  
         
         
         
         
        最近、やけに上忍と関わる事が多い。 
         
        イルカを取り巻く環境が、目くるめく変わっていく。 
         
        始めは気にするほどではなかったが、それがいけなかったのかもしれない。 
         
         
         
         
         
        「イルカ先生!今日もアスマとガイと飲みに行きましょうよ!」 
         
        妖艶な魅力を持つ紅に、意外な男っぽさを感じて、初めて飲みに行ったのは一週間前。 
         
        「おお、イルカ!昨日語りきれなかった青春を、心行くまで晒そう!」 
         
        ガイに生徒の育て方を相談できるほど、近しい間柄になったのは二週間前。 
         
        「カカシの奴、二日連続はキツイとか言ってたぜ。どうせ女んとこだろうけどよ」 
         
        演習の時、怪我をした生徒をたまたま通りかかって病院まで運んでくれたのが、このアスマ。 
         
        あれは一月前だろうか。 
         
        その怪我人を見た生徒が騒ぎ出して、収拾がつかなくなった時の事。 
         
        イルカはその場から離れられなくなり、見かねてアスマが声を掛けてくれたのだ。 
         
        その礼を兼ねて食事に誘ったら、そんなのいいから飲みに付き合えと言われ現在に至る、といったところだろうか。 
         
        まだ知り合って間もない紅とも、今日飲みに行くと三度目。 
         
        つまり、一週間に三度も飲みに行っているという事だ。 
         
        ここ一月は、そんな生活を繰り返していた。 
         
        気さく過ぎるほど頻繁に誘ってくれる彼等に、さすがに今日は遠慮するかと、詫びを入れようとしたらアスマに遮られた。 
         
        「もうすぐガキ達と、Dランクの下らねぇ任務が始まるんだ。今日で仕舞いにするからよ」 
         
        演技かもしれないが、惜しむようにアスマが言った。 
         
        「…わかりました。でも、Dランクの任務だって、大切な任務に変わりはありません。下らない、なんて言わないで下さいね」 
         
        「おう、悪かった」 
         
        アスマがしおらしく謝るので、渋々だが付き合う事にした。 
         
        本当はカカシのいない飲み会には、あまり行きたくないのだが。 
         
        フォロー役というか、いつも助け船を出してくれるのが彼だから。 
         
        それにカカシがいないと、楽しみも半減してしまう。 
         
        好きだから。 
         
        さっきだって、アスマが『カカシは女の所…』と言っているのを聞いて、平静を装うのに四苦八苦した。 
         
         
         
        カカシとは、初めてアスマと飲みに行った時からの知り合いだった。 
         
        その時初めて、会話らしい会話をした。 
         
        そして、酒を飲む時は素顔を晒しているカカシに見惚れていた。 
         
        こんなところで勿体無いとも思った。 
         
        整った容姿、神秘的な表情、均整のとれた身体、どれを取ってもエリートな雰囲気を醸していて。 
         
        始めのうちは、女性が彼に向けるような憧れの視線と、同じだったのかもしれない。 
         
        やけに紳士的なところもあって、意外な一面にドキドキもした。 
         
        いつだったか、カカシとアスマともう一人名も忘れた上忍とイルカの四人で飲みに行った日。 
         
        顔も憶えていない上忍が、ベロベロに酔って、イルカの服を脱がせようとした事があったのだ。 
         
        何事かと酔いも吹っ飛び、出せる限りの力で抵抗してもびくともしなくて、泣きそうになりながらアスマに救助の目を向けた。 
         
        しかし、アスマは楽しそうに笑っているだけで、何もしてくれず。 
         
        そして、用があると言って一旦外に出ていたカカシが戻ってきて、半裸のイルカを確認した途端、カカシが目を見開きイルカの身体が楽になった。 
         
        カカシがその上忍の腕を捻り上げ、耳元に何かを囁いた。 
         
        瞬時の出来事にイルカはあたふたするばかりだったが、その上忍は急に大人しくなり、その場は無事に納まったのだ。 
         
        以来、その上忍と飲みに行った事は無い。 
         
        強さや権力を鼻に掛けるわけでもなく、『下の者を守る』、というカカシの姿勢に感銘を受けた。 
         
        それからというもの、視線はカカシを追うようになり、気付いた時には好きになっていた。 
         
        憧憬の対象になるエリートにしてみれば、イルカのような視線にも馴れたものなのだろう。 
         
        偶然にも何度か目が合うことがあったが、自分ばかりが緊張しているのがバレバレだったと思う。 
         
        けれど、彼は目が合うと、微かな笑みを返してくれるのだ。 
         
        好意の視線を浴び慣れた、玄人の対応。 
         
        ちょっと切ない。 
         
        事ある毎に、存在の遠さに落胆してしまう。 
         
        でも、好きだという気持ちは、変える事が出来なかった。 
         
        この気持ちが、恋愛感情とは別物なのだと納得できたら、どんなに楽だったろうか。 
         
         
         
         
         
        上忍達と共に何度もくぐった暖簾を、今また。 
         
        今日はアスマ、紅、ガイ、イルカの四人で飲む事になっていたので、カウンターではなく座敷に腰を下ろした。 
         
        ガイは少し遅れると聞いた。 
         
        ガイが遅れようが早かろうが、今のイルカにとったらほんの些細な事でしかなかった。 
         
        だって、カカシは今頃、綺麗な女性と甘い時間を過ごしているのだろうから。 
         
        容易に想像できるから、それがまた悔しい。 
         
        「なんかカカシの奴、本命ちゃんが出来たらしいのよ」 
         
        「へぇー、あの天下の遊び人が?」 
         
        突然、核心を付くような会話に胸が跳ねる。 
         
        「で、その本命ちゃんが、未だによくわかんないのよ」 
         
        紅は、秘密を暴くのが楽しみでしょうがないといった顔つきで、そんな事を言った。 
         
        「けど、もしかしたら、案外身近な人なのかも、と踏んでるのよねー」 
         
        一つ間を置いて、紅がこちらを横目で見てくる。 
         
        アスマもそれに習い、イルカは二人の上忍から見つめられる、もとい、追い詰められる状態に陥った。 
         
        蛇に睨まれた蛙状態。 
         
        「な、なんですっ?」 
         
        言葉に詰まる。 
         
        「ねぇイルカ先生、正直に言いなさいよ。あんたカカシが好きなんでしょ?」 
         
        「言わなくたって、顔色は正直だぜ、イルカ」 
         
        動揺。 
         
        赤面。 
         
        冷や汗。 
         
        「好きなんだろ?」 
         
        アスマの問い掛けに、からかいは含まれていない。 
         
        「そうよね?」 
         
        紅の強い口調にも冷やかしはない。 
         
        付き合いはまだ短いが、二人とも信頼できる上忍だったので。 
         
        誰にも言わなかった恋心を曝け出そうと。 
         
        面と向かって、言葉にするのは無理だったので、頷く事で肯定した。 
         
        眼の端に涙が浮いてきた。 
         
        「私、思うんだけど、カカシの本命ってイルカ先生じゃないかしら」 
         
        えっ、と顔を上げる。 
         
        「だから、イルカ先生、カカシに告っちゃいなさいよ」 
         
        目を見開いて、口をパクパクする。 
         
        「絶対にうまくいくって!私が保証するわ!!」 
         
        「おい、紅、やめとけよ。イルカはそんなキャラじゃねーだろ」 
         
        絶対、絶対と主張する紅と、どうでもよさそうなアスマ。 
         
        「カカシのラブゲームなんて、とっくの昔に終わってんじゃねぇか」 
         
        そう言って、新しいタバコに火を点けた。 
         
        「えー、あれって勝負付いてないでしょう?お互いにまだなんだから。あんた一人高みの見物、気取らないでよね」 
         
        アスマはふぅーと、ため息に混ぜて紫煙を吐いた。 
         
        「はいはい、そうそう、俺が悪かったよ」 
         
        悪いなどと思っていない、いいかげんな口調で、アスマが詫びを入れた。 
         
        一体何の話をしているのか、いまいち掴めなくて、難しい顔になってしまった。 
         
        「実はね、イルカ先生。昔、私達三人の中で、誰が一番に結婚するかっていう勝負をしてたのよ」 
         
        「で、その時カカシは、『俺は結婚なんてする気、無い』ってハッキリ宣言したわけだ」 
         
        「つまりは、不戦敗って事ね」 
         
        丁寧に説明してくれたおかげで、『ラブゲーム』の意味はわかった。 
         
        しかし、それと自分とに、一体何の関係があるのかはわからなかった。 
         
        「本人には言ってないけど、それってすごく寂しい事じゃない?」 
         
        アスマは何も言わない。 
         
        「アイツ、自分の事、テキトーに遊んで一生が終わる、とか考えてるんじゃないのかな」 
         
        紅が遠くを見つめた。 
         
        アスマは目を閉じた。 
         
        「イルカ先生は、そういうの悲しい事だと思わない?」 
         
        改めて、紅がイルカに向き直った。 
         
        紅やアスマが、カカシの事を仲間として、そこまで大切に考えているとは想像していなくて、正直、驚いた。 
         
        「だから、可能性があるなら、どんどん、背中を押してあげたいの」 
         
        真剣な目をしている紅に、胸がジーンとした。 
         
        「でも、いくらなんでもカカシ先生の本命が、俺って事は無いでしょう」 
         
        本心から、そう言った。 
         
        紅はこんな当り前の事に、気付いていないのだろうか。 
         
        「そんな事ない。最近のカカシ、結構変わったと思うの。生きている事が楽しそうに見えるもの」 
         
        「…確かに」 
         
        それまで黙っていたアスマが口を開いた。 
         
        「少し前までカカシの奴、何をやってても目が死んでたんだ。酒飲んでる時も、任務中も、笑ってる時も、全部同じ目をしてたんだよ」 
         
        「…でも、俺、自信ないですよ…」 
         
        顔を隠すように俯いた。 
         
        「それに、恥ずかしくて…」 
         
        紅は、その言葉を待ってましたとばかりに、食いついてきた。 
         
        「だったら!飲みまくって、酔っぱらっちゃいなさいよ!」 
         
        「シラフで恥ずかしいって言うんなら、それが一番手っ取り早いな」 
         
        二人の上忍はイルカの複雑な心情を無視し、度数の高い酒をどんどん注文していった。 
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
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        2002.09.29 
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