照美メイとバーで2人きりにさせられ。 穏便に抜け出して部屋に戻れば、イルカのエロい声が聞こえてきて。 ヤマトがリビングでイルカを抱いている、と本気で思った。 動揺のあまり、持っていたワインボトルを取り落とした。 でもよく見たら違っていて、ほっとしていたら。 ヤマトがいればカカシはいなくていい、的な事をイルカに言われてしまい。 いつもの自分なら、楽な依頼人でよかった、くらいにしか思わないのに。 自分の役割と実際の出来事をイルカに主張せずにはいられなかった。 カカシの必死な姿に、ようやくイルカが笑ってくれて。 緊張が緩みかけた所で爆発音がして、咄嗟にイルカを抱き寄せていた。 避難を始めたのは、21時37分。 爆発の正確な時間はわからない。 ただ、数分前だったと気がついた途端、背筋が冷えた。 本来の予定なら、イルカの取材が終わって、部屋に戻ってくる頃だ。 犯人は、イルカのスケジュールも、取材にかかる時間も、分単位で把握している。 夕方に急遽変更にならなければ、爆発の衝撃を至近距離で受ける事になったかもしれない。 この精度で次に爆発があれば、本当にイルカが怪我をする。 怪我では済まないかもしれない。 ナルトも、木ノ葉丸も。 だからといって、希望がないわけじゃない。 警察の捜査も確実に犯人に迫っている。 DNA鑑定の結果が出るまで、あと数日をしのげれば。 それまで安全な場所で滞在できれば。 確実に犯人に知られておらず、確実に爆発物などの危険物が設置されていない場所。 1か所だけ心当たりがある。 それに、まったく予定になかった場所に行く事でわかる事もある。 ただ、イルカの承諾やヤマトの許可が得られるかどうか。 「これからどうしましょうか…」 ひとまずホテル前の公園のベンチに腰を落ち着けると、イルカがぽつりと呟いた。 イルカの正面で腕を組んで立つヤマトと2人で、今後の事を検討し始めている。 ナルトはイルカの右腕を抱えて肩にもたれ、うとうととしている。 木ノ葉丸はイルカの左太ももに頭を乗せ、撫でられながら眠っている。 子どもたちが羨ましい、という気持ちをなだめながら、2人のやり取りを少し離れた所から窺う。 「ここで他の部屋を用意してもらうか…、別のホテルに移るか…、屋敷に帰るか…」 「ここも屋敷も安全とは思えません」 「別のホテルに移るのは費用が…」 「奈良議員に相談してみますか」 「シカクさんに心配をかけるのは…」 じわじわと2人との距離を詰めていった。 頃合いを見て、口を挟む。 「休暇、取りませんか」 「なんですか、先輩。唐突に」 「山奥だけど、犯人に絶対知られてなくて、費用のかからない宿があるんだけど」 イルカの瞳が興味ありげに、きら、と光った。 ヤマトは訝るような目を向けてくる。 「この国の警察は優秀だから、犯人は近いうちに捕まるでしょ。だからそれまで」 ちら、とヤマトに視線を送る。 DNAの件、と口に出すまでもない。 判断の後押しになればと思って、もうひとつ情報を付け加える事にした。 「温泉もあるよ」 イルカの瞳は戸惑いをはらみつつも、あからさまに輝きを増した。 ネットにあった「温泉好き」も本当なのかもしれない。 スケジュール管理を担うヤマトの返事を、じっと待っている。 その姿が、おやつに「待て」をされている柴犬のようで、かわいいとしか言いようがない。 「…イルカ先生にそんな目で見られたら、ダメとは言えないじゃないですか」 「いいんですか…?」 「あさって夜の会合は絶対参加なので、それに間に合うように戻ってこられるなら」 よしっ…! と心の中で呟いた。 ガッツポーズはなんとか踏みとどまった。 イルカと2人きり、とまではいかなくても。 子ども2人くらいなら、いくらでも煙に巻ける。 と浮かれそうになっていて、はっとした。 もしかして。 いや、もしかしなくても。 「…ヤマトは? 来るの?」 「当然です。こんな状況でイルカ先生と離れるわけにはいかないでしょう」 溜め息が出そうになった。 確認するまでもなかった。 イルカとの小旅行への期待で一時的に失念していたけれど、ヤマトの同行は最初から決まっていたようなものだった。 子どもの頃は、なんでこんな不便な山の中に家を建てたんだ、と思っていた。 でも、大人になってわかった。 わずらわしい目も、声も、届かない場所で、父は穏やかに過ごしたかったのだ。 到着したのは深夜2時前。 車のライトに照らされた建物は、思ったよりも荒れてはいなかった。 年に数回とはいえ、定期的に業者に管理を頼んでおいてよかった。 自分も訪れるのは数年ぶりだ。 建物の北東側に回り込む。 給湯機の陰にひっそりと掛けているキーボックスに、パスコードを入れて錠を開けた。 中にあった鍵を持って、玄関へ戻る。 イルカが車の脇で仰け反るほどに上を向いて佇んでいた。 「星が…すごい…きれい…ですね…落ちてきそう…」 星よりも、星に感動しているあなたのほうがきれいです。 思った事は声に出さず、そっと胸にしまい込んだ。 「…寝床と風呂の支度をしてきます」 風呂、という言葉にイルカが、ぱっとこちらを向いた。 瞳が輝いている。 愛おしい。 もし2人きりだったら、抱きしめて、撫で回して、顔中にキスをしていた。 喜んでもらえて嬉しい、と。 そんな発想が自然と湧いてくる自分に驚いた。 今まで自分が経験してきた恋愛にはない感情だった。 「個室ですか? ベッドは1人1台ありますか?」 車から降りてきたヤマトの神経質な声が響いた。 両手に荷物を抱えた姿を見て、現実に引き戻される。 移動は2台体制を執った。 ヤマトの車には荷物を、カカシの車にはイルカたちを乗せて。 「ベッドも、部屋も、1人ずつ使っても余るほどあるよ」 寝室は1階に2部屋、2階に4部屋。 1階はダブルサイズのベッドが1部屋に2台ずつ、2階はセミダブルが1台ずつ置いてある。 父はどんな未来を思い描いて、こんなに何人も泊まれる間取りにしたのだろう。 大家族にでもなるつもりだったのだろうか。 亡くなった今となっては、真相はわからないけれど。 「すいません、少し持ちます」 イルカが駆け寄り、ヤマトから鞄をいくつか引き継いだ。 「家の支度、手伝います」 そう言ってやって来たイルカの荷物を、今度はカカシが引き継ぐ。 「イルカさんは子どもたちのそばにいてください」 こんな暗い森の中で急に目が覚めたら不安になるだろう。 カカシの提案に、イルカはどこかぼんやりとしていた。 「…疲れましたか」 「あ…、いえ…。大丈夫、です…」 たどたどしい口調だった。 引き継いだ荷物を玄関に移しているあいだに、イルカが車に戻った。 車体に寄りかかって、星空を眺めている。 その横顔が少しさみしそうだった。 理由を尋ねたら教えてくれるのだろうか。 そこまでしたら踏み込みすぎだろうか。 「部屋の準備ができたら声をかけます」 「よろしくお願いします」 イルカの気持ちを探りたかったけれど、カカシの呼びかけへの反応は至って普通だった。 問い詰めるのは不自然だろう。 何かが胸につかえたまま、それでも1秒でも早くイルカを休ませるために家に上がった。 窓という窓を開けていく。 そのあいだにヤマトは車と玄関を往復して、途中で買い込んだ雑貨や食料なども含め、次々と荷物を下ろしていた。 自分は急いで風呂を洗い、湯を溜め始め、室内の掃除をして、緩く床暖房を入れた。 ベッドメイクまで終えると窓を閉め、湯を止めてからイルカを呼びに行った。 「イルカさん、整いました」 「全部お任せしてすみません」 「いえ。子どもたち、まだ寝てますか」 「はい。起きません」 「じゃあ、1階の寝室に運びましょう」 カカシがナルトを、イルカが木ノ葉丸を抱き上げて、車の座席から下ろした。 とりあえず、庭に面していて父が使っていた部屋の、隣の部屋に案内する事にした。 玄関から続く、リビング、ダイニング、キッチンを抜けていく。 ナルトと木ノ葉丸を別々のベッドに寝かせて、リビングに戻った。 「先輩、僕とイルカ先生はどの部屋を使ったらいいですか」 「2階ならどこでも」 「俺、あいつらと同じ部屋でもいいですか」 イルカが子どもたちを寝かせた部屋を指した。 「でも、ベッドが」 「あいている所で充分ですから」 イルカもヤマトも、早ばやと部屋に荷物を運び始めた。 自分は父の部屋を使おう。 何かあっても、すぐにイルカたちを守れるように。 大した量ではないけれど、子どもたちの分もあるので、イルカの手伝いをする。 片付いた所を見計らって、イルカさん、と呼びかけた。 「風呂、準備できてます。いつでも入れます」 ぱっ、とイルカの顔が華やいだ。 だが直後には、躊躇うように目が泳いだ。 「そんな…。一番風呂をいただくわけには…」 じゃあ一緒に入りますか、という言葉を飲み込んだ。 「気にしないでください。俺はまだやる事があるので」 家の周りを見回って、不審物がないかを念のために調べておきたい。 屋内は掃除がてら、ひと通り確認したけれど。 「じゃあ、お言葉に甘えて…」 「どうぞ。玄関の左奥です」 「イルカ先生、風呂出たら軽く飲みませんか。せっかく買ってきたんだし」 階段を下りてきたヤマトが、その足で冷蔵庫に向かいながら言った。 イルカは少しの沈黙を挟んでから口を開いた。 「…そうですね。久々に1本くらい、いいですよね」 念願の、酔ったイルカが見られるかもしれない。 強いのか、弱いのか。 肌が赤くなるタイプか、変わらないタイプか。 早くも胸が高鳴ってくる。 「先輩も飲みますか」 「オレはやめとく。ちょっと外、見回ってくる。なんかあったら連絡して」 「了解です」 戻ってくる頃に、イルカがどうなっているか。 非常に、非常に、楽しみだ。 map ss top count
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