子供は野菜が嫌いだ。

小さい子を持つ保護者の方は本当に大変だと思う。

木の葉丸と一緒に買い物へ行き、その大変さが身に沁みた。

「おい。好き嫌いばっかり言って、お母さんを困らせるなよ…」

「うっせェぞコレェ!カカシ先生こそお嫁さん困らせるなコレェ!」

「こらっ!木の葉丸!す、すみません、カカシ先生っ」

それに子供は言葉使いを知らない。

イルカは勝手にハラハラして、度が過ぎたら釘を刺す事ぐらいしか出来ない。

「カカシ先生のお嫁さん、すごく美人なのに、泣かしたらかわいそうだコレェ!」

木の葉丸はお嫁さんと言ったが、カカシには婚約者がいる。

学校にも来た事があって、イルカも顔を見た事がある。

すごく美人で、スタイルも良くて、なんだか上品な人だった。

どこかの一流ホテルの経営者を親に持つという、生まれながらのお嬢様。

カカシといい、彼の婚約者といい、全くもってイルカとは縁遠い方々だ。

「…泣かせてないよ。そ、それよりっ、イルカ先生はどうなんですか?」

「俺は野菜、ちゃんと好きですよ。もう大人ですから」

苦笑しながら木の葉丸を見て言うと、口を尖らせてそっぽを向いてしまった。

「あ、いや、そうじゃなくて、料理をしてくれるような人はいるんですか?」

カカシの前では余り答えたくない質問だった。

彼のように胸を張って美人の婚約者が居ると答えられれば、微かな自尊心も傷付かないで済んだかもしれない。

しかし、残念ながらイルカにそんな相手はいない。

色々な事が頭を過ぎり、回答までに変な間が出来てしまった。

「俺は…」

「イルカ先生はいないよな、コレェ!」

先程の反撃とばかりに、木の葉丸が大声で叫んだ。

「…そうなんです」

「えー、いないんですか?モテそうなのに」

「またまたご冗談を」

天に二物も三物も与えられたカカシに言われたら卑屈になってしまう。

自分では気付かなかったが、それが顔に出てしまったらしい。

「…すいません、気に障ったなら謝ります」

「いえ…」

こんな事で謝られたら、それこそ劣等感に拍車が掛かる。

この話から離れるためと、気分を切り換えるために、料理の事を口にした。

「そうだ、木の葉丸!今日はニンジンもタマネギも避けられないぐらい細かく刻んで、全部食べてもらうからな!」

「うげぇ」

「はははっ」

ものすごく嫌そうな顔をした木の葉丸が可笑しくて、声を出して笑った。







* * * * *







きちんとスーツを着込んだカカシと、飾り気のない普段着のイルカと、低学年の子供。

妙な三人が手を繋いで歩いたりしていたら、周りから変な目で見られても仕方がない。

それに、生徒と上司に挟まれて、会話の端々に気を遣わなくてはならない。

だから一緒に買い物には行きたくなかった。

イルカは買い物袋を調理台の上に置いて、ようやくストレスが溜まっていた事に気付いた。

調理室にはクッキーの焼けたいい匂いが充満していて、嗅ぎ慣れた匂いに少し安堵する。

カカシと木の葉丸はタイマーの切れたオーブンからプレートを取り出して、仕上がりを確認していた。

クッキーなんて、カカシは嫌というほど作ってきたのではないだろうか。

「食べていい?」

「じゃ、一つだけ」

カカシが焼きたてのクッキーをクッキングシートから一枚剥がし、木の葉丸に手渡した。

木の葉丸は小さい両手の小指同士をくっ付けて手皿を作り、真剣な顔でそれを受け取った。

「焼きたてのクッキーは少し柔らかいんだ」

そう言いながら、カカシはココア生地を渦巻きに挟んだクッキーを一枚剥がした。

あと、星型のクッキーも一枚剥がした。

「上手に出来てるじゃないか。これなら将来も有望だ」

「…オレもじじいみたいになれるかな?」

「大丈夫。ちゃんと頑張ればなれるさ。イルカ先生も一つ食べてみて下さいよ」

野菜を洗っている時に声を掛けられたので、流しから離れる事を一瞬躊躇った。

でも、木の葉丸のキラキラした目を見たら続きをしていられなくなって、オーブンの方へ近付いた。

木の葉丸とカカシのやり取りを聞いて、一つの考えが思い浮かんだ。

もしかすると、イルカだけで木の葉丸を説得するのは力不足だと踏んだ五代目が、休日なのにも関わらずカカシを学校に寄越したのだろうか。

だとすると、カカシが休日に学校に来てイルカを探していた事情も頷ける。

やっぱり、何一つカカシには敵わない。

上司からの信頼も。

「ん、おいしく出来てる。もう少し冷ましてから食べると、また違った食感になるんだ。残りは後でな」

「じゃ、イルカ先生、早くご飯作ってください!」

「…え?カカシ先生が作って下さるんじゃないんですか?」

材料の買い出しに着いて来たものだから、てっきりカカシが料理をしてくれるものだと思った。

高級店を経営しているカカシの手料理を味わってみたいという、一般人の癖に贅沢な願いを胸にしていた。

しかも授業のサンプルではなく、単なる料理をこの舌の肥えた有名人に食べさせなくてはならないのだろうか。

「オレ、お菓子作りは結構得意なんですが、一般料理の方はめっきりダメで。味音痴なんですよ」

「そんな、カカシ先生が味音痴だなんて。でも…、授業でもないのに自分の作った物を食べられるなんて…」

こんな時にでも教師の腕を採点しようと思っているのだろうか。

「授業とは関係なく、イルカ先生の料理を食べたいんです。それに一般料理が苦手なのは本当です。何を作ってもお菓子みたいな味になってしまうので」

専門家に食べてもらうなんて、出来れば遠慮したかったが、カカシの言った理由に、やたらに説得力があった。

ちょっと変わったこの人なら、何を作っても本当にお菓子のような味になってしまうのではないかと。

胸の中だけで小さな溜め息を吐き、木の葉丸の頭を撫でてから流しへ戻った。

木の葉丸は色々と手伝ってくれたが、カカシは料理が並ぶまでずっと椅子に座ってこちらを見つめていた。

手元だとか、包丁捌きだとか。

やっぱり、評価をするためにイルカに料理をさせたのだ。

せっかく木の葉丸と楽しく実習をするはずだった休日が、なんだか面白くないものになっている。

早く食事を終わらせて、クッキーをラッピングして、さっさとカカシと別れてしまおう。

そう思っていたのに、食事中の会話は弾んで、悔しくも楽しい時間を過ごしてしまった。

イルカの作った料理を、こうやって複数で囲んで食べるという事がとても嬉しかったのだ。

心に嘘は吐けない。

カカシと木の葉丸と談笑しながら、昼食の片付けをしようと席を立つと、カカシがイルカを引き止めた。

「イルカ先生、片付けはオレがやりますから、イルカ先生は座っていて下さい」

本当にそんな格好で片付けをするつもりなのかと聞こうとしたが、席を立ったカカシが本気だという事がわかって、慌てて遮った。

「カカシ先生っ、スーツが汚れますっ。片付けは俺がやりますから、座ってて下さいっ」

カカシのスーツはどこのブランドなのかわからないが、光沢のある良い素材を使った高そうな物だ。

イルカの着ている普段着なら、濡れようが汚れようがお構いなしだが、カカシの服は違う。

「少しぐらい汚れたって大丈夫ですよ」

「で、でも!じゃぁ、オレが洗い物をやりますから、カカシ先生は布巾で拭いて下さいっ」

大人しく従ったカカシが、イルカの横に並んだ。

するとまた、カカシから女性物の香水の香りがした。

傍にいるとイルカにまで移り香が移ってしまいそだったので、急いで食器を洗った。

ふと時計を見ると、退館時間の二時半が近付いていたので、イルカはクッキーの包装を開始した。

木の葉丸が一生懸命作ったクッキーだ。

家族の方にもしっかり味わって頂かないと。

「木の葉丸、これ、家の人に食べてもらってごらん。きっと喜んでくれるよ」

エプロンを仕舞っていた小さなリュックに、袋詰されたクッキーをそっと入れた。

「えへへ」

「よし!じゃ、先に玄関に行っててくれ。ここの鍵を閉めて、退館の手続きをしてくるから。カカシ先生はどうされますか?まだお仕事でも?」

「いえ、もう出ます」

玄関とは逆方向の裏口側にある警備室へ行き、鍵を返して退館時間を記入した。

「すいません、ギリギリになってしまって」

「三時から奥様講座が入ってるから、いつ終るか冷や冷やしてたよ。ご苦労様」

にっこりと笑顔で答え、木の葉丸とカカシのいる玄関へ向かった。

木の葉丸は朝の待ち合わせの時と同じように、小さな段差に腰を掛けていた。

カカシは玄関ドアに寄り掛かって、文庫版の本を読んでいた。

「お待たせしました」

校門まで一緒に歩き、木の葉丸とはここでお別れ。

「じゃーなーコレェ!」

「気をつけて帰れよ!」

小さな背中が角を曲がるまで見送った。

木の葉丸は学校の近くに家があるが、イルカは駅に行って電車に乗らないと家に帰れない。

だから行き先が逆方向なのだ。

カカシはどうなのだろう。

駅まで歩いて電車で帰るのだろうか。

しかし、イルカにはカカシが電車に乗る姿が想像できなかった。

「カカシ先生はどちらですか?」

「…あの、イルカ先生、今日はこのままお帰りですか?」

「はい、そうですけど…?」

カカシには珍しく、少し歯切れの悪い言い方だった。

「…お時間があるようでしたら、これからお茶でもいかがですか?」

胸がドキリと変な音をたてた。

「あ、の…?」

わざわざ場所を替えてまでイルカに言いたい事でもあるのだろうか。

木の葉丸の事か、三代目の事か、それとも授業や職場の事だろうか。

「…オレ、イルカ先生とは前から親しくなりたいと思っていたんです。折角今日会えたし、どうかなと…」

「カカシ先生はこれからお仕事じゃないんですか?いや、スーツを着てらっしゃるから」

「え?今日は今の所、仕事はないです。これは昨日の…」

そこまで言ってカカシは口を閉ざした。

イルカ相手にそんな事を気にしなくてもいいのに。

昨日の、という事は、昨日は自宅以外で一晩を過ごしたという事だろう。

もしかして、昼食の買い物帰りのやり取りを気にしているのだろうか。

「…ダメですか…?」

「え…。ダメじゃないですけど…。カカシ先生、いつも忙しそうなのに俺なんかと時間潰してていいんですか?」

「は、はい!イルカ先生とがいいです!オレ、いい店知ってるんです。そこにしましょう!」

カカシの目に授業のサンプルを食べに来る時の輝きが戻った。

笑顔で答えると、カカシがイルカの袖をぐいぐい引っ張るので、どこに連れて行かれるんだろうと思いながら大人しく着いて行った。

連れて行かれたのは月極めの駐車場で、ピカピカ光る高そうな車の前でカカシが立ち止まった。

「結構近場なんですよ」

車は左ハンドルで、イルカはその助手席に座らされた。

車内のインテリアも高級そうで、普段着のイルカが乗ると、そこだけが浮いている。

やっぱり止めればよかったと思って横目でカカシを覗うと、少年のように楽しそうにしているカカシがいた。

その顔を見たら断ってしまうのが申し訳なくなって、少しだけ我慢すればいいのだからと自分に言い聞かせた。










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2003.11.30