「あのれ〜、オレらって、一生懸命やってんれすよ?」

あれから二時間程度だろうか。

タチの悪い上忍二人に半強制的に飲まされ、自分でも覚悟を決めてガブガブ飲んだ。

今日、必ず、カカシに、告白する。

それを胸に、呂律が回らなくなっても、視界がぼやけても、意識まで飛びそうになっても、飲み続けた。

ここまで酒を過ぎたのは、生まれて初めてというぐらい。

「おい!青春してるか!」

そこへ、大分遅い到着ながらも、ガイがやってきた。

「おー?イルカ、かなり飲んだようだな。…ヤケ酒か?」

見た目にも明らかなイルカの出来あがり具合を、ガイは勘違いしたようだった。

「違いま〜す。今日は、俺、カカシ先生に好きれすーって、言いたいだけなんれすよー」

ガイは、瞬間、目を見開いた。

イルカが酒の為に潤んだ目を、人差し指で拭ったところだった。

「カカシ…」

アスマと紅の声が重なった。

入口の方には、しっかり忍服を着込んだカカシの姿。

「ちょうど、受付所を出た辺りにうろうろしてたから連れてきたんだが…」

ガイがその場を繕うように、小さく告げた。

カカシはアスマと紅に一つずつ視線を投げ、イルカへと歩み寄った。

「悪いけどイルカ先生。俺、今はそういう…」

困った顔をしたカカシが、イルカの正面でそれだけ言った。

ものすごい勢いで脳がクリアになった。

正面に立ったカカシからは、女性物の香水の甘い匂いがした。

「ちょっとー、カカシ、それ本当なの〜?今度は絶対ハズれてないと思ったのに。あーあ。残念」

紅はさも、ゲームで負けたような軽い言い方をした。

それは、仲間を思っての行動だと、そう言った時の紅とは全く懸け離れていた。

「あんたの特別な人って誰よ〜。もう、そんな可愛い匂いさせちゃってー。どこの女〜?高みの見物、気取ってたクセにー」

紅もイルカに酒を奨めながら、相当な量を飲んでおり、ホロホロには酔っていた。

「おい、紅」

アスマが静止の声を出した。

「もう!何よ!アタシだって…」



ガタンッ!



もう耐えられなかった。

机に手を掛けて、勢いよく立ち上がった。

『悪いけど、俺はそういう…』

カカシの言葉が頭の中でこだまする。

当り前だ。

自分は男。自分は中忍。自分は平凡。甲斐性も無い。可愛気なんてあるわけもない。

「すいません。失礼します」

良い事か悪い事か、酒は自分の感情をストレートに表に出してしまう。

「さすがに、キツイんで帰ります」

言葉を発するよりも、涙が落ちる方が早かった。

「何よ!失恋の一回ぐらい!」

「紅、やめろよ」

「いいじゃない!イルカ先生って、いつもキレイな顔して、忍者って事忘れてるような感じだし、たまには」

どうして、今日を入れて三回しか飲みに行った事のないヒトに、そんな酷い事を言われなければならないのか。

酔いのおかげで、普段は絶対に言わない文句を言ってやろうと思った時。

パシッ。

それほど力が篭っていないカカシの掌が、紅の頬を打った。

「紅、イルカ先生に謝れよ」

あ、また…。

こんな時でも、優しいアナタはいつものようにフォローを入れてくれるんですね。

けど、今はその優しさも、少し辛いです。

「…失礼します」

肩が下がり、背が丸くなり、後ろ姿はひどく惨めだったかもしれないが。

さっと身支度を整え、誰も見ないように俯きながら、店を後にした。



家に帰り、熱いシャワーを浴びた。

風呂場から出ると、火照った体に衣類を着けたくなくて、でもこのままなのもどうかと思い、下着とズボンを身につけた。

居酒屋特有の酒やタバコの臭いも取れて、気分的にもいくらかサッパリした。

ただ、気を抜くと今にも溢れそうになるものを、懸命に遣り過ごしていた。

なんとか頭を空っぽにしようと、冷たい床に上半身裸のまま横たわった。

「…今日は疲れたな…」

目を閉じて、意識を遠い所へ向けた。

しばらくして、イルカから意識が離れる瞬間、温かい雫がイルカの頬を伝っていった。





               * * * * *





嫌な緊張感が胸に押し寄せた。

しかし、今すぐにイルカを追っては先ほど発した言葉が無意味になってしまう。

「まさかイルカがカカシを好きだったとはな。うん、青春真っ只中でよろしい」

ガイが腕を組み、深く頷きながらそう言った。

「カカシ、お前本気で惚れた女が出来たんだって?」

一人納得しているガイを余所に、アスマが冗談めかして聞いてきた。

ありえない事柄を確認するようにも聞こえた。

「そんな女、いないよ」

それを聞いた紅が、苦虫を潰したような顔をした。

「本当なの?…あーあ、イルカちゃんに悪い事したわね…」

紅の酔いは、すっかり冷めていた。

「何であんな事、言ったんだよ」

アスマが少し責める風に紅を見た。

「だって、全部本当の事なんだもん。…いつも真っ直ぐなのが羨ましかったのよ。お酒のせいで、言葉は悪くなっちゃったけど」

紅も反省しているようだった。

「それにね、あんたを心配してるのも本当」

アスマが静かに聞いていた。

「最近のあんた、ヒトらしくなった。近くにいる誰かが、良い影響を出してるのかと思って」

「はは。俺だってね、26年も生きると成長するんだよ」

自分の事を、案外真剣に話してくれている仲間達に、苦笑を送った。

「じゃ、俺そろそろ帰るわ。ちょっと野暮用があってね」

カカシが使い慣れた『野暮用』という言葉は、普段は任務に赴く時に使うものだった。

だから、訳も聞かないし、誰も引き止めはしない。

「おつかれ」

「じゃぁね」

「青春しろよ」

背中越しに、軽く手を振って店を出た。

そしてカカシは店を出た瞬間、とある目的地へ猛走した。

それはもう、今までに無いほど必死に走った。



商店街から少し入ったアパートの二階。

元々知っていた大体の住所と、本人の気配を頼ってここまでやってきた。

インターホンの無い古い建物だが、情緒がたっぷりと沁み込んでいて、イルカには似合いの棲み家だと思った。

ノックをしようと、右手の人差し指を鉤型にしてドアの前へ伸ばす。

少し乱れた息を整えるためと、緊張を和らげるために、一つ深呼吸をした。

トントン…

反応が無い。

トントントン…

やはり、反応が無い。

どうしたのだろうと、考えを巡らすと、すぐに答えが見つかった。

微かに聞こえる水の音。

僅かに香る石鹸の匂い。

イルカは今、風呂に入っている。

風呂か…。

そういえば、自分はさっき紅から『可愛い匂いさせちゃって』と言われた。

夕方に会っていた女の移り香だ。

急いで来たのはいいものの、自分もシャワーを浴びてきた方がよかったと考え直す。

善は急げと、先ほどの勢いと同等の速さで、ここからは大分離れた自宅へと駆け出した。









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2002.10.05