「おい!アンタ!」

頭部全体を額当てで覆った後ろ姿を見つけて、すぐさま声を掛けた。

ピタリと立ち止まり、ゆっくりと振り向いた彼からは、先程醸していた冷徹に近い落ち着きなどは全く感じなかった。

見方によってはだるそうにも見える彼を、変わった奴だと思った。

「オレはゲンマ。アンタじゃないよ」

「悪い、ゲンマ。聞きたい事があるんだけど」

素直にというか正直に謝ると、突然ゲンマが笑い出した。

彼の機嫌を損ねないように、カカシは黙って笑いが納まるのを待った。

一しきり笑い終わると、ゲンマが言った。

「そんなに必死になるなよ。はたけカカシさん。火影様と話してるのは聞かせてもらったよ。聞きたい事って、どうせイルカの事だろ?」

イルカに敬称を付けない事に少々ムッとしたが、顔には出さずにただ頷いた。

ゲンマはわざとらしく腕を組み、まるで脳の奥底から記憶を呼び覚ますようなまどろっこしい仕草で目を瞑った。

うーだとか、あーだとか言って、考え込んでいる風を装っている。

食えない奴だと思ったが、けして顔には出さず。

「んー…、元気だったよ。イルカって人当たりがいいだろ?部下にも慕われてる。あー、でも…」

妙なところで口篭もったゲンマが、中々続きを語ろうとしない。

痺れを切らしたカカシが先を促した。

「…でも、何?」

わかってやっているのだろうが、一々気になるところで区切らなくてもいいじゃないか。

それを感じ取ったゲンマがニヤリと笑い、だがすぐに引っ込めて少し真面目な顔をした。

「若干、痩せた」

「痩せたのか…」

慣れていない仕事に就けば多少なりとも心労はあるだろうし、キャンプ地となれば食べ物が溢れている訳でもない。

少々痩せたからって、それは人間の適応能力の範囲内だ。

しかし頭ではわかっていても、今すぐにでも様子を見に行きたいぐらいは心配だった。

「連絡係なんだろ?次に戻って来るのはいつ頃?」

「んー、2、3週後ぐらいじゃないかな。あんた、イルカと仲良かったんだろ?橋渡ししてほしいものとかあるなら、引き受けてやるよ」

ゲンマという男、曲者だけど中々気が利くいい奴じゃないか。

この時カカシは馬鹿正直といえるほどの軽率さで、彼の提案を鵜呑みにしてしまった。

「ちょっと待ってて」

カカシはポーチの中から紙とペンを取り出し、さらさらと一筆したためた。

それをゲンマへ差し出す。

「これ、イルカ先生に渡して」

「了解」

ゲンマがポーチにしまうのを確認し、改めて頼み込んだ。

イルカに聞きたい事は山ほどあったが、実際に紙に書いた内容は、出来るだけ差し障りのない言い回しを使った簡潔なものだった。

濃くて深い意味を持った手紙は、自分の本心としっかりと向き合ってから書かなければ。

まずは自分自身と対話して、自分の気持ちがどういうものなのか答えを出すことが先決だ。

「それじゃ、よろしく」

イルカの顔を思い浮かべ、ゆっくりと歩き出した。







* * * * *







カカシがゲンマに手紙を渡してから2週間後。

その日を心待ちにしていたカカシは、気配だけでゲンマが里に戻って来た事を知った。

すぐに受付へ顔を出すと、ゲンマが机を挟んで火影と何かを話しているのを発見した。

「後でわしの部屋へ来い」

「わかりました。ただ、手遅れになったというか、事態は一応無事に収まったので結果報告だけになりますが」

「ああ。詳細を聞かせてくれ」

「では、後程」

ゲンマが火影へ一礼し、さっと振り返った。

その途端にゲンマと目が合った。

こちらから強い視線を送っていたせいで、すぐに気付いたのだろう。

火影との対応の時とはまるで正反対の気をまとい、カカシの方へ歩いて来た。

名前を呼び掛けた方がいいかどうか考えていると、ゲンマの口が息を吸ってカカシの名を発しようとしたのがわかった。

名を呼び掛けられる構えをしていたら、ゲンマはカカシの『カ』の口のまま固まり、動かなくなった。

変な奴だと思い、こちらから声を掛けた。

「ゲンマ、久しぶり」

「…あ、ああ、久しぶり」

言葉を発してから、ようやくゲンマが動き出した。

どこか、ぎこちない。

「少し時間あるか?」

手紙の事について、イルカの反応を聞きたかった。

2週間という決して短くない間に、カカシの中で答えは出ていたから。

健康状態とか、キャンプ地での人間関係とか、むしろイルカの事なら何でもいいから聞かせてほしい。

「悪い。これから個室で火影様に報告しなきゃいけない事があるんだ」

「そっか。じゃ、それ終わったらいいでしょ?控え室で待ってるから、呼びに来て」

「ん、それじゃ」

ゲンマのぎこちなさを不信に思いつつも、特に気に留めないで出入り口の方へ振り向いた。

カカシの頭の中は、良い反応だったらどうしようか、悪い反応だったらどうしようか、そればかりが占めていた。

しかし、ゲンマの様子を気に留めなかった代償に、カカシはゲンマのとある行動を見逃すという失態を犯した。

カカシの背中を確認したゲンマが、ポーチの中から小さな紙切れを取り出した事を。

そして、その紙切れは2週間前の姿と全く変わっていなかったという事を。









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2003.06.22