イルカに放った精液を掻き出し、イルカの体を洗い直して。 冷えてしまったイルカと、しばらく湯に浸かり。 まったく目を覚まさないイルカの体を拭って、髪を乾かし。 お互いに裸のまま、2人でベッドに入った。 柔らかなマットレスに横になると、さすがに疲労を感じて、すぐに眠りに就いていた。 ぎりぎり、目覚ましをセットした事までは覚えている。 その音がして、瞼の向こうに光を感じた。 すっかり熟睡していた。 眩しさと戦いながら、細く目を開ける。 イルカがいた。 一瞬、昨夜の事は夢だったのでは、と思ったけれど、ちゃんと現実だった。 イルカもまばたきをして、眩しさと戦っている。 「起きました…?」 尋ねると、イルカがこちらを向いた。 寝起きでぼんやりしている顔もかわいい。 大好き。 愛してる。 もうベタ惚れ。 朝から込み上げてきたのは、そんな言葉では足りないくらいの愛情のかたまりだった。 昨日、一緒に飲んでいる時は、こんな事になるなんて思いもしなかった。 たったひと晩でがらりと変わってしまった。 「カカシ、せんせ…?」 色っぽくかすれた声で名前を呼ばれて、口元が緩む。 目尻が下がって、だらしない顔になっている自覚もあるけれど、表情を隠す気にはならなかった。 「あれ…? 俺…」 「飲んでる途中でイルカ先生がつぶれちゃったから、オレのうちに運んだんですよ」 「あ…。そうだったんですか…。すみません…。ありがとうございます…」 顔中の緩みが収まらなくて、にやにやしたままイルカの髪を撫でて梳く。 くしゅん、とイルカがかわいらしいくしゃみをした。 「ごめん。冷えちゃったかな」 少し出ていたイルカの肩が隠れるように、布団をかけ直す。 それなのに、急にイルカが、がばっと上体を起こした。 カーテン越しとはいえ、それなりに明るい部屋でイルカの上半身が露わになる。 さらにイルカが布団をめくって中を見て、自身が全裸である事を確かめたようだった。 「っ…」 「どこか痛いところ、ありますか?」 驚かせるような声量じゃなかったのに、イルカの肩がびくりと跳ねた。 「…あの…」 「ん?」 「…あの…」 「なに?」 「…どうして…服を、着ていないんでしょう…か…」 イルカの記憶は、店でカカシと飲んでいた所までなのだから、全裸でカカシのベッドにいたら戸惑うのも当然か。 自分の中では、すでにイルカは最愛の恋人という揺るぎない存在だったから、認識の差に思い至らなかった。 たしかに、明確な言葉による同意も必要な状況だった。 「イルカ先生」 「…は、い…」 「オレたち、付き合いませんか」 「えっ…、な…」 「体の相性、めちゃくちゃよかったし」 イルカがうな垂れるように深く俯いた。 呆れているのか、疲れているのか、こめかみのあたりを手のひらで押さえている。 思っていた反応と違う。 このままもう1回とまでは行かなくても、いちゃいちゃベタベタする時間が始まるのだろうと思っていた。 急に胸がざわついてくる。 「…申し訳ないんですが…、その…、まったく覚えていなくてですね…」 「うん」 「俺たち…、なんていうか…、その…、体の関係、を…持ってしまったんでしょうか…」 「うん。オレはイルカ先生をまた抱きたいと思ったよ。だから、順番が逆になったけど、オレと付き合ってくれませんか」 改めて、今度は丁寧に尋ねると、イルカが苦しそうに、うー…、と小さく唸った。 やっぱり、思っていた反応と違う。 ものすごく雲行きがあやしい。 「…それは、愛人というか…、情人というか…、俗に言うセフレというやつですか…」 「えっあっ、違います。そういう経験が…イルカ先生にはあるのかもしれないですけど」 「は…? そんな経験あるわけないじゃないですか」 「そうなの? でも抱かれるのは慣れてるでしょう? すごく気持ちよさそうだったから」 「っ…」 イルカの肩が強張り、小さく震え出した。 自分も身ぎれいとは言えないし、過去は変えられないので、わざわざ暴く気はない。 これからイルカがこちらだけを向いていてくれれば、多くは望まない。 もちろん、初めても含めてイルカのすべてがカカシのものになるのなら、歓喜で跳ねた勢いで月に衝突するくらいには嬉しいだろうけれど。 「前の事はいいんです。オレはイルカ先生と彼氏彼女的な、あ、いえ、彼氏と彼氏ですけど、恋人になりたくて」 イルカが挙げたような胡乱な関係で済ませる気は一切ない。 体は言うまでもなく、それ以上に心と心が寄り添うような、お互いにとって唯一無二の存在になりたい。 「嘘だ…」 「えっ、嘘じゃないですよ」 「なんで…。カカシ先生が俺となんて…」 イルカが好きだからに決まっているじゃないか。 これだけ訴えているのにわかってくれないなんて、と不満が湧いてきて、はっとした。 まだ、カカシの気持ちを、溢れんばかりの好意を、イルカに伝えていなかったのではないのか。 目が覚めてからの己の発言を思い返した。 額に嫌な汗が浮いてくる。 胸のざわつきどころではなく、本気の焦りで心拍が急激に速まった。 「イルカ先生が、好きだから、です」 自分の声が、自分でも上滑りしているように聞こえた。 最初に、一番に、真っ先に、伝えるべき事だったのに。 イルカにしてみれば、何を今さら、という気持ちになるのではないだろうか。 だって、好きと告げる前に自分が言ったのは。 体の相性がよかった、とか。 また抱きたい、とか。 体目当て丸出しの最低な男じゃないか。 「…それを信じろ、と…?」 イルカの声は疑いに満ちていた。 悠長に寝転がっていられなくて起き上がり、背筋を伸ばす。 でも、イルカはカカシに見向きもしなかった。 「信じてください。オレはただ、イルカ先生と一緒にいたいだけで」 イルカが布団ごと膝を抱えてうずくまった。 顔を布団にうずめている。 「…何が目的ですか。諜報ですか…。監視ですか…」 ずき、と胸が重たく鳴った。 イルカのくぐもった声は細く、悲痛なほど強張っていた。 ナルトに近い人物だから、という意味合いだろう。 そう疑われるくらい、自分はイルカから信用されていないのだ。 「里に抗議したりしませんから…、本当の事を教えてくれませんか…」 「違うんです。里は関係ないです」 「じゃあ…なんのために…。俺と付き合ったって、カカシ先生が得をする事なんて何もないでしょう…」 「得しかないです。っていうか、損得とかじゃ…ない…です…」 さすがに悲しくなってきた。 話が一向に思うように進まない。 まったく気持ちが通じない。 何も伝わってくれない。 「イルカ先生は…オレのこと…、嫌い…ですか…」 情けないけれど、上忍とは思えない弱々しい声になってしまった。 自分から尋ねたくせに、泣きそうだった。 への字に曲がった口が戻らない。 だって、嫌いと言われたら終わりじゃないか。 しかも今のところ、その公算が強い。 顔を上げたイルカが、ゆっくりとこちらを向いた。 やっと、こっちを向いてくれた。 でも、不安しかない。 イルカは疲れを溜めたような赤い目をしている。 言葉の刃を生身で受けても致命傷にならないように、しっかりと唇を引き結んだ。 「…嫌いではないです。カカシ先生を嫌いな人なんていないですよ」 優しい口調だった。 その気がないのなら、冷たくあしらえばいいのに。 まだ可能性があるのかと思ってしまう。 「…オレと付き合うのは…、嫌…ですか」 間。 長い間。 それでも返事がない。 断っても角の立たない言葉を探しているのだろうか。 「…嫌というわけでは…」 「え…? え? 嫌じゃないの?」 「ちょっと突然すぎて…頭と気持ちの整理がつかないというか…」 「じゃあ、とりあえず付き合ってみませんか。付き合ってくれませんか」 降って湧いた光明に、咄嗟に縋った。 わずかな希望が突然現れて、頭の整理がつかないのは自分も同じだ。 不整脈かと思うほどの心拍の乱れを感じながら、続く言葉を待っていると、イルカが何かに納得したように、そうか…、と呟いた。 「…わかりました。お付き合い、させていただこうと思います」 「えっ、ほんと? よかった…」 「繋ぎですもんね。カカシ先生に次の人が現れるまでの」 「えっ? そんな繋ぎだなんて思ってないですよ」 「そうなんですか?」 「そうですよ。大事にします」 「…そうですか」 カカシの言葉をひとつも信じていなさそうな口調だった。 今はそれでも仕方がない。 少しずつ信じてもらえるように努めよう。 とりあえずはイルカがカカシと付き合う事を選択してくれたのだ。 まずはそれでよしとしよう。 どうせ自分には次の人なんて現れない。 もしイルカのほうに現れても巧妙に排除してやる。 「よろしくね、イルカ先生」 「こちらこそ…よろしくお願いします」 「さっそくだけど、おはようのキスしてもいい?」 返事を待たずに、さっと唇を重ねた。 イルカの気が変わる前に、些細な要素でも既成事実を増やしておきたかった。 |