スケアとしての仕事は、とても気疲れする。
綱手に頼まれて軽い気持ちでテレビに出たのが間違いだった。
今では里の宣伝とは関係のない仕事まで入れられている。
そもそもカカシがスケアとして活動するようになったのには、理由があった。
というか、ほぼ下心だ。
生徒と接するイルカを、近くで見てみたくて。
写真屋なら怪しまれずにイルカも撮影できて、一石二鳥だろう。
それを律儀に、アカデミーを管轄する綱手に断ったのがいけなかった。
利用価値を見い出されて、不慣れな専門外の仕事を回されるようになってしまった。
今ではイルカとの安らぎを削られるほどに酷使されている。
仕事と仕事のあいだのわずかな空き時間にしか会えなくて、いちゃいちゃするどころではない。
しかも、アイドル業のやり甲斐のなさが致命的なのだ。
自分の知識や経験をまったく活かせていないからなのかもしれない。
肉体的にも精神的にも忍業より遙かに楽なのに、疲ればかりが溜まっていく。
やる気がなくてダラダラと出演していたら、脱力系で逆に面白いと評判になってしまうし。
意味がわからない。
二度と呼ばないでくれ、という気持ちでやっていただけなのに。
あとから聞いたら、地方アイドルにありがちな、ガツガツした感じが皆無で新鮮だったらしい。
上忍としての仕事なら絶対に起こさない、完全な戦略ミスだった。
先読みの失敗にも程がある。
会館でライブなんかを開くつもりだって、まったくなかったのだ。
打ち合わせもリハーサルも本番も、すべてがわずらわしい。
スタッフや出演者から余計な質問を受けないように、気配も普段から消すようにしている。
早く帰ってイルカに会いたい。
リハーサルに参加しながらそんな事を考えていたら、舞台裏からイルカの声が聞こえた気がした。
半信半疑でこっそりと舞台を抜けて、裏を覗いてみる。
すると、本当にイルカがいた。
なぜか生々しく体の線の出る支給服を着ていて、それを若い男に脱がされそうになっている。
一瞬で頭に血が上った。
スケアである事も忘れて、男とイルカを引き剥がす。
その時、イルカの服が濡れている事に気がついた。
急いで控え室に連れ込み、着替えを探しに行く。
すぐに物販の中からまともそうなTシャツを選んでトンボ返りすると、イルカが半裸で立っていた。
あまりにも寂しそうな背中に、また自分がスケアである事を忘れた。
イルカを、ぎゅ、と抱きしめる。
久々のぬくもりが心地よかった。
慰めるはずだったのに、こちらの瞼がうっとりと下がってくる。
だが、以心伝心のようにイルカもこちらに身を委ねてきてくれた。
と思った直後、急にイルカの体が強張った。
「あのっ…、す、スケアさんっ…、なんですかっ」
慌てたような声がして、我に返った。
そうだった、この姿では自分はイルカの恋人ではないのだ。
洗面台の鏡越しに目が合って、わざとらしいくらい、にっこりと笑みを浮かべる。
悪ふざけだったと思ってもらえるように。
手も、殊更もったいぶって離した。
「…びっくりした? 無防備に立ってるイルカ先生を見たら驚かせたくなって。ごめんね」
Tシャツの袋を開けて、中身をイルカに渡す。
「これ、着てください。できるだけグッズっぽくないのを選んできたから」
「すみません、ありがとうございます。おいくらですか」
イルカがズボンのポケットに手を入れて財布を出そうとしている。
「いいですよ。こちらのスタッフの不手際ですから。そんなTシャツ、こんな時しか使い道がないし。帰ったら遠慮なく捨ててください」
イルカが遠い目をして、儚げに微笑んだ。
脳裡に何をよぎらせているのだろう。
さっきの後ろ姿といい、しっかり者のイルカが醸し出す心許なさに、味わった事のない不安が込み上げてくる。
「…以前、スケアさんと似たような事を言っている人がいたのを思い出しました。CDだったんですけど、いらなかったら捨ててくれって」
カカシの事じゃないか。
どうして恋人の事をそんなに切なそうな顔で話すのだ。
理由を知りたくて、慎重に言葉を選ぶ。
「…それって、お付き合いしている人だったりしますか」
「え…、あ…、はい。まだ、一応は」
「まだってなんですか、一応って」
曖昧な答えに、思わず詰め寄りそうになってしまった。
撮影でも生放送でも一定の間隔を刻む心拍が、焦ったように早まっている。
「最近あまり上手くいっていなくて…」
「どっ、どうしてそう思うんですかっ」
急に家を訪ねても、いつも笑顔で迎え入れてくれるじゃないか。
スケア活動のせいでイルカとの時間が減っているけれど、心は通じ合っていると思っていた。
ケンカだって、長い事していない。
仲良く穏やかな関係が、ずっと続いていたはずだ。
それがこれからも続いていくのだと信じて、疑った事なんて一度もなかった。
イルカの答えを1秒でも早く聞きたいと思っていたのに、ふいにドアをノックする音がした。
「スケアさん、そろそろ戻れますか」
ドアの向こうから尋ねてくるスタッフの声だった。
すぐに行きます、と応じる。
「すみません。個人的な事ばかり話してしまって」
「とんでもない。イルカ先生の話、もっと聞きたいです。今夜なんて空いていませんか。飲みながら話しましょうよ」
「そんな、いいんですか…? お忙しいんじゃ…」
「いえ、全然」
本当はスタッフたちとの打ち合わせを兼ねた食事会の予定が入っている。
でも、そんなものは二の次、三の次だ。
すっぽかしたって一向に構わない。
イルカのほうが、よっぽど大事だ。
放っておけない。
どうせ自分も、イルカが心配で仕事が手につかないに決まっている。
それにこの姿なら、直接カカシには話しにくい事でも話してくれるかもしれない。
取り急ぎ、待ち合わせ場所と時間だけを決め、イルカにTシャツを着せて舞台へ戻った。






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2017.05.14