁ〜…」 さっきから何度も繰り返される舌打ちとため息。 「この差別は何かね…」 アカシとカカシ。ただ大人と子どもの違いなだけなのにイルカの態度の違いは何なのだと。 先生という職業柄、子どもに優しいのはわかる。 しかし彼は上忍に対して、あたかも成人君子のような理想を掲げている。 カカシだってイルカと同じ一人の人間なのに。 上忍の任務でアカデミーを休まなければならないときだって、隠してはいるがイルカに心配を掛けてはいないかとハラハラしている。 こんなことを知ったらイルカはどう思うだろう。 どうせ詮無い事を考えてもしょうがないとはわかっている。 ま、教師と生徒という関係が続く限り少なくとも嫌われることはないと、少しでも楽天的に考えるようにした。 一学期の中間試験の時期になると、アカシとイルカは兄弟か親子のような関係になっていた。 食事をしたり、同じ布団で寝たり。 アカシでいるときは、当然イルカもガードが緩い。 カカシ姿の扱いは依然変化がないが。 かろうじて受付で世間話をする間柄に進展したというところか。 にもかかわらず、イルカはまだアカシとカカシが同一人物であることに気付いていない。 以前こんなことを言われた。 『はたけ先生にお子さんはいらっしゃいますか?例えば、言い方は悪いですが隠し子も含めて』 真剣な顔で言うので笑うに笑えなかった。 それにしても『隠し子』には参った。 そんな種馬のように見えるのだろうか。 今度直接聞いてみるか。 もちろんアカシの姿で。 今日もイルカのところへ遊びに行く予定になっていた。 実はカカシは何かにつけてアカシになり、イルカの元へ通っていたのだ。 そのうち口実がなくても気軽に行き来できる関係になった。 些細な事かもしれないが、カカシにとっては噛み締めるたびに踊り出しそうなくらい嬉しいことだった。 * * * * * カカシに確認は取れなかったが、アカシに親戚がいる可能性が見えてきた。 寂しがり屋のくせに、それを感じさせない大人っぽさがある不思議な子。 自分などが親代わりでは、才能溢れる彼に失礼な気がしていた。 それともう一つ。 彼を知れば知るほど感じていることがあった。 『こんなところで足踏みしているのは勿体無い』 教師生活をしてきて初めてエリートになれると確信できる子に出会った。 折角仲良くなれて、自分で言うのもなんだがアカシにもイルカという信頼できる大人ができて。 そんな矢先に幼いアカシに別れを告げるのは少々酷かとも思うのだが、本当にこれは彼を思っての決断だった。 「イルカ先生!こんばんはー!」 心を決めて、アカシを部屋へ迎え入れた。 「なんか飲むか?たまには牛乳とか」 少し意地悪してみる。 「ええー!牛乳なんていらないよ!お茶でいい!お茶で!」 この子は若いのにお茶が好きなのだ。嫌いなのは牛乳。 飲み物のリクエストは決まって緑茶。 聞くたびに苦笑する。 「はいはい」 お茶の入った急須と湯のみを盆に載せてテーブルへ。 「お前ってホント変わってるよなー。ナルトとはまた違った意味で」 ナルトの名を出した途端、不機嫌な顔をするのだ。 子どもらしい可愛いやきもち。 「ナルトなんていいじゃん。それよりイルカ先生!カカシ上忍って知ってる?どんな人?」 カカシの名が出てきて、本来の目的を思い出した。 「ああ、変わった人だよ。少しアカシに似てるかな。もしかしたら親戚かもしれないぞ」 冗談混じりに言ったらアカシが複雑な顔をした。 「それだけ?」 アカシが物足りなさ気に言う。 「エ、エリートなんでしょ?もっとさぁ、身のこなしがしなやかとか顔がカッコイイとかないの?」 妙なことを聞いてくる。 しかも、少し恥ずかしそうに。 「んー、仕事してる姿見たことないからなぁ。あと、顔もほとんど隠れててよくわからないんだ」 「あ、そう…」 それ以上カカシの話は出てこなかった。 「ところでアカシ」 和やかな雰囲気になったので本題にかかる。 「もっと強くなりたくないか」 できるだけ穏やかに。 「早く一人前になりたくないか」 できるだけ優しく。 「アカデミーを辞めなさい」 「えっ」 こんな所で燻っているのは勿体ないと思っていた。 「やです。なんでそんなこと…」 戸惑いながらアカシが見つめてくる。 「イルカ先生!」 特別な教育を受けられる環境に置いてあげた方が本人の為にも良いと。 「アカシがその気になればエリートにだって暗部にだってなれる」 珍しく感情的になるアカシだったが、イルカは努めて冷静な態度を崩さなかった。 「手続きは俺がやるから」 「イルカ先生…!。オレを見捨てないでよ…!」 アカシの懸命さに涙が湧く。 「折角仲良くなれたのに…」 俯いた所為でアカシの声が籠もる。 泣いているのかと頬に手を伸ばした。 「泣くな。先生も淋しいんだから…」 湿った雰囲気に耐えられず、涙が零れた。 「…?…」 アカシがイルカの手首を強く掴んだ。 なんだろうと思って顔を上げ、改めてアカシを見ると泣いてなどいなかった。 「イルカ先生と二人っきりなの、すごく楽しかったんですよ」 掴まれた手にキスをされた。 「なっ…」 腕を引っ張られてバランスを崩してしまい、アカシに顔を埋め、あまつさえ抱き留められる格好になる。 「もういいや。これだけ親密になれたからバラしちゃいますけど」 ふっ、と一瞬アカシの力が弱まったと思ったら、さっきよりしっかり抱き込まれた。 「……」 心なしか体ががっちりしているような気がして、顔を上げた。 「…っはたけ先生!?」 混乱。 「ま、こういうことです」 急いで体を離そうと腕を突っ張るが微動だにしない。 「あなたがアカシだったんですか?!どうして?!子どもに変化して私をからかってたんですか?!」 怒りが込み上げてきた。 「上忍が子どもなんだから、そりゃ能力が高くて当たり前だ!まんまと騙されてる俺は、さぞ滑稽だったでしょうね!」 アカシのことを本気で考えていたのに。 何なんだ一体。 「…私はあなたに何かしましたか…」 なんだか急に落ち込んできて、声のトーンが下がる。 泣きそうだ。 この上忍は、下位の忍になら何をしてもいいと思っているのだろうか。 「イルカ先生の笑顔…、独り占めしたかったんです」 カカシが耳元で囁く。 「ねぇイルカ先生、カカシって呼んでよ」 イルカは唇を噛む。 「泣かないで…」 背中を優しく撫でられる。 「アカシの『ア』を『カ』に替えるだけでいいんだから、カカシって呼んでよ…イルカ先生」 「…どうして私のこと騙したんですか?」 「騙すつもりなんてありませんでした」 普段見せない真剣な表情に目が釘付けになる。 そして唐突に場違いなことを聞いてきた。 「イルカ先生にとって上忍とは何ですか?」 「…優秀な忍で…憧れで…」 「上忍だって貴方と同じ人間で、男なんです。恋だってする」 カカシがイルカの頬を両手で挟んだ。 「何故アカシになったのかと聞きましたね?」 誠実過ぎて目が離せない。 「俺は好きな人と出来る限り共に在りたい」 まるで口説き文句のようだと思った。 「イルカ先生が好きです。大人のアカシじゃ駄目ですか?」 子どもっぽいところは余り変わってないかもしれませんが…と続けた。 カカシの言葉を深く理解しないようにする事で、なんとか気を取り直す。 「カ、カカシ先生、は、まだアカデミー生を続けるんですか?もし急にアカシがいなくなったら、クラスメイトが心配します」 初めてカカシと呼びかけて、少し恥ずかしくなり目を伏せて、無理矢理話をはぐらかした。 当然気付いているカカシだが、一拍の間を置いてから苦笑すると、すんなりとそれに乗ってくれた。 「イルカ先生、一つ大事なことをお忘れでは?俺は貴方が一目置いている上忍という存在なんですよ?」 いたずらっ子のように笑うカカシ。 「この際、在校生全員に暗示をかけちゃいましょう」 「ええ?!」 「ついでに、俺とイルカ先生がイイ仲ってことも吹き込んで…」 「カカシ先生!!」 イルカは顔を真っ赤に染めて怒鳴っていた。 しかし、まさか、ほんの少し前まで尊敬して止まなかった上忍を自分が怒鳴りつけることになるとは夢にも思っていなかった。 これから良くも悪くも、この上忍に多分に振り回される予感が沸沸と湧いてきた。 事実上、アカシが入学してから三年の月日が流れ、イルカを取り巻く環境も徐々に変わっていた。 イルカ自身一番不思議に思っていることが、カカシに対する心境の変化であった。 ある日、もう習慣になったイルカ宅での夕食後に何か飲み物をと思い台所へ行くと、ふっと悪戯心が起こった。 『牛乳でもいかがですか?』 さり気なさを装う。 背中越しにため息が聞こえた。 『言っときますけど、俺だって子どもじゃないんで牛乳ぐらい飲めますよ』 カカシにはバレバレだった。 『けど、お茶の方が好きなのでそちらでお願いします』 どうやら大人になっても牛乳は苦手のようで。 つい苦笑してしまった。 そんなところが可愛いなどと思ってしまう。 飽きずに繰り返されるカカシの求愛に、堅物のイルカもほだされてしまったのか。 だって二年半もずっと好きですやら愛してるやらイロイロ恥ずかしいことを言ってくるのだ。 アカシとは同級生だったナルトもサスケも、今年無事に下忍に合格し忍者の仲間入りを果たした。 そして彼等を受け持つ担当上忍の方々との初顔合わせの時、イルカがアカデミー教師代表で挨拶をする事になった。 火影様に紹介されたのは、猿飛アスマ上忍と夕日紅上忍だ。 子ども達の特徴や性格など簡単に説明した。 その打ち合わせが終わる頃、ようやく顔を出した上忍が一人。 「あー、はたけカカシです。遅れてスンマセン」 悪びれもせず、いつもの調子で。 「俺はナルト、サスケ、サクラの三人ですよね」 そう言って、イルカに含み笑いを送る。 「なんだカカシ、えらく情報が早いな」 ニヤニヤして言うアスマは、早々とカカシの視線の意味に気が付いたようだった。 「そうか?」 そう言うと、カカシは再びイルカに含み笑いを向ける。 「実は俺、イルカ先生と付き合っ…」 「わっわっ!えーと、猿飛上忍と夕日上忍への説明は終わりましたんで、一応解散ということで!」 イルカにとって受難の教師生活はまだまだ続きそうで。 いや、これからが本番というべきなのだろうか。 |