あんな別れ方をして、受付でイルカに会うのは気まずいと思った。

しかし、仕事は仕事。

私生活を職場に持ち込むのは、ただ効率を悪くするだけ。

今日は迷い犬捜索任務の報告書を提出しないといけないのだ。

いつもの受付所が敵地のように思え、少し肝を据えてから足を踏み入れた。

ごくりと一つ息を飲み、正面の机に視線を投げる。

だが、恐れていたは彼はそこにおらず、他の中忍が業務をこなしていた。

席が移動しているだけではないかと思い、他の窓口をきょろきょろと見回す。

やはりイルカの姿は見えず、拍子抜けして、知らずに握り込んでいた手の力を緩めた。

別れた彼が、今どんな風なのか見てみたかったので残念だった。

決して会いたかったわけではなく、ただ確認したかっただけだと、胸の中で言い訳染みた事をつぶやいた。

まあ別に、昨日の今日でなくても、明日か明後日にはイルカは受付に姿を現すのだから、そう焦る事はない。

そうやって次の日もその次の日も受付を訪れ、同じ事を胸の中で復唱していた。



そして結局、一週間たってもイルカは受付に現われなかった。



イルカを見なくなってから八日目。

今日も彼が受付にいなかったら、受付の中忍にイルカの事を聞こうと決めていた。

そして、案の定受付にイルカの姿は見当たらなかった。

「あのさぁ、最近イルカ先生ここにいないみたいだけど、シフト外れたの?」

提出した報告書のチェックをしている中忍の後頭部に向かって話し掛けた。

じらしているわけではないだろうが、カカシにはゆっくりと顔を上げた中忍がもったいぶっているように見えた。

「あれ…?カカシさんはイルカと仲が良かったから、本人から聞いていたのかと思ってました」

「何を?」

そんなつもりはないのだろうが、机で報告書をとんとんと揃えた男がやはりじらしているように思えた。

この中忍は明らかにカカシが知らないイルカの情報を持っている。

それだけなのに、会話の中に発生する自然な間ですら焦れったい。

「確かにシフトは外れました。イルカ先生、任務に出たんです。長期の」

「任務?」

「はい。小隊長に推薦されたらしくて」

そんな事は全く聞いていなかった。

だが、元々知っていた風を装って、掠れた声で言った。

「ああ、そっか」

体中から水分が飛んでいってしまったのか、のどがカラカラだった。

「こちらの報告書は確かにお受けしました。お疲れ様でした」

中忍の社交辞令を聞くと、カカシは一瞬で姿を消した。







* * * * *







カカシは火影の元へ一目散に向かった。

なぜアカデミーの教師を戦場に送った。

イルカは良いと言ったのか。

あんなに愛した職を捨ててまで。

「三代目…!話が、あるんですがっ」

全力で走ったので、カカシにしては珍しく息が切れていた。

警備の忍を無視し、机で書き物をしていた火影へ詰め寄った。

常に無いカカシである事を察した火影は、心持ち笠を押し上げ、物理的な視野を広げた。

「どうした。抜け忍でも出たのか」

呼吸も整えず、カカシは火影に食って掛かった。

「い、イルカ先生、どうしてっ」

「イルカの事か?それならば、そろそろ…」

「何で戦場なんかに送り込んだんですか!何で教師を辞めさせたんですか!何で…!」

「落ち着け、カカシ。今頃どうした。イルカは自ら任務に復帰したいと願い出たのだぞ」

火影の声を鎮静剤に、カカシは大きく深呼吸をした。

心臓がバクバクとうるさい。

どうして自分がこんなに動揺しているのか、それすらよくわからない。

イルカが任務に出た。

カカシはそれを知らなかった。

イルカと別れた。

カカシはそれが悲しかった。

「自ら志願したと…?」

「そうじゃ」

別に機密事項ではないからと言い、火影はイルカの事についていきさつを語ってくれた。

イルカは前々から任務に出たがっていた事。

それはカカシの影響であった事。

カカシが任務から戻って来るたびに、同じ忍として罪悪感が募っていたという事。

私生活の何かを改善するために、イルカは周囲の環境を変化させようとしていた事。

前線の忍から、イルカを部隊長に迎えたいという要請があった事。

里の意向としては、イルカには教師を続けてほしかったという事。

火影は自分の見解を織り交ぜながらも、イルカの情報を惜し気もなく話してくれた。

特に『里の意向』というところでは、イコール火影自身の意向であるという事がひしひしと伝わってきた。

しかし、教職に就いていたイルカをいきなり前線に送り込んだのには納得がいかない。

加えて長期の任務だなんて、もしもの事があったらどうするつもりなのだ。

「火影様」

唐突に、護衛の忍がカカシの背中側から火影に呼び掛けた。

「なんじゃ」

「連絡係が到着しました」

男の冷静な口ぶりに、沸騰していたカカシの頭が急速に冷めていった。

ここには自分と火影だけでなく、複数の他人が存在している。

それなのに、何を取り乱しているのか。

曲がりなりにも里の誇る上忍が。

「三代目、申し訳ありません。取り乱しました」

「いや、いいのじゃ。それよりゲンマを」

「不知火ゲンマ、只今馳せ参じました」

しゅうっという煙の音がして、徐々にそれが晴れてくると、一人の男が現われた。

印を結んだ姿のまま、落ち着き払った男が堂々と火影の正面に立ちはだかった。

「火影様、新第二部隊の方、今の所は異常ありません。新隊長の方も無難にこなしているようです」

「そうか…。カカシ、安心しろ。イルカは順調に任務遂行しておるようじゃ」

「え…?」

「例の件に関しては現在調査中です。判明し次第、早急に報告に参ります」

「うむ。ご苦労。下がってよい。今日は久々にゆっくり休め」

「御意」

深々と一礼したゲンマは音もなく部屋を出ていった。

火影とゲンマのやり取りを見て、いくつか解かった事がある。

そして、もう一つ。

自分はもう少し、イルカの事を真剣に考えなければならないと思った。

「ゲンマって中忍ですか?」

「あやつは特別上忍じゃ」

「アイツの言ってた例の件って何ですか?」

「…現在調査中じゃ」

「だから」

何を調査しているんだ、と追及しようとしたが、やめた。

カカシが何を聞きたいのかを解かっていて、火影はああいう返事をしたのだ。

自分には言えない事なのだろう。

それにイルカの事とは別件かもしれないし。

イルカの事を聞きたいのなら、特別上忍のゲンマとやらに直接聞いた方がいい。

彼からなら、新鮮なイルカの情報を聞けるはずだ。

カカシは火影への礼もそこそこに、急いでゲンマの後を追った。









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2003.06.15