一番下はブルーベリーソースを染み込ませたスポンジ。

その上にブルーベリー風味のヨーグルトムース。

ヨーグルトムースの上にブルーベリーが数粒。

そして一番上に濃厚なブルーベリーソースのたっぷりかかったブルーベリームース。

「ブルーベリーヨーグルトです。さっぱりしたブルーベリーとヨーグルトの酸味と甘味。おいしいんですよ〜」

カカシの目がにっこりと細められ、イルカの口元がにやにやと緩んだ。

ピンクがかった紫と、黒っぽい紫と、白色の組み合わせが視覚的にも食欲をそそる。

カカシがスプーンで一口掬い、早く口に入れてくれと願いながら、スプーンの行き先を目で追い掛けた。

目上の人が先に箸を付けてからでないと、下の者は食べ始める事が出来ない。

カカシの咽喉がごくんと上下した。

「ん〜、ムースの舌触りが丁度いい!おいしいですよ〜。イルカさんも早く食べて下さい!」

その一言を待ってましたとばかりに、にっこり笑ってブルーベリーヨーグルトにスプーンを入れた。

ムースとヨーグルトにスプーンを刺した時のふわふわした感触に、イルカの期待は最高潮に達した。

切り取った断面から、層の彩りがきれいに並んでいる事を確認し、一思いに頬張った。

「…おいしいです…。爽やかな甘さがすごく良いですね…」

「でしょう?また来たくなったら、いつでも言って下さいね。一緒に来ましょう。オレとなら男同士でも入れますから」

彼女のいないイルカにとって、カカシからの提案は非常にありがたいものだった。

でもまさか、ここのケーキを食べたくなるたびにカカシを呼ぶわけにはいかないだろう。

そこまで来て、やっとイルカはカカシの意図に気が付いた。

またからかわれたのだ。

きっとカカシは彼女のいないイルカを冷やかし、食べたくなったら仕方なく付き合ってやってもいいぞ、という事を言いたかったのだ。

今度こそは引っ掛からないという意味を込めて、厭味で返す事にした。

「そんな滅相もないですよ。こんな素敵なお店を紹介して頂いただけで充分です。それに俺だって、一緒にケーキを食べに行く女友達ぐらいいますから」

語尾に力を入れて、厭味である事を強調する。

それを聞いたカカシは眉をハの字に下げ、情けない顔をした。

今日初めてカカシに勝てたような優越感に、ブルーベリーヨーグルトが更においしく感じた。

「オレは本当に…イルカさんと、またここに来たいと思っただけなんですよ…」

口調は弱いが、またこちらを付け上がらせる調子のいい事を言っているだけだと思って、ぷいっと横を向いて聞き流した。

「そんな女友達と行くんだったら、オレを呼んで下さいっ。絶対に駆け付けますからっ!それにオレと一緒なら並ばなくても入れるしっ」

カカシが早口に捲くし立てる。

身を乗り出して、胸倉を掴まれんばかりの物凄い剣幕だ。

カカシの必死さに、イルカの顔が引きつりそうになる。

「ケーキだけじゃない!呼んでくれたら、何だってご一緒します!」

「わ、わかりました、から、カカシ先生、落ち着いて下さい…」

余りの迫力でにじり寄って来るカカシに恐怖心が沸いた。

自分のテリトリーである椅子の上でぎりぎりまで体を引いて、カカシとの距離を取る。

「す、すいません…。あの、でも本当に…オレ…」

カカシはすぐにイルカが怯えてしまった事に気が付いて、自分の椅子へ腰を落ち着けた。

怖気がまだ後を引いていて、カカシの顔を真っ直ぐに見られない。

どうしてカカシはそこまで熱くなるのだろう。

たかがケーキを食べに行くだけじゃないか。

何よりも、カカシをそこまで熱く動かすものがよくわからない。

「カカシ先生はお忙しい方じゃないですか…。仕事も私生活も…。そんな事言ったら彼女が悲しみます」

本当は、車に乗り込んだ時から気になっていた事だった。

こんな風に接してくれるのは嬉しいが、カカシには彼女がいるのだ。

特別な扱いを受けているようで、勘違いしてしまう。

現実は仕事があって、実際にイルカなどと戯れている時間なんて無いはずなのに、そうやって優しい事を言う。

昨夜だって彼女と一緒だったくせに、わざわざ休日の今日、学校に顔を出して。

今日は木の葉丸を説得するという目的があったのだが、それさえなければ今頃は彼女と仲良く過ごしていただろう。

五代目からイルカ一人でも説得できるという信頼さえあれば、カカシはここにいなかったのだ。

今カカシと一緒にいる事が、周りの人達に迷惑を掛けている証拠のような気がした。

「…俺が不甲斐無いばっかりに、今日来て下さって…。さっきの…、お気持ちだけ丁重に頂きますので」

渋い顔でも何とか笑って、ようやくカカシの顔を見て言えた。

カカシのような偉大な人に同行させてもらえただけで快挙なのに、拗ねたり厭味を言ったり勝ち誇ったりという暴挙の数々。

「イルカさんが不甲斐無い…?」

「カカシ先生が学校に来た理由って木の葉丸を説得するためですよね。俺一人じゃ頼りないからって、五代目が寄越して下さったんですよ」

「木の葉丸を説得?五代目から何か言われていたんですか?」

カカシの反応にイルカの方が驚いた。

嘘を吐いているようには見えない。

「違ったんですか?え、じゃぁ今日は何か学校に用事でもあったんですか?」

「用事というか…。たまたま、休日の施設利用表を見たらイルカさんの名前が入っていたので」

「俺に何か用事でも?」

「いやぁ、研究出勤なのに定員が二人だったんで、誰と一緒なのかと思いまして。それで、その…」

「それでわざわざ学校にいらしたんですか?昨日は彼女と一緒だったのに?」

イルカは自分がカカシの彼女に対して敵対心を持っている事に気が付いた。

気が付けば会話の中で、あてつけのように何度もカカシの彼女の事を出している。

「あの、イルカさん。さっきから彼女彼女って言ってますけど、彼女じゃなくて婚約者ですから」

「同じじゃないですか」

「違います」

何が違うのかと訊ねようとしたら、カカシの携帯電話が着信を知らせる曲を流した。

カカシは小さなディスプレイに表示された発信者の名前を見て顔をしかめ、舌打ちした。

電源切っときゃよかった、と一人ごち、スイマセン、と言って部屋の隅の窓側へ離れて行った。

カレンダーで休日だからといって、カカシが関わっている業界は休みではない。

むしろ平日よりもよっぽど忙しいはず。

今まで電話が鳴らなかった方が不思議だ。

窓側は逆光が眩しくて、カカシが光の中に溶けてしまったような錯覚に陥った。










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2003.12.30